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第6話 俺の嫁
俺が産まれたのは、北の田舎の町だった。
親父は漁師で、酒を飲んで酔っ払えば母や俺に暴力を振るった。
都会とはかけ離れたここでは、珍しい事では無かった。
親父も母も普通のβだったが、産まれた俺がαだった為に、浮気して出来た子だと母を何時も責めて暴力を振るう親父を、許せなかった。
早く一人前に成長して、金を稼いで母を助けたかった。
中学へ行く頃には、親父の背丈を越して、周りのβたちよりも全ての面で抜きん出た。
だが、学校の成績が良かろうがスポーツができようが、生活は変わらない。
俺の目が怖くなり、俺が居ないところで親父が母に暴力を振るうようになった。
何度一緒に家を出ようと誘っても、父に惚れている母は同意しなかった。
なぜ、こんな男が好きなのか理解出来なかった…
俺はこんな男には絶対にならない。
将来、番になるようなオメガが出来たら、大切にする。
安心で清潔で豪華な家に住まわせて、どんな物でも与えるし、子供達には贅沢させてやりたい。
苦労なんてさせねぇ。
そんな事を思っているうちに、親父は酒の飲み過ぎで体を壊して逝っちまった。
母は意外と嘆く事もなく、そのまま何事もなく中学を卒業した。
俺は不思議でしょうがなかった、あの男に執着していたのではなかったのだろうか?
目が覚めたのか?
その頃には勉強で解けない問題などなかったのに…母の気持ちはさっぱりわからなかった。人間の心ほど難しい事はないと感じた。
そう思うと番ができたら俺はソイツをどうやって大事にしたらいいんだ…。
「こんなに優秀なのに…ごめんね」
中学を卒業して東京で鳶職の見習いをすることになった。
がむしゃらに働いて、とにかく金を稼ごうとした。親方に紹介されて、型枠解体の会社もおこして、波にのったら建設会社も作った。
現場の事もよく知っているし、いい仕事のパートナーに出会えて、雪だるま式に会社は大きくなった。
良いスーツを着て、良い暮らしをして、地位も名誉も手にいれた。
時代の寵児扱いされた。
親父とは全然違う人生を手に入れたが、いつも心が乾いていた。
寄ってくる女もオメガも、俺自身を見ているわけでもなく、俺も、彼ら彼女たちを大切にしたいと思えなかった。
そんな時、母が亡くなった。
田舎に帰って買い与えた家に入って驚いた。
遊んで暮らせるほど送金していたのに、昔からの生活用品に溢れている。
預金は少しも減っていない。
「お母さん、いつも寂しそうに、あなたに申し訳ないことをしたって言ってたわ」
母の友人が話してくれた。
俺は間違ったのか?
沢山金を送ったし、良い家を建てた。
でも、母は幸せでは無かったのだろうか?
そんな事よりも、もっと側に居たほうが良かったのか?
東京に戻って仕事をしても、気分がのらない。
気分転換に解体の現場で働いたら、凄く楽しかった。
共に働く奴らの面倒をみて、騒いで…。
オフィスは早瀬で十分やっていける。
俺は現場に戻った。
しばらくして、もう恋愛なんて忘れた頃に運命に出会った。
こいつは俺のオメガだ。
俺の嫁だ。
逃げる嫁をとっ捕まえる事は、容易い事だが、二の足を踏んだ。
俺はアイツを幸せに出来るのか?
金も地位も名誉も、それだけでは幸せにならなかった。
あのオメガにとって幸せって何だ?
目がクリクリで凄くかわいい顔した、元気そうな若い男の子だった。
俺は残念ながら、もうおっさんだ。
あの子を不幸にしたくない。
そんな気持ちで見送ったが、彼のことが頭から離れず、仕事にならず、仲間に誘われパチンコの開店待ちをし、酒を飲みながら話をしていた。
会いたい。
やっぱり探すか。
そんな事を考えていたら、本人が現れた。
これはもう行けと言うことだろう。
逃げる相手を無理矢理捕まえても拗れる。
警戒心ゼロの彼は堂々と後をつけても気が付かない。逆に心配になる。
郵便物を一枚拝借して、調べた。
そこそこ裕福な良い家庭に育った三男。勉強はあまり好きではなく、高校を卒業して、就職をした。
家族の反対を押し切って、念願の一人暮らし。
意外と逞しいな。
調べれば調べるほど楽しい。
あぁ、千歳にとっての幸せとは何だろう。
割と金持ちの家からあっさり出てくるなら、金に執着はなさそうだ。
俺の数少ない武器が消えた。
しまった。
俺、金と地位くらいしか無くねぇ?
今まで、金に寄ってきた相手しかいねぇ。
恋愛ってどうすんだ?
おっさんが惚れてもらうにはどうすりゃいいんだ?
くそぉ!お手上げじゃねーか。
参考までにオメガの恋愛漫画を読んでみた。
早瀬みたいなやつばかり出てきやがる。
これは、見た目的に終わっている。
俺は精悍を超えた192㎝のガテン。ここまでくると男らしさというより漢。
雑誌やテレビのような綺麗な筋肉ではない。
仕事のせいで体中傷だらけだ。
面倒で髪も自分でハサミで切っている。
オフィスで働いて居た時はスタイリストが全部適当にやっていたが、堅苦しくってしょうが無かった。
あぁ自分が、おっさん過ぎて困った。
いや、まだ諦めねぇ!
千歳が何を望み、何が幸せで、どんなαが良いのか時間をかけて理解することから始めよう!
まずは、お友達からだ。
俺は次の日コンビニへ向かった。
かごを手に悩む。
あいつは何が好きだろうか?
イメージは甘いジュースだが、わからねぇ。
食べ物は?
これまたわからねぇ。
よし、適当に色々買って何を選ぶか観察するか。
楽しい!
めちゃくちゃ楽しいぞ!
これが恋愛!?
おっさんなのに、わくわく、ウキウキするぞ!
待っていろ未来の嫁。今行く。
千歳の家に足繁く通って、分かってきた事がある。
あいつが世界一かわいいという事だ。
焦ると、ちょっと斜め上の方向に暴走する所も見ていて楽しい。
何だかんだ言いながらも受け入れられて来ている。
本当に心配になるが、嬉しい。
結婚したい。
がぶりと項を噛んで番になりたい。
めちゃくちゃ可愛がりたい。
とりあえず、それまで危険だからこのアパートは借り上げて、警備員を住まわせている。
千歳の持っている首輪とそっくりな高機能の首輪が届いたので、今日差し替えた。
あんなものでは心許ない。
「おい佐藤」
「ん?」
何だ?嫁が不機嫌だぞ。
俺がコソコソとやっている何がバレた?
心当たりが多すぎるぞ。
お前が毎朝、通勤一緒になる向かいの家の青年もボディーガードだし。
そのスマホも高性能の発信機を埋めた。
やっぱり千歳の働く食品工場も買収するべきか?
あぁ、すまねぇ。
おじさん色々心配なんだ。
でもお前にはノビノビ自由に過ごして欲しい。
だから、ちょーーっとだけ許せよ。
「夕飯作りすぎたから食べろ」
目の前にはファミリーで食べる量の焼きそばが置かれた。
まずいぞ。涙が出そうだ。
絶対に俺がいつも焼きそば食ってるのを見ていて作ってくれたんだな。
照れて作りすぎたなんて言うところも、可愛すぎる!
悶えそうだ。
もったいないが早く食いてぇ。
俺は愛妻焼きそばに食いついた。
「うめぇ…こんなにうめぇのは初めてだ!」
「なっ!…ばか佐藤…誰でも作れる…」
可愛すぎる!!
嫁が可愛すぎるぞ!
毎日が楽しすぎる!
もちろん早くセックスしてぇし、番になりてぇ。
発情抑制剤飲んでいても、多少漏れてくる千歳のフェロモンに暴走しそうな気分になるが、千歳がその気になるまで歯食いしばって耐えるつもりだ。
大切にしたい。
千歳の好きなペースで進めたい。
千歳の描く幸せを実現したい。
ならば、今この状況は、どう決着をつけるのが正解だろうか?
千歳の発信機の現在地が、早瀬のマンションだ。
今まで寄ってきた女やオメガは、俺が面白く無いと早瀬にターゲットを変えた。
早瀬も俺の側から、さっさと追い払う為に適当に食って捨てていた。
千歳が、そうで無いことくらいわかっている。
お得意の斜め上への暴走ゆえだろう。
だが、あいつが他のαの家に居ると思うだけで腸が煮えくり返る。
あぁ、これが嫉妬か。
すぐにでも、千歳の所に行きたいが。
こちらも面倒な事になっている。
呼び出され、現場から連行されるようにやってきた、千歳兄のマンションだ。
千歳の5歳上の兄、航助の家だ。
確か、大手の商社に勤め精力的に働いている。The α様。千歳と同じ栗色の毛が短めに整えられて、清潔感に溢れている。質の良いスーツをまるでスポーツ選手のようなモデルのようにパリッと着こなしている。
その前に汚れた作業着姿で正座をして座る俺。
お兄さんは最初から敵意むき出しの雰囲気だ。
大切な弟の運命の番が俺のようなおっさんαなら、この反応も仕方ない。
しかし、なんとかして此方の誠意をわかってもらい結婚を認めて貰わなければならない。
「で、なんて言いましたっけ?」
「はい。佐藤三郎太です。」
一人っ子長男なのに三郎太。親父の好きな俳優の名前が三郎太だったからだ…。
お兄さんの眉がピクリと動く。
「で、その佐藤さん。単刀直入に言いますが、千歳と別れてください。あの子はちょっと抜けているところがありますが、可愛い良い子なんです。今は運命の番が現れて周りが見えなくなっているだけなんです」
「……」
その可能性は否定できない。
千歳はまだ若い。運命の番という強制力に左右されているだけかもしれない。
だが、きっかけは何であれ、今は俺を好きだと感じてくれている…。
俺はこのチャンスを逃したくない。ずるい大人だ。
「失礼ですが、あなたのような人間は千歳に相応しく無い」
お兄さんはさすが商社マン、話し方も動きも無駄が無く自信に溢れている。
若くて精悍で優秀な青年。まぶしいな。
「その通りですが…」
正座をした膝の上に拳をのせて頭を下げる。
お兄さんの言うことはまったくもって正論であるが…。
「家族としては、かわいい千歳には、真っ当な幸せな人生をおくって貰いたいんです」
「…はい」
俺もそう思う。
千歳には誰よりも幸せになって欲しい。
「馬鹿な子ほど可愛いっていうでしょう。あの子は…昔から家族の中心で、ムードメーカーで、冷たくなりがちなαの家庭を明るく温かくしてくれる子でした……俺たちは千歳には苦労して欲しくない」
そうか、やっぱり千歳は昔っから今の感じだったのか。
さぞ、楽しい生活だったのだろうな。
「私は、確かにこんなですが、千歳さんを愛しています。」
俺が出来る全力でアイツを幸せにしてぇ
本気でそう思って居る。
「いくら貴方が本気で千歳を愛していても、ヤクザですよね。そんな人間に大切な弟はやれない!」
お兄さんは俺の胸ぐらを掴む。
その目が怒りで燃えている。
「は??」
ヤクザ?
俺が?
あ??何でだ?
俺はいたって普通の解体業者で建設会社経営だが…。
「聞けば解体業の他に密入国を斡旋する仕事をしているそうですね!」
ああ?
なんだって!?
お兄さんが掴んだ胸ぐらを突き放す。ここは倒れ込むシーンだろうかと頭によぎったが、申し訳ないピクリとも動けなかった。
それどころではない。
ちょっとまってくれ、どうしてそうなった!?
あれか?
また何か千歳の勘違いか!?
というか、千歳、俺のことをヤクザと思って居たのか!?
何故だ!?解体業者だと言っただろう。
何をどう勘違いしたんだ!
あ!
まさか今日、早瀬の家に行ったのもその勘違いのせいか!?
「お兄さん、聞いて下さい!」
「馴れ馴れしくお兄さんなどと呼ぶな!!」
あっ、しまった。拗れている。これでは千歳と同じだ。
「すいません。でも、聞いて下さい!私は至って普通の人間で、ヤクザではないですし、密入国を斡旋してません!」
ピピピピ
こんな時に携帯が鳴ってしまった。
千歳からか!?
「…出ろよ」
「すいません」
ピッ
「サトー!タスケルスルヨ!!helpヨ!!」
ピッ
俺は電源を切った。
「……」
「……」
なんというタイミング。
昨日困っているから助けてやってくれと頼まれた、日本人と結婚して日本に来た奴だ。
なぜ、今…。
「はぁ…」
お兄さんの深いため息が響く。
ピンポーン
「っ?」
誰か来た!
今度こそ千歳か!?
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