パーシーは風呂から上がり、風呂掃除までしてから１階のテーブルの所へと向けて歩いていた。 ケリーは今夜はいない。定期的に行われている４軒隣の宿屋の飲み会に参加している。近所の酒好きが揃っており、すっかりケリーは彼らと仲良くなっている。楽しい酒が飲めると、うきうきしているケリーを宿屋まで送ったのはもう２時間程前だ。多分今回も帰ってくるのは翌朝になるだろう。いつも朝まで酒を飲んで、そこそこ酔って帰ってくる。ケリーは帰ってきたら必ずカーラをぬいぐるみみたいに抱っこして寝る。最初は酒臭いと嫌がってジタバタしていたカーラも、最近は諦めたのか、遠い目をして大人しく抱っこされている。そしてケリーの朝寝に付き合っている。２人とも本当に仲がいい。たまに父子というより母子のような時もある。そんな２人の様子を眺めるのがパーシーは好きだ。たまにじゃれている２人に交ぜてもらいたいなー、と思う時もあるのだが。 テーブルの所に着くと、何故かカーラが据わった目でパーシーを見た。眉間に皺を寄せ、難しい顔で自分の正面を指差した。 「父さん」 「あ、はい」 「座って」 「あ、うん」 なんだかただならぬ雰囲気である。何かあったのだろうか。 「父さん。もう夏休みも後半ですね」 「そうですね」 「夏休みが終わったら、すぐに秋もきますね」 「そうですね」 「秋がきたら、すぐにおっちゃんの誕生日もきますね」 「……そうですね」 「なんっっっっで！なんの！進展も！してないんだよっ！！」 「うわっ！いきなり叫ぶなよ、カーラ」 「全っ然！進展してないじゃん！してないじゃん！」 「うぐっ」 「つーか！夏休み前までにいっぱいデートの機会あっただろっ！父さんは基本平日が休みだし！僕は平日は学校なんだから、おっちゃんと２人っきりじゃん！」 「か、買い物はいつも２人でしてるよ？」 「それ単なる食料品と日用品の買い出しだろ。デートじゃないじゃん」 「うぐぅ……て、手は繋いでるし……」 「それ完全に僕と手を繋ぐ感覚だからな。おっちゃん的に」 「ぐはっ」 「もっとデートっぽいことしろよ」 「えぇ……そう言われても……なんかこう、改まってデートに誘うのも、ちょっと照れくさいっていうか……」 「はぁ？」 「あ、はい。すいません」 「もう！こないだなんか街で同級生のお母さんに話しかけられたんだからな！おっちゃん、にぶちんだから気づいてなかったけど！あれ絶対おっちゃん狙ってるし！」 「えぇっ！？そ、そんなぁ」 「情けない声出すな。オッサン」 「ひ、ひどい」 「おっちゃんが今は無職だけど、領軍でながーく働いてたの、もう結構知られてるんだからな。こないだなんか見合い勧められてたんだぞ。よく一緒に飲んでる近所のおっちゃんに」 「うそぉ！！」 「マジ。その時は僕がいたから『間に合ってるよ』って言っといた」 「ありがとう！カーラ！」 「『ありがとう』じゃねぇよ、ダメ親父。もうマジでそろそろなんとかしろ。デートしろ。それかもういっそ告白しろ」 「うぇっ！？」 「もう本当にさぁ！おっちゃんを誰かにとられたらどうすんのさっ！」 「それは嫌だぁ！」 「だったら！なんか行動しろ。動け。口説け」 「…………はい」 「まったくもう！」 「……いやでもね。僕さ、全然意識されてなくない？」 「うん」 「ぐぅ……」 「手も繋いでるし、風呂にも入るし、一緒に寝てるのに何でだよ」 「……僕が聞きたい……」 「おっちゃんが激にぶなのはどうしようもないから、父さんが分かりやすーく行動するしかないだろ」 「えー。でもさ、我ながら結構露骨な気もするんだけど……」 「端から見たらそうだけど、肝心のおっちゃんがまるで気にしていない」 「うぅ……」 「脈無しかな？ってくらい気にしてない」 「ぐはぁ」 「おっちゃんは完全に自分がモテないと思ってるわけ。まぁ実際モテそうな感じではないけども。それでも物好きはいるわけ。でもモテないし好かれる筈がないって思い込んでるから、ちょっとやそっとじゃ気づかないわけ。僕が思うにおっちゃんが気づかなかっただけっつー、おっちゃんに惚れてた人絶対いるね」 「ま、まじですか……」 「うん。実際、おっちゃん結構好かれてんじゃん。恋愛的な意味でもそうじゃなくても」 「……そうなんだよなぁ。いや、そうじゃない意味ならすごくいいことなんだけどね」 「まぁね。でも問題は父さん以外にも恋愛的な意味でおっちゃんが好きなのがいるという現実なわけ」 「……はい」 「本当にさっさと告白しろ。さっきまでデートしろって言ってたけどさ。悠長にデートとかしてても、おっちゃんは多分気づかない気がしてきた。激にぶだもん」 「告白……うぅ……フラれる未来しかみえない……」 「ド直球に言うしかないだろ。おっちゃん鈍いもん」 「……ケリーさん。出ていっちゃったら、ごめんね？」 「出ていかないように、なんとかして。な・ん・と・か・し・て」 「あ、はい」 「おっちゃんの誕生日までには本当になんとかしてよ。ん？あ、明後日父さん休みじゃん」 「え、うん」 「僕はその日はケビンと遊ぶことにするから。１日。弁当持参で。２人っきりにしてやるから、その日のうちになんとかしろ」 「えぇぇぇぇっ！？あ、明後日っ！？」 「がんばれよ。父さん」 「ま、ま、ま、待ってぇぇ！そんな急に言われても！こ、心の準備がっ！」 「春には言ってただろ。僕」 「そうですけどもっ！秋のケリーさんの誕生日までだろう！？いきなり過ぎだよっ！」 「うっさい。今日の飲み会で直接おっちゃんに見合いの話を持ってこられたらどうすんだよ」 「うぐぅ」 「可能性はゼロじゃないんだぞ。こないだ見合いを勧めてきた近所のおっちゃん、おっちゃんのこと気に入ってるんだからな。自分の姪っ子の旦那にしちゃう気なんだぞ」 「それはやだぁぁ！」 「僕だって嫌だ。というわけだから。父さん。明後日がんばれよ。なんとしてでも、おっちゃんを口説き落とせ」 「……う、うぅ……がんばる……」 情けないがカーラの言うとおりだ。ケリーは見た目は厳ついが、優しいし、子供達にも好かれてるし、お金も持ってるし、家事だってしてくれるし、優しいし、結婚相手にはかなりいい相手だろう。気さくで冗談も分かるし。そりゃあ、飲み仲間になっている近所の人も、ケリーを気に入る筈である。 パーシーだって、一応春からそれなりに頑張ってアピールはしてるのだ。２人で買い物に行く時は手を繋ぐようにしているし、夜に２人きりで話す時は前よりも少し近づいて話すようにしてるし。ちょいちょいカーラを巻き込んで、一緒に風呂に入ったり、寝たりしてるし。それとなーく、それとなーーーくアピールしてるつもりなのだ。でもケリーに特別な好意が伝わっていないのは、なんとなくパーシーにも分かっている。カーラが言うように、ケリーは鈍い。カーラが分析しているように、おそらくは自分がモテる筈がないと思い込んでいるからだろう。もうド直球に告白するしかない、というのも正直分からないでもない。そうでもしないと、多分ケリーはパーシーの気持ちに気づかない。 パーシーはその夜、ぐるぐる悩みまくった。悩んで悩んで悩んで、朝日を眺めながら決断した。もはやケリーに告白するしかない。誰かにケリーをとられるのも、ケリーが家から出ていくのも嫌だ。もうパーシーにとっても、カーラにとっても、ケリーは家族なのだ。ケリーと本当の家族になりたい。 パーシーはケリーにプロポーズすると決意した。