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第30話 もう帰ってくんな
「おい、千歳、なんか怒ってないか?」
仕事から帰ってきて、佐藤が買っておいてくれた牛丼、ネギ多め卵のせをモグモグと頬張りながら、テーブルの向こうに座る佐藤を見た。
視線をご飯に戻して味噌汁に手をつける。もちろん、具はしじみだ。
いい加減なようで、実はすごい気遣いさんの佐藤は、人の好みもしっかり覚えているし、こちらの気持ちにも敏感だ。
「なぁ、千歳」
「怒ってないよ!」
うん、完全に怒っちゃってる声だったわぁ。
いやね、佐藤が、悪いんじゃ無いんだよ。それは十分わかってる。
「もしもし、千歳くん?わたしサブ子よ。もうーどうしたのぉ?プンプンプリコさんじゃない」
「ブフォッ!!」
佐藤が、テレビのリモコンを手に取り耳に当てて、僕に擬似電話をしてきた。
思わず味噌汁を吹きそうになったけど、なんとか免れた。
佐藤がリモコンを置いて、立ち上がりテッシュを手に取ると僕の口のまわりをポンポン拭いてくれた。
「で、どうしたんだ?言ってみろよ」
僕の椅子の後ろに立って、テーブルに手をついた佐藤。
後ろから抱きしめられているみたいでドキドキする!!
「……佐藤が……」
「ああ…」
耳の近くで聞こえる低くて心地良い声。
もう……本当に…全部好き。
佐藤め……。
「明日から4日も仕事で大阪で、家に帰って来ないから……」
食事を一旦中止して箸を置いた。
「……から?」
「寂しい」
言ってみたら凄く恥ずかしくなって、席から滑り降りてテーブルの下に避難した。
「……お前は……」
「え?」
佐藤が、何を言っているのか聞こえなくて、テーブルの下から顔を出した。
「……もう帰ってくんなって程、セックスしようぜ……」
「はああ??何で突然!?」
「いや、この状況なら必然だろ」
「ええええ!?」
セックスが終わった後、佐藤が僕をお風呂に入れてくれた。
僕はもう、腰が限界で立てる気がしなかったので、ぐったりと脱力して全てお任せした。
佐藤の192㎝、ガテン鋼の肉体は僕の身体なんて楽々に持ち上げて、あわあわにして洗ってくれた。
丁寧に拭かれ、膝にのせて髪まで乾かしてくれた。
凄く気持ち良い。
セックスの快感も良いけど、触れあっている安心感と愛しさも最高だ。
だけど、とりあえず言っておこう。
布団の中で、佐藤の胸に抱きついて…一言。
「もう帰ってくんな……」
「くくくっ…ひどい」
佐藤が俺を抱きしめて髪を撫でながら笑っている。
まったく…もー、本当に好き♡
□□□□□□
大阪での仕事はつつがなく終わった。
良い仕事が出来たと思う。
しかし、ずっと千歳の事が気になって、気になって。
毎日、日帰りで大阪に通いたかったが、そもそも一週間の予定を詰めに詰めて4日にしているので無理だった。
毎日、本人ともテレビ電話をしたし、ガードさせている部下にも映像付きで報告を受けた。
3日間は千歳も工場で仕事のため、特に何もない様子だった。
今日、4日目は休みだからか家でのんびり過ごしたようだ。
大阪土産は何にするかな。
アイツの親、全国各地に行ってるけどお土産とか買ってこないって言ってたな。
良い機会だ買いまくるぞ。
仕事関連の荷物やスーツは全部ホテルから送った。
いつもの作業着で財布と携帯だけで身軽だ、いくらでも買える。
「豚まんどこだ、豚まん」
やはり定番の551の豚まんは確定だろ。
阿弥陀池大黒堂と津の清の岩おこしだろ。ウケ狙いで、面白い恋人買って、千歳の好きそうな、おっさんの絵のチーズケーキだろ、茜丸のどら焼きに…千歳もやっと成人したし、河内ワインも良い。イカナゴの釘煮で飯も食いたい。
「あーー、くそぉ」
なんだよ、嫁が居るってだけで土産買うのも滅茶苦茶楽しいぞ!!
こうなったら新幹線の時間まで買いまくってやる!!
家族旅行も殆どしたことねーみたいだしな。
よし、今度は旅行で来よう。
そういやー、旅行行ったことねーぞ!!
ハネムーン忘れてたじゃねーか!?
ハネムーン!!
妄想が広がるぜ!!
両手に有り余る土産物を買って新幹線に乗り込んだ。
デカすぎる身体のせいで席からはみ出る為に、隣の席も取っていて良かった。
千歳の「馬鹿、佐藤!なんでこんなに買ってきた!」と怒る姿を想像して笑いながら、次の現場の事や建築中の家の事を考えていたら、あっという間に東京に着いた。
新幹線から降りて、人をかき分け地上に出てタクシーに乗り込んだ。
道がすいていて直ぐにマンションに到着した。
土産物を持ち、夜でも明るいエントランスを歩く。
「20時か…」
千歳は、きっともう夕食を食べ終わった頃だろう。
食後のデザートが俺の手の中に一杯有るぞ。
「あ゛?鍵何処だ?」
作業着のやたら沢山突いているポケットの何処だ??
土産物の中身が崩れる…と思ってインターホンを鳴らす。
ピンポーン
「ん??風呂か?しょうがねーな……おぉ…あったぜ」
ビニールを落とさないようにポケットを漁り、鍵を取り出して玄関を開けた。
玄関には、最近のお気に入りの千歳のスニーカーが揃えてある。
よし、よし…荷物を全部テーブルに置いたら、わざわざ風呂場で手を洗いに行くぜ。
「???」
廊下を歩きリビングに入ると、違和感を感じた。
土産物を全部テーブルに置いて、シンクを覗いても食器がない。コップ一つない。
千歳は何時も直ぐには食器を洗わないタイプだ。
バスルームの方から、何の音もしない。
「千歳??おーい、千歳くーん」
具合でも悪くて寝てるのか??
心配になって、急いでベットルームに向かった。
「おい、千歳。大丈夫か?」
囁き程の小声で話しながら、ベッドルームのドアを開けた。
電気のライトは薄暗いオレンジ色の状態になっている。
ベットの上には千歳は居ない。
でも、この部屋には誰かがいる気配がする。
なんだ…この感じは…。
フェロモンが溢れている。
「千歳!?おい!何処だ!?」
倒れているのかと、ベットの向こう側を見ても居ない。
カーテンを開けてベランダを見ても居ない。
「っ!?」
ウォークインクローゼットの中から何か音がした。
「千歳!?」
クローゼットのドアを引いて開けた。
広いクローゼットの中は、俺の吊してあったスーツや作業着が全て落とされて散乱していた。
その真ん中はこんもりとした山になっていて、大量の衣服に包まった千歳が眠っている。
クローゼットの壁はなぜか、俺の雑誌の切り抜きや写真がセロテープで貼り付けられている。
千歳の顔の側には、スマホが落ちていて、俺の映像が流れている。
「………」
これは……。
巣作り!?
Ωが発情期になる時に、大好きな番の匂いのするものを集めて巣を作るという…。
「っくそ!!」
俺はとっさに手で口を抑えた。
そうでなければ叫び出しそうだったからだ…。
本当に…コイツは!!
可愛すぎだろう!!
愛しくて、死にそうだ。
発情期の始まりなのか、千歳から漂うフェロモンに下半身も刺激されるが……今は、好きすぎて……愛しくて、ただ抱きしめたい。
千歳の周りの俺の洋服を剥がしてポイポイと投げ捨てる。
しかしギューギューに握りしめて、ちょっと口でくわえているTシャツが取れないので、そのまま抱き起こした。
「……千歳……愛している」
胡座をかいて座り、千歳を抱き込む。
千歳の匂いが胸にしみこんでいくようだ。
愛しい。
望んでいた以上の幸せが、俺の腕の中にある。
幸せ過ぎて、怖ぇぇ。
愛している。
「……んぁ……さとー??」
千歳が目を覚ましたのか、Tシャツが口から離れた。
彷徨っている視線が、俺に注がれる。
「おかえり」
ふわっと微笑んだ千歳が、改めて俺に抱きついた。
俺の心が多幸感に溢れる。
「……あぁ、ただいま」
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