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・・・
伊吹は手足を拘束されて、剥き出しのコンクリートの上に直接横たわっていた。
仕切りも窓も、なにもかも取っ払われた殺風景なフロアには、水無月と彼だけがいるようだった。
「伊吹ちゃん、生きてる!?」
近くにひしゃげたパイプ椅子が転がっている。状況が見えないが、あの椅子に縛り付けられていたのだろうか。
「ああ、生きてる。死ぬわけねえだろ、俺が」
ともかくにも、彼の声が返ってきて胸を撫で下ろした。
――アキから聞き出した廃ビルを訪れてみると、ビンゴだった。
無人のはずのエントランスには何人かヤクザが控えていて、ミフユの姿を見るなり慌ててどこかに報告しようとした。
が、それを許さず全員薙ぎ倒し、その内の一人を絞り上げて伊吹の居所を吐かせたのだ。
ちなみにここの五階まで上がって来る途中にも何人か彩極組の人間に出くわしたが、今はみな非常階段をベッドにして眠りこけている。
返り血まみれで安否を尋ねてきたミフユに、伊吹は苦しげに笑った。
「その分じゃ、全く衰えてねぇらしいな」
「伊吹ちゃんも。打たれ強いのは変わらないわね」
伊吹がいなくなったと聞いて、気が気じゃなかったのは確かだ。けれど、どこか無事を確信していた自分もいる。
(アタシの相棒がくたばるわけないもの)
密かに誇らしい気持ちになっていると、水無月に襲われた体勢のままの伊吹が呻いた。
「如月――話は後だ」
「ええ、そうね」
ここでケリをつけなければならない。
ミフユは水無月の様子を窺いながら、どう距離を詰めるか探る。
伊吹を締め上げたまま、水無月は如月、と小さく呟いた。
「……あれ? 『オオトリ』の如月は蒸発したと聞いていたんだけどな」
――その昔。
ミフユと如月は二人で一つの、鳳凰組屈指の鉄砲玉と呼び恐れられていた。
組の名であり、二人の背中に刺青としてそれぞれ彫られている鳳 と凰 は、同じ鳥の雄と雌のことで、どちらも訓読みでは『おおとり』と言う。
その意味と、抗争ではいつも二人が最後の山場で活躍することから「大トリを務める」という意味を掛けて、『オオトリの如月、師走』と称されていた。
とはいえ、ミフユが組を去って八年過ぎ。
最近ではその呼び名を知る者も少なくなってきていると思っていたが――。
「やっぱアンタ、見た目よりだいぶ年いってるわね」
水無月は否定するでも肯定するでもなく、唇だけで笑った。
「なるほど。あのときのオネエさんがあの如月美冬だったわけだ。……それじゃアキには荷が重かったかな」
しかし、と喉で笑って、水無月はこちらを向いた。
「奇妙なこともあるものですね。新宿一帯のヤクザが恐れていた男が、オカマバーのママをやってるなんて」
「アンタこそ、まさか彩極組の若頭 がナンバーワンホストの皮をかぶってるとは思わなかったけど」
ミフユが言い返すと、整った眉が片方、ぴくりと動いた。
「どちらかといえば逆かな? 彩極組の水無月春悟は仮の姿で、EDENの遥斗が本来の僕に近いと言っていい」
即座に訂正を入れてきた水無月に、ミフユはそう、と生返事を返した。
床に転がっている伊吹に一瞬視線を移す。
「そう……アンタ、アタシと同じね」
「表通りにあるクラブのホストと、裏びれたスナックのオネエさんを一緒にしないでもらいたいな」
「――そうじゃねえよ」
ミフユの口調が不意に突き放したものになると、整った顔が怪訝そうに表情を変えた。
「醜い本当の姿をひた隠しにして、理想の自分の仮面かぶって悦に入ってる愚か者ってこった。一皮剥きゃお前もおれも同じ屑野郎なんだよ」
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