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12月25日の同窓会にアイツは来なかった。 どこかで鈴の音が聞こえる。 死んでしまったのかもしれない、アイツはそう考えるのが自然なくらいふらふらっとしているやつで、授業もまともに受けないで学校から抜け出したり、保健室にいたり、誰も行かない古くなった図書室に好き好んで入り浸ったりしていた。 「このままだと、留年かもな」 それが口癖だった。 そして二年の冬、留年もせず退学していった。 冗談のように笑うからどうしても卒業までうだうだ一緒にいるものなんだと思いこんでいた。 寂しいとかそういう感情に前に、心に、ぽっかりとした穴が空いたような感じで、実感したのは意外にも遅くて卒業したあとだった。 アイツと出掛けたことがあった、一度目は春だった。 学校を抜け出して、「花見をしよう」って言った。 わざわざ電車で遠いところの桜を見に行った。 平日で、誰もいなくて、風が少し吹いて、桜が優しく吹雪いて、まるで俺たちだけの世界みたいだった。 男子高校生二人で花見なんて気持ち悪いなあなんて思っていたけれど、そんなことも忘れるほど綺麗だった。 桜を見ていたはずなのに、どんな顔をしてるんだろうとあいつの横顔とふいにかち合った視線が忘れられない。 「な、悪くないだろ?」 そうやっていつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。 夏、8月5日。 暑くて暑くてたまらない、大嫌いな夏のこと。 夕方、携帯が鳴った。 「祭りに行こう」 ガヤガヤと浮かれた喧騒の中、アイツはいた。 Tシャツと短パン、スニーカーに対して俺はなぜか浴衣を着てきてしまった。 目を丸くした後アイツは笑った。 なんで俺だけ、一人だけ気合が入っているみたいでものすごく恥ずかしかった。無駄なことを考えさせる部分も含めて夏が嫌いだ。 雨が降ってきた、ゲリラ豪雨だ。 人が次々に近くの建物の中に入っていった。雨に打たれてびしゃるびしゃになったまま強く手を引かれた。 どこに行く気なんだろう、背中だけをずっと見ていた。 神社の奥、木々が生い茂る中、雨の当たらないくぼみで立ち止まった。 じっとりと濡れた手で、ズボンのポケットから取り出したのは線香花火だった。 「湿気てるかも」 もうちょいこっち来て、とぐっと肩ごと引き寄せられる。 びっくりして体がこわばると俺を見てアイツは微笑んで更に抱きしめられた。 心臓がうるさい、濡れたアイツの髪から雫が伝い落ちてきて、俺を抱きしめる手がしっかりとしていてけれど優しくて、俺は顔が見たくても目の前の暗い闇をぼんやりと見つめるだけだった。 やっと離れると線香花火の片方を差し出してきた。 今起きたことが嘘みたいで動揺していて、震えながら受け取った。 二人してしゃがみ込むと、 「先に落ちた方が負けね、負けたやつは勝った方の言う事聞く」 先に落ちたのはアイツの線香花火だった、落ち着きが無いからだろう。 ぱちぱちと弾ける、きらびやかなオレンジの火花。 雨はまだ降っている。 「何でも言うこと聞くよ」 「そんなのすぐ思いつかんわ」 このときは、何も思い浮かばなかった。抱きしめてきた意味もこのあと不意にキスをされて頬を叩いてしまったことも。 いつものように冗談めいて笑ってみせて、ごめんと言った。 アイツは今どこにいて、何をしているんだろう。 「サンタっていないんだよなー」 もう随分と寒くなった秋頃、学校のベンチで膝枕をされながら呟いた。 「小さい頃ずっと信じてたから、ものすごいショックでさ親の膝をめっちゃたたいてなんでなんで、って暴れたことあったわ」 隣にいたアイツはおかしそうに笑っている。 もうすぐクリスマスだ、日本だから本当は関係ないけれど、けどさ俺の誕生日25日なんだ。 お前は覚えてるだろうか。 「なんかサンタに会いたいわ、いないけど」 子供っぽいなんて馬鹿にしてきたから、腹が立って手を伸ばして頬をつねった。 「ふふ、へんなかお」 その瞬間目の前が真っ暗になって、唇にふにっと柔らかいものが当たる。 「ばーか」 そう笑われてやっとキスされたんだと気づいた。 仕返しに俺から引き寄せようとしたら、他のやつに呼ばれてどこかへいってしまった。 窓越しに見えるアイツの笑う顔がこんなにも遠くて誰かのものみたいで、初めて胸が苦しくなった。 それからアイツはあんまり学校に来なくなった。 12月24日 俺の家の前で長い時間駄弁り続けていた。 「どうせ彼女もできないし」 試すように、言ってみた。 「彼女ほしいの?」 「別に、お前こそどうなの」 「いらない」 俺をじっと見ながら言うなよ、悲しそうな顔をするな。 「へー」 長い沈黙だった。 「でもさ将来どっちかは先に結婚して、子供できたりして、なんつーの結局、、、」 こんな事が言いたいわけじゃない。 「離れたらさ、なんか、」 最近学校に来ないのはなんで、俺がいるのに。 「大好きだよ、祐也」 力なく抱きしめてきて、悲しそうな顔で優しい声で、俺は今までよりも強く強くしがみついて泣いた。 次の日、アイツが自主退学した知らせを聞いた。 イルミネーションは見なかったし、クリスマスケーキも食べなかった。 サンタクロースも来ない。 プレゼントもない。 見なくていい、食べなくていい、来なくていいから、いらないから。 夏のとき頼めばよかった、そばにいてほしいと。 判断ができなくなる夏が嫌いだ。 寄り添いたくなる冬も嫌いだ。 何も言わないでいなくなるアイツなんて嫌いだ。 でも一番嫌いなのは、もっと素直に繋いだ手を離さないようにしなかった俺だ。 結局、20歳の同窓会にアイツは来なかった。 28歳にもなれば大人になれるだろうと思っていた。 体だけが年をとって、心なんてずっとあの時から変わらないような気がした。 「パパー、サンタさんくる?」 「うん、来るよ」 サンタなんて来るわけがない、だから俺がサンタだ、なんて心のなかで得意げに呟いてみる。 子供も物心が付き始め、サンタを認識するようになった。 初めてのクリスマスイブ。 こっそりと自分が用意したプレゼントを見やる。 「もう寝たわよ」 妻がそう言うと、もういいだろうと枕元にプレゼントをそっと置いた。 妻も息子も寝たあと俺はまた考えている、アイツのことを。 もしかしたら幻だったんじゃないか。 俺はあいつの連絡先を知らなかった、あんなにずっと一緒にいたのに、口約束だけで全部済ませていたんだと気づいたときにはもう遅かった。 アイツは今何をしてるんだろう。 ゴンゴン、とベランダで物音がしているのに気づいた。 クリスマスは不審者が多い、うちは今年イルミネーションをつけるのをやめたのでもしかしたら入ってこようとしているのかもしれない。 フライパンをゆっくり持ち、戦闘態勢に入る。 ベランダをこっそりと覗き、窓を開ける。 「明!」 そこにはアイツがいた、10年ぶりのアイツが。 「メ、メリークリスマス、、、」 「何やってんだよこんなところで、」 「お前がサンタを見たいって言うから」 「はあ!?」 「老けたな祐也」 10年前と全く変わらない。 不思議なくらい、まるで俺の思い出をきり取ったかのようにして現れた。 夢なんじゃないかと思うほどに。 鼻が赤くなっている、どれだけ寒い思いをしたのだろう。 「とりあえず上がっていけよ」 「やめておく」 プレゼントを持ってきただけなんだ、渡しておいてくれよ、じゃあな。 と、出ていこうとするので反射的に体にしがみついた。 「いかないでくれ」 「無理だ、他の仕事が残ってる」 「なんでサンタになんかなったんだよ」 「お前が望んだんだろ」 「そんなこと」 「...........」 「サンタなんかやめちまえよ」 「.............」 「サンタなんていない、ここにいるのは明だ」 わがままだってわかっている。 「俺が明になったら祐也、離れられなくなる、それはもう許されないことなんだ、子供もいて奥さんもいる、俺はもうサンタなんだ、みんなの」 じゃあなんでそんな悲しそうに言うんだよ。 「明、お前が好きだ」 「明なんてここにはいない」 じゃあな、そう言って暗い暗い夜の闇に消えていく。 多分、もう一生会えない気がした。

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