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第8話

時刻は午後7時を過ぎ―― 結局一度会社に戻り、なんだかんだ残りの雑務を社長室で(こな)していた金雀枝(えにしだ)が 帰り支度を始めながら壁にかかっている時計に目をやる ―――ああ…もうこんな時間かぁ~…    やっぱ今日…“特注カクテル”飲みたいな…カプセルの事もあるし…    でもなぁ…加賀君がなぁ~…    何とかして加賀君には先に帰ってもらえないかな… 金雀枝が社長室の外で待機しているハズの加賀の事を思い 深い溜息を吐きながら目の前の電話に手を伸ばし 受話器を取りながら内線ボタンを押す 『――はい。』 「(いぬい)、帰るから車を用意してもらえる?」 『かしこまりました。』 「…それとさぁ~…」 『?』 「加賀君の事なんだけど…帰宅までのエスコートの件…やっぱ無かった事に――」 『ダメです。』 「いぬい~…」 『ダ・メ・で・す。どーしてそんなにボディーガードを嫌がるんです?  ハッ!まさか…』 「…?」 受話器の向こうで乾があからさまに息を飲む音が聞こえ 目一杯次の言葉までの間を引き延ばした後、乾がわざとらしい口調で言葉を続けた 『私とした事が失念しておりました。遂に社長にも恋人が出来たのですね?!  それで仕事終わりの貴重なプライベートな時間を  恋人と過ごすの為に大切にしたいと…』 「…………………………………うん、そう。恋人が出来たの。  二人っきりの時間を大切にしたいの。だから――」 『…バレバレの嘘は止めておきましょうか。』 「…自分で話振っといておいて…」 『兎に角、加賀君も仕事ですし  社長のプライベートにおける時間内で起きた出来事を  外に口外するような真似はしませんよ。G.P.P.の規約にもありましたし…』 「でも…」 『最近はホント物騒になってきましたし…  我々社員としても本当に社長の身が心配なんですよ…』 「ッ、だからぁ~…心配してくれんのは有難いけど  仕事時間外のボディーガードによるエスコートは流石にやりすぎなんじゃ…」 『…4回。』 「…へ?」 『今年に入り…この間の暴漢の件も含めて貴方は既に“4回も”襲われてるんです。』 受話口から聞こえる何処か怒りと呆れを要り混ぜたような乾の声色に 金雀枝がたじろぐ 「へ…へぇ~…そんなに?覚えがないなぁ~…」 ―――嘘です。実は今日の分も含めたら5回以上襲われてます。    しかもそのうちの3回は“ヴァンアイアを含めた人外”に襲われています…    ―――何て…言えないよなぁ… 金雀枝が冷や汗をかきながら強張った笑みを浮かべる… 『…社長…』 「…はい…」 『貴方がご自分の時間を他人に干渉される事を嫌っているのは分かります…  ですが流石に4回も襲われている貴方を、コチラとしても  このままほっとく訳にもいかないんです…』 「………」 『…ですからせめて一か月…一か月ほど“お試”で  加賀君に貴方のボディーガードを務めてもらって  その間、何事も無かったら――  ご自宅までのエスコートの事も含めて  その時また、この件について話し合いましょう…ですからせめてそれまでは――』 受話口からでも伝わってくる乾のその金雀枝の事を心配する声と言葉に 流石の金雀枝も折れ 「ハァ~…分かったよ乾…一か月だな?  …だったらそれまでは…何とか我慢するよ…」 『!分かっていただけたようで私も嬉しいです。社長。』 「…それは何よりで…それじゃあ…車の方、頼むよ。」 『かしこまりました。』 カチャっと金雀枝が受話器を電話に戻し、再び盛大な溜息を吐きだしながら デスクに突っ伏す ―――…何か…上手く乗せられた気がしないでもないけど…仕方ない。    一か月…とりあえずこの一か月を乗り切る事だけを考えよう…    私の敵はヴァンパイ“だけ”では無いんだから… 金雀枝がデスクに突っ伏したまま軽く目を閉じる… するとデスクの上の電話が鳴り、金雀枝が気だるげに内線ボタンを押す 「あい。」 『…お車の用意が出来ました。』 「ん。あんがと。」 『では失礼します。』 ピッと通話は切れ、金雀枝がのそのそと突っ伏していたデスクから上体を起こし 重い足取りで社長室から廊下に出ると 部屋の横に立って居た加賀に声をかける事も無く 無言で専用エレベーターへと向かう… 「…」 「…」 加賀は自分の前を通りすぎた金雀枝の後にスッとつき 二人は無言のままエレベーターへと乗り込むと エレベーターは二人を乗せ、そのまま目的の階まで降りていく… 気まずい沈黙が狭い空間を支配する中 金雀枝が加賀の方を見る事無く、真っ直ぐと前を見据えたまま口を開く 「…加賀君。」 「…何でしょう。」 「今日この後私は行きつけのBARに寄るけど――  キミは自分の車で待機――」 「着いて行きます。」 間髪入れずに加賀も金雀枝を見る事無く、正面を向いたまま答える 「ハァ~…ですよねぇ…  だったらお願いがあるんだけど…」 「何でしょう。」 「…店内に入ったら――君は私から少し離れた席に座ってはもらえないだろうか。  その店のマスターとちょっと…折り入った話があるんで…」 「…分かりました。」 「…頼んだよ。」 会話が終わると同時にエレベーターのドアが開き 二人は無言のまま正面玄関へ向かって歩き始めた…

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