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第22話家族になりたい
「ちょっ!ケリーさんっ!大丈夫ですか!?」
頭から小川に突っ込んだケリーは勢いよく水の中から頭を上げた。驚いたパーシーもバシャバシャと小川に入り、小川に突っ込んで四つん這い状態のケリーに近寄った。
「わぁっ!?血っ!血が出てるっ!!」
「は?どこ?」
「おでこっ!止血!止血しなきゃ!」
慌てた顔のパーシーが自分のポケットを探るのを横目に、ケリーは自分の額に触れた。微妙にジンジン痛む。とても浅い川だ。小川に突っ込んだ時に川底の石でぶつけたのだろう。額に触れた手を見ると、確かに血がついている。パーシーがハンカチを出して、ケリーの額にハンカチを強く押しつけた。
「そんなに痛くねぇから深くはないぞ」
「分かりませんよっ!頭だし、血が止まったら病院に行きましょう。切れただけじゃなくて打ってる可能性もあるし、川の水だから雑菌が入るかもしれない」
「大袈裟だ。大丈夫だろ」
「ダメです。行きます」
「いやでも……」
「行・き・ま・す」
「あ、はい」
鬼気迫るようなパーシーの剣幕に、ケリーは圧されて頷いた。本当に大丈夫だと思うのだが。額は浅い傷でも結構派手に血が出るものだし、本当にそんなに痛くない。ちょっとジンジンする程度だ。
「すいません」
「あ?なにが?」
「急に変なこと言い出して」
「…………」
「こんなに驚かせるつもりはなかったんです。……怪我までさせてしまって」
「いや、これは単に俺が間抜けなだけだろ。カーラが見てたら腹を抱えて笑ってるぞ」
「笑い事じゃありませんよ」
パーシーが眉間に皺を寄せた。止血の為にぎゅうぎゅうハンカチを強く傷口に押しつけられているので、地味に痛い。2人揃って浅い小川に座り込んでいる。
ケリーの頭の中には、さっきのパーシーの言葉がぐるぐる回っていた。
『結婚してほしい』『好きです』『本当に家族になりたい』
そりゃあ、ケリーだってパーシーとカーラが好きだ。本当に家族になれるのならば家族になりたい。こんなに心穏やかに楽しく日々を過ごせるなんて、正直想像もしていなかった。
軍人を辞めたのは、もう限界だったからだ。副団長になり、当代の土の神子が召喚され、様々なことがあった。お気に入りの喫茶店に通ったり、飲み屋に行ったり、たまにしかない休みの日にのんびりとマーサ関連の本を読んだりと、日々の少しの潤いは確かにあった。可愛がっていた部下もいたし、上司との関係も悪くはなかった。それでも限界がきた。
ケリーは疲れはてていた。心も身体も。だから旅に出た。死ぬまでに1度でいいから行ってみたかった『土の神子マーサ資料館』のあるカサンドラへ。
ケリーは自分の家族と上手くいっていたとは言えない。正直、父のことは好きではなかったし、母とは会ったこともない。異父兄弟はいるが、一応顔と名前は知っているというだけだ。恋人ができても3ヶ月以上続いたことがない。仕事を優先してばかりで、すぐにフラれていた。
ケリーの今までの人生は1人ぼっちの期間の方が長い。まさか誰かと一緒に暮らして、まるで家族のように過ごせるなんて、旅に出た時は思いもしなかった。伴侶を得ることも、子供ができることも自分には関係がないことだと思っていた。カサンドラでも、どうせ1人ぼっちのまま生き、老いて死ぬのだろうと思っていた。それでも構わないと普通に思うほど、ケリーは1人ぼっちに慣れきっていた。
そんなケリーの心に、パーシーとカーラはするりと入ってきた。2人と過ごす日々は、穏やかで、賑やかで、毎日が小さな幸せに溢れている。パーシーと大好きなマーサの話をするのが好きだ。カーラと一緒になにかをやるのが好きだ。日々成長していくカーラを見るのが楽しくて仕方がない。今は下宿しているとはいえ、いつかは出ていかねばならないと思っていた。自分の死に場所である最後の家を建てなければならないと思っていた。しかし、2人と暮らすのが楽しすぎて幸せすぎて、ケリーは未だに家を建てる土地を探すことさえもできずにいた。
いいのだろうか。パーシーの言葉に『諾』と頷いてしまって。パーシーのことは好きだ。でも恋愛感情なのかは、よく分からない。パーシーがケリーを好きなのと、ケリーがパーシーを好きなのとでは、気持ちの方向性が違うかもしれない。でも、今の生活も、パーシーとカーラも手放したくない。このままでいたい。『家族』になりたい。
「……なぁ」
「はい。あ、痛いですか?」
「いや、それは大丈夫なんだが」
「ちょっとまだ血が止まってないんです。消毒薬と薬を持ってくればよかった」
「あ、うん。額は派手に出るからな。そんなに心配いらんぞ」
「……心配しますよ。当たり前じゃないですか」
「…………うん。なぁ」
「はい」
「……俺よー、パーシーとカーラと離れたくないんだわ」
「僕達もですよ」
「……家族に、なれるのか?本当に」
「僕にとっても、カーラにとっても、もうとっくに貴方は家族なんです」
「…………そうか」
「あ、血が止まったかも。早く病院へ行きましょう。アニーに乗れそうですか?」
「……パーシー」
「はい」
「お前さんと同じ気持ちを返せるか、正直分からん。でも、お前さんのことは好きだよ。カーラのことも」
「…………」
「……それでもいいか?」
「はい。貴方が本当に家族になってくれるなら」
「……そうか」
「とりあえず病院に行きましょう。身体も冷えてきてる」
パーシーに促されて、ケリーはパーシーと共に立ち上がった。全身ずぶ濡れである。パーシーと共にアニーに乗り、少し駆け足で街へと戻った。1度家にアニーを置き、パーシーに手を引かれて病院へと向かった。
幸い石で少し切っただけで、傷口を縫う必要もなかった。消毒して薬を塗って、傷口を保護するガーゼを額に貼り付けられて終わりである。大事にならずにすんで、パーシーが安心したような顔をした。なんだか腹の底がむずむずする。
パーシーと手を繋いで、家へと帰る。そういえば、パーシーと手を繋ぐのもいつの間にか当たり前になっている。確かにケリーは重度の方向音痴だが、迷子防止の為とはいえ、子供達は兎も角、大人の男と誰とでも手を繋ぐわけではない。実際、パーシー以外とは手を繋いだことはない。多分、ケリーにとって、パーシーは特別なのだと思う。もう側にいるのが当たり前になっている。自分でもどうかと思うくらい、パーシーとカーラが側にいることが普通になってしまっている。
「パーシー」
「はい。あ!もしかして痛いですか!?気分悪いですか!?病院に戻りますか!?」
「いや大丈夫なんだけど」
「本当に?本当の本当に?」
「おう」
「完全に治るまでは数日間、お酒はダメですよ。日課もやめておいてください。頭は数日経ってくることもあるっていうし」
「あ、はい」
「今日は帰ったら、念のためベッドに横になっててください。お風呂もダメです。温かいタオルで身体を拭きますから」
「……ちょっと大袈裟じゃないか?」
「大袈裟なくらいでちょうどいいんです。ていうか、貴方暢気すぎです。頭の怪我は怖いんですよ」
「あ、はい。なぁ……」
「はい」
「……俺と結婚してくれるか?」
パーシーがピタリと足を止めた。ケリーも立ち止まった。パーシーが真剣な目でケリーを見つめた。
「貴方と結婚したいです。家族になりたい。ずっと、この先の人生を貴方と歩みたい」
「……うん」
「貴方が好きです」
「……おう」
「ベタな台詞ですけど、一緒のお墓に入りましょうか」
「……そうだな」
パーシーが穏やかな、嬉しそうな顔で微笑んだ。ケリーは無言で繋いだ手の指をパーシーの指に絡めた。パーシーが照れくさそうに笑った。
また歩き出して、家へと向かう。なんだか照れくさくて堪らない。腹の底がむずむずするし、そわそわ落ち着かない気分になる。
それでも家に帰ると、『帰った』という気になる。もう随分と前から、ここがケリーにとっての『家』で、パーシーとカーラはケリーの『家族』になっている。改めてそれに気づかされて、嬉しさだけが込み上げてくる。
「パーシー」
「はい」
「死ぬまで一緒にいてくれるか?」
「貴方が嫌と言っても一緒です」
「……ははっ。そうか」
ケリーに本当の『家族』ができた。
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