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第9話

 キャバクラという場所だけあって、トイレの内装まで黒で統一され、個室も広い。手洗い場で髪を整えている淡路がいた。鏡越しに目が合うと馴れ馴れしく声をかけてくる。俺は少し距離を取ったところで立ち止まった。 「意外と早かったね」 「あの……ボーナスとか、出たりします?」 「ボーナス?」 「追加で金とか……」 「欲張りだね、君は」  彼は身体を反転させてこちらを振り返った。洗面台に後手を置いて、値踏みするような視線を送ってくる。 「君の頑張り次第かな。そうだなぁ……、五分でイカせてくれたらお小遣いあげるよ」  彼の視線が奥の個室へと移された。嫌な予感に顔がひきつった。誰が入ってくるかわからない場所で出来るわけがない。 「でも……」 「あと四分五○秒」  ふざけやがって、この変態が。  淡路は腕時計をわざとらしく視線を落とす。ロレックスを腕に巻く男のお小遣いがいくらかは知らないが、とにかくやるしかない。俺は腹をくくって大股でトイレの個室に入った。  男二人がひとつの個室に押し込まれると、圧迫感に息が詰まりそうだった。彼の香水にまた心が乱れる。あの夜の興奮を匂いで覚えているのかもしれない。  淡路を便器の蓋の上に座らせ、トイレの床に膝をつかないといけなかった。彼のボトムを剥ぎ取って、迫られるままに彼自身を口に含む。洗ってないから最悪だ。それでも俺の全テクニックを駆使して臨んだ。舌で彼を包み、強弱を付けて吸い付いた。彼が頭上で小さく息を詰まらせるのが分かった。指で裏筋を撫でるとビクビク震える。手の甲を押し付けて必死に声を堪えている。唇と手で休みなく追い詰めていくと、淡路は驚くほどあっさりと限界に達したようだ。  射精が近いを感じて口を離そうとした瞬間、後頭部を押さえつけられた。 「んぐ……ッ」  喉奥を突かれて吐きそうになる。目に涙を溜めながら吐き気に耐えていると、喉奥に熱いものが張り付いた。  口の中で出されて、噛みちぎりた衝動に駆られる。見上げると頬を真っ赤に染めた淡路が肩で息をしながら笑っている。 「飲んで」  怒りに任せて腕を伸ばした。俺は立ち上がって彼の胸ぐらを掴むと、じわりと苦味が広がる唇を相手の唇に押し付けた。この苦味を少しでも相手に与えたくて必死に舌を絡めた。自分の精液に抵抗がないのか、淡路も積極的に舌を絡めてくる。  互いをつなぐような糸を引いて唇を離す頃には、二人とも肩で息をするほど呼吸が乱れていた。 「約束……、守りましたよ」  時間は分からないが、射精まで五分切っていた自信があった。俺は身を起こすと扉に背を預けて、相手を見下ろした。淡路は気だるそうに時計を見たあと、タンクの上に置いていた長財布を手に取った。どうやら合格らしい。中から五千円札一枚を取り出して、俺に差し出す。  それを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、手を引かれた。  窺うような彼の瞳に欲情が混じっている。俺はその色をただ黙って見つめていた。 「ねえ、矢名瀬。ホテルに行こう」 「……小遣い、増えるんですか」 「増えるよ。君が僕をがっかりさせなければね」  俺は金を受け取ると、身支度を整える淡路を置いて先に個室を出た。俺も手や口を洗って身なりを整えて、ラウンジに戻ろうとした。しかし、ふとトイレに出る前に足を止め、スマホを取り出した。  未読にしていたユウマのメッセージを開いて、返事を書いた。 『週末なら空いてるよ』  すぐに既読がついたのを見て、俺は静かに微笑んだ。 了

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