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第8話

「いたのかよっ」  シャワーを浴びてリビングに入った俺は思わず叫んだ。  ソファーに寝そべってテレビを観ている元恋人、直文がいた。  直文はのっそりと起き上がる。 「終わった? セックス」 「待ってんじゃねぇよ! ていうか盗み聞きしてんじゃねぇよ!」 「聞いちゃ悪いと思ってガンガン音量上げてテレビ見てたけど、何度か聞こえてきたよ、お前の嬌声」 「帰れ!」  耳を押さえながらその場から逃げ、キッチンで水を飲む。  お茶でも出してやろうかと用意している間に、直文は脱いでいた上着を着て玄関に向かっていた。 「なんだ、本当に帰んの?」 「明日も仕事だからね。春くんは?」 「寝てる。超幸せそうな顔して」 「そう。春くんと、ずっと仲良くやってけよ。お前のこと、めちゃくちゃ好きみたいだから」  そんなの、俺が一番よく分かってます。 「お前こそ、愛想つかされないようにな。呼び出してからここに来るの随分と早かったけど、この辺に住んでんの?」 「さぁね。言ったってどうせ、もう会わないだろ」  あっさりそう言いきる直文を、ちょっとカッコイイなと思ってしまった。 「あぁでも、バーでたまたま会ったりしたら、その時はよろしくな。また春くんに相談されても、今度は協力しないからね」 「当たり前だし。じゃあ、気を付けて帰れよ」  直文はこれまたあっさりと玄関を出て、行ってしまった。  また近いうちに会うかもしれないし、もしかしたら一生会わないかもしれないな。けれど、それはそれでいい気もする。  今俺に必要なのは、春だから。  寝室に入ると、両手を伸ばした状態でうつ伏せでよだれを垂らしている春がいて、ふっと鼻で笑ってしまった。  ベッドに潜り込むと、春の瞼がゆっくりと持ち上がった。 「あ、悪い。寝てていいから」 「……しーちゃん。もっとこっちにおいで」  腕を上げられたので、遠慮なく春の首元に顔をピッタリとくっつけた。  ちょっと汗の匂いがするけど、それさえも愛おしい。  春は寝ぼけ眼で、うつらうつらとしている。 「俺……浮気は……してないよぉ……」  何を言い出すかと思えば。  春が直文のを握ったのはちょっとムカつくけど、春のその、真っ直ぐな想いに免じて許そう。 「ん、そうだな。お前は浮気してないよ」 「だって、しーちゃんが大好きだから」 「うん、そうだな」 「しーちゃんも、ちゃんと言ってよー……」  さっき散々言ってやったっていうのに。  快感で脳が蕩けている最中に言うのと、冷静な状態で言うのとでは訳が違う。  サラッと言えればいいのに、意識すればするほど顔に熱が集まってどうしようもなく恥ずかしい。  春の胸に唇を押し付けて、清水寺から飛び降りるくらいの心持ちで声を出した。 「だいしゅき」  ますます恥ずかしくなったのは言うまでもない。  春が吹き出したので、思い切りパンチを食らわしてやった。    明日もきっと、いい日になる。  春がいれば、毎日きっと幸せだ。   ☆END☆

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