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第11話

「ッ…“あの子の率いている群れ”とは限らない…、」 グラスの中で揺れる(あか)を眺めながら 金雀枝(えにしだ)が絞り出すかの様な震える声で、何とか言葉を発する 「――そうね…確かに“あの子の率いている群れ”とは限らない…  けど    全ての“狼の群れ”は“あの子”に通じる…  銀色の狼の王…“ルーカス”に…」 「…ッ、」 ピシッ!という鋭い亀裂音と共に 金雀枝の持っていたグラスに小さな亀裂が走り 中に入っていた紅い液体がその亀裂から(かす)かに漏れだし 金雀枝の指先を紅が伝って濡らしていく… 「あーあーあー!そのグラス、結構高かったのに…  ホラ貸して!また別のグラスでカクテル持ってきてあげるから!  それからコレで手を拭いて!まったくもう…」 マスターはまだ液体の残っているヒビの入ったグラスを 無言で(うつむ)き、苦悶の表情を浮かべている金雀枝の手から抜きとると 代わりにその手の上に布巾を乗せ、自分は割れたグラスを持って 店の奥へと慌ただしく下がっていく ―――ルーカス…ッ、 『見て父様っ!僕、一人でウサギを捕まえたよっ!』 『お!凄いじゃないかルーカス!お前は狩の天才だな!  母さんに見せてきなさい…きっと喜ぶぞ。』 『うんっ!』 「…ッ、ぅ…」 「…(ゆかり)ちゃん…?」 マスターが新たに持ってきたカクテルを金雀枝の手の傍に置き 俯いている金雀枝の前髪をそっと左右に掻き分け 金雀枝の顔を覗き込むようにしながら静かに口を開く… 「“アラステア”。」 「…止めろ…その名で呼ぶな…っ、」 「顔を上げなさいアラステア。」 「…ッ…」 マスターの強く(うなが)す声に、金雀枝がゆっくりと(おもて)を上げ 微かに涙が滲みだした碧色(みどりいろ)の瞳をマスターに向ける 「…(なげ)いている時間は無いわよアラステア…  女性を襲った狼の群れが何にしろ  狼達はいずれ貴方を見つけるかもしれない…  なにしろ貴方から溢れ出る“血の香り”は彼等を――  “闇に生きる全ての化け物共”を惹きつけるのだから…」 「………」 マスターが未だ自責の念に捕らわれ、茫然としている金雀枝の 紅い液体で濡れた指先を優しく丁寧に(ぬぐ)いながら言葉を続ける 「なのに貴方は未だ“彼”以外を“眷属”にする事を拒み続け孤立無援…  あっ…私は貴方の味方よ!?…けど…」 マスターの表情が悲し気に揺れる… 「これからどんどん増えていくであろう“彼の眷属(けんぞく)”に  ルーカス率いる“狼の群れ”…  貴方の血肉を欲して集まって来る敵は増えていく一方だというのに  貴方は眷属を増やす事無くたった一人で逃げ回るのみ…  そこに魔女一人が貴方に加勢したところで状況は変わらない…  ねぇアラステア…貴方はそろそろ自分の身を守るという意味でも  “彼”以外の眷属を増やした方が――」 「…やだ。」 「…アラステア…」 「絶対に嫌だっ!」 「!?」 急に声を張り上げ、座っていた椅子をガタンッ!と勢いよく押し退けながら 席を立った金雀枝に、ボックス席に座っていた加賀が何事かと振り返り 金雀枝の元へと駆けつけようと席を立とうとするが 「ッ、来るな…っ、」 「!しかし――」 「大丈夫だから…すまなかった…ちょっと…気が動転しただけだ…」 金雀枝が加賀に向けそういうと、押し退けた椅子を引いて座りなおし 加賀もそれを見て静かに席につく 「アラステア…」 「…前にも言っただろオリビア…  私はもう…“彼”以外を眷属にする気はないと…」 「でも…貴方が眷属を増やさない限り  貴方は益々その“彼”に追い詰められるのよ?  …かつて貴方が愛する家族を裏切ってまで愛してしまった“彼”に…」 マスターの言葉に金雀枝が更に苦し気なな表情を浮かべながら ギリッと歯噛みする… 「…それでも…それでも私はもう嫌なんだ…  私が眷属に変えてしまったせいで“彼”のように血に酔い…  変わって行く様を見る事になるのが…!」 『コッチにおいでアラステア…』 『…なんだい?イーサン…』 『キミの為に用意したんだ…一緒に味わおう…』 『――――――ッ!?』 『止めてっ!私達を此処から出してっ!!』 『お願いです領主さまっ!この事は誰にも言いませんっ!だから…っ!!』 『イーサン!何の真似だっ!!』 『何って――キミと一緒に“食事”を楽しむためにわざわざ近隣の村から  選りすぐりの“食材”を調達してきたんじゃないか…  ああっ!キミは“直接人から血を吸ってしまったら発情”してしまうんだったね…  ゴメンよ…そこまで気が回らなくて…  でも大丈夫…キミが発情っしてしまっても私がこの場で(なぐさ)めてあげるから…  さあ…私と一緒に“食事”楽しもうアラステア…』 『イーサン!!』 「…ッ、」 俯き、今度こそ泣いてしまうのでは思われるほど弱り切った様子で (かす)れ、震える声で呟く金雀枝の姿に 流石のマスターもこれ以上は何も言えず… 「…分かったわ紫ちゃん…  とりあえずこの件についてはまた後で話し合いましょう…  それよりもはい、コレ。」 「…?」 マスターがカクテルの横にカプセルの入った小瓶を置く 「…貴方がココに来た理由はカクテルもそうだけどコレが欲しかったんでしょ?」 「…流石は魔女だな…」 「んふふ~でしょ?とりあえず今はソレで彼等の目を…あ、この場合は鼻か  なんにせよこれで暫くの間は彼等を誤魔化す事が出来るハズ…」 「…有難う…オリビア…」 「いいのよ。…でも…さっきの件考えておいて…貴方の“眷属を増やす”事を…」 「………」 「貴方の身に何か遭ったら私…っ、」 「…考えは…するよ…加賀君。」 金雀枝がマスターから受け取った小瓶を上着のポケットに仕舞いながら席を立ち ボックス席に座る加賀に声をかける 「!はい!」 「帰るよ。それじゃあマスターまた。」 「…ええ…」 そう言い残すと金雀枝は加賀を連れBARから出ていき 一人残されたマスターが小さく呟いた 「…結局私…紫ちゃんと一緒に居たあのイケメンが誰なのか聞きそびれちゃったわ…」

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