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can't stop feELIng

1 ……気持ち悪い。 目が覚めた彼が最初に考えたのは、たったこれだけだった。とにかく、『気持ち悪い』のである。先程まで眠っていたというのに、何故か体がその思考だけを必死になって駆け巡らせている。 「……ぁ、ぁ……?」 彼はゆっくりと、それでいてか細く息を吐き出した。日頃の疲れだろうか。二日酔いだろうか。原因は分からないが、とにかく体が揺れるほど━━━━━━ 揺れるほど? 彼はそこまで考えて、さっきから感じている『』は、この揺れが原因であると気がついた。 ……そして、誰かの息づかいと水音、自身の揺れが激しいときほど、嫌悪感は著しく悪くなっていく。 「っは……! ……は……!?」 思わず目をかっ開き、声にならない声をあげる。すると、目の前の相手が動きを止めた。 「……おはよう、真司君」 部屋は薄暗く相手の顔は分からなかったが、優しく語りかけてきたその声には聞き覚えがあった。 「ぁ、え……間島……?」 相手の名前を呼ぶと、それと同時に、自分の中にいる"他人の一部分"が少し大きくなったような気がした。 「そうだよ、僕だよ。全然起きないからさ、飲みすぎたのかなって心配してたんだけど……」 そこまで言ったと思うと、間島は勢いよく自分自身を彼の奥へと深く射し入れる。 「ぁあ゛っ、あ゛っ!!?」 いきなりの行動に驚き、真司は体をのけ反らせた。 やはり、入っている。自分の中に誰かがいる。『』という感覚は、ここからだったのだ。 何とか抵抗しようとして、腕が縛られていることに気づく。これでは、逃げられない。 彼の様子を見て間島はにへら、と笑うと、再び腰を振り始める。 「よかったよ、ちゃんと生きてて。昨日の夜、覚えてる? 飲み会があったんだよ、僕らのゼミの……」 「……ゼ、ミ」 乱暴に突き上げられる体の痛みに耐えながら、相手の話を聞いて状況を把握しようとした。 (昨日は前期のレポートが終わって……皆で、飲みに……) 最初の方は覚えているが、生ジョッキを三杯煽ったところから記憶が途切れ途切れになっている。あまり酒に強くないが、疲れや解放感もあったのだろう、いつもより飲んでいたはずだ。 「うん。それでさ……酔っぱらっちゃった君を送ることになって……ちょうどいいや、って思って」 息を荒げながらこちらに近寄ってくると、いとおしそうに真司の顔をなでた。 「今日しかない……って思って」 驚き、後悔、がく然、呆れといった考えで頭が一杯になり、必然的に真司の体が硬直する。 「う、あっ……! ち、ちょっと、絞めないでよ……」 間島は少し嬉しそうにすると、何かを耐えるように体を小刻みに震わせた。そして、うっとりとした表情で語り続ける。 「君を……誰にも、渡したくなかった……今日、そう、今日だったら……"印"をつけられるって思ったんだ」 そう言いながら口づけをしようとするが、真司はさっとそっぽを向き、呆れたように声を絞り出した。 「……そっか。だからこんなことしたのか」 その言葉を聞いた瞬間、間島の整った顔からポロポロと涙がこぼれおちていく。 「……ごめん。ごめんなさい……でも、好きなんだ……好きなんだよ」 真司はそんな相手の涙を拭こうとして、縛られた両手を相手の顔に伸ばす。が、届かない。 「……これじゃ、拭けないな」 悲しげに笑いながらそう言うと、間島が鼻をすすりながら腕の拘束を解いた。真司は縛られていた場所を軽くさすり、ゆっくりと間島の顔に触れた。 「俺のこと、いつから好きだった?」 「……会った、ときから」 「全然、分かんなかったよ」 「……言ったら終わりだって、そう思ってたから……」 真司は小さく笑うと、間島の髪を優しく撫でた。 「……そうだな……男同士だもんな」 相手のなだめ方が恥ずかしくなってきたのか、間島は真司から目をそらした。 「優しいね、真司君。だから……だからね、僕、君のことが………」 次の瞬間、赤面している間島の顔に、真司の頭突きが勢いよく炸裂した。 何かが折れる音がした。 2 「……ぁ」 息を絞り出すように吐き出し、うっすらと目を開ける。 「う」 が、部屋の明るさに気付いて再び目を閉じた。もぞり、と体を布団の中に潜り込ませる。 さっきの出来事は、夢だったのだろうか。夢にしては現実味がありすぎるように思えたが……。 「あ、起きた?」 ぐるぐると考え始めたその時、布団の外から声がした。真司の情けない寝起きを聞き付けたらしい。間島ではない、全く別の第三者である。しかし、聞きなれている安心感のある声色であった。もう一度真司が布団から顔を出して目を開けると、ベッドの前で大柄の男が心配そうにしゃがみこんでいた。 「……館……」 「……うん、おはよ」 そこにいたのは、幼なじみの館だった。名前を呼ばれた彼は優しく笑うと、真司にグラスに入った水を差し出した。 「ま、駆け付け一杯」 グラスを受け取りながら、真司も力なく笑う。 「……三杯な」 「マジレスで返せるなら元気だわ」 「元気じゃねぇよ。何があったか知らねぇだろうが……」 そこまで言った瞬間、あの時の『』感覚が一気に身体中を駆け巡り、胃が活発に躍動を始め、猛烈な吐き気に襲われた。 やはり、さっきのあれは夢ではなかったのだ。こんなにも鮮明に嫌悪感が蘇り、自分の体に刻み付けられているという事実が、それを物語っていた。 急いでトイレに駆け込み、勢いよく便器のふたをあげ、胃の中の物を全て吐き出そうとする。 すると、館が開けっぱなしのドアから顔を覗かせた。 「アンタ、昨日もアホほど吐いてたからもう出ないと思うけど」 真司は言い返そうとするが、えずく声しか出すことができない。確かに何も出ないが、とにかく体に残っている嫌悪感を吐き出してしまいたくてたまらなかった。 「あ、胃液があるか。寝たら胃液くらいは補充されるもんね、ハハ」 乾いた笑いをあげながら、館はトイレのドアをゆっくりと閉じる。 「スッキリしたら出てきな、その間に風呂わかしてあげっから」 「……何で、風呂……」 ヒューヒューと呼吸をしながら問いかけると、館はしれっと答える。 「だって昨日、ケツの中洗いたいって言ってたじゃん。覚えてないの?」 ケツの中。 淡白に言い放った館の言葉は何よりも真司の吐き気を増進させ、腸までも刺激し、彼はまるで捻りすぎた水道のように全てを吐き出した。 昨夜。 真司は間島の顔面に頭突きを食らわせた後、痛みにあえぐ相手を横に部屋から逃げ出した。悪態をつきながらとにかく離れようと必死で走り続け、近場の駅にたどり着いたとき、足に限界がきたのか盛大に転倒する。ふらつきながら起き上がった瞬間、大量の汗が吹き出し、体の震えが止まらなくなった。 何だこれ。何なんだこれ。一体俺が何をしたんだ。何をしたらホモに掘られるんだ。何をしたら最高に『』セックスを体験しないといけないんだ。 自問自答をしながら、泣き出しそうになるのを必死にこらえる。 なんとか立ち上がり、駅に向かおうとしてホームが真っ暗なことに気づいた。震える手で携帯を取り出して電源ボタンを押すと、まだ始発も出ていない現在時刻が表示された。 そのままダイヤルボタンを表示させ、警察に連絡をいれようとする。が、最初になんと言えばいいのか分からず、手が止まる。というより、先程のことを説明するのもおぞましくなってしまったのだ。通話ボタンを押すことができず、呼吸だけが荒くなっていく。 ついに涙が頬を伝い、携帯の画面に滴りおちていった。 「……クソ、クソがッ、クソクソクソッ、クソォォォオッ!!」 真司は喚きながら携帯を振り上げ、地面に叩きつけようとした。が、寸前で振り上げていた手を止め、ゆっくりと下ろす。そして疲れきった体で駅の前にあるタクシー乗り場に向かい、とある番号に電話を掛け、耳に当てる。 「……もしもし。ああ、お疲れ。あのさ、館…」 3 「俺、ケツ掘られたんだけど……なーんて言うもんだから、飲んでた栄養ドリンク吹いちゃったわよ」 風呂のドアに寄りかかって座りながら、館は少しからかうようにそう言った。 「うるせぇな、俺だってそんな電話掛けたかなかったよ」 真司は湯船に浸かりながら、半ば怒鳴り声をあげた。体の外も中も洗い終わった彼は、今まで『』感情に押し潰されていた"怒り"を爆発させていた。 「しかも、ケツの処理とかっていう下の世話とかの話をすると思ってなかったよ」 「AVならいつもいいの貸してるじゃない」 「そういうのじゃねぇんだよ、そういうのじゃ! あのクソホモ野郎、ぜってぇ殺してやる……」 真司はそこまでいうと、ずるずると湯船に沈んでいった。顔を口元まで沈めたところで、また館の声がした。 「っていうかアンタ、頭から血流してたわよね。一応昨日拭きとっておいたけど、傷はどうなの?」 「え? 血?」 とっさに頭へ手をやるが、傷はなさそうだし、血も流れていない。ただ、少し大きめのたんこぶは出来ているようだった。 「……いや、何もない」 「そ。じゃあ病院は行かなくてもいいわね」 「うん、すまん。心配かけた」 「平気」 穏やかな館の返事に、ホッとした。いくら幼馴染みとはいえ、彼の仕事終わりにいきなり押し掛けられて、怒っているのではないかと思っていたのだ。とはいえ、迷惑をかけたことには変わりない。何か礼をしなければ。 そんなことを考えていると、館が質問してきた。 「あれ、じゃああの血は誰の」 「あの血は多分……クソホモ野郎の鼻血と口血だから、気にしなくていい」 「は? 何してきた?」 「ヘッドバッド」 「ほっほぉー! やるじゃないの。ただじゃ起きないね」 感心したように笑う館に、真司も小さく笑った。 ようやく、安心できたような気がした。 「……全部、スッキリした?」 館は自分の顔を小さい三面鏡に映してメイクをしながら、ベッドの上にうつ伏せのまま動かない真司に語りかけた。 「ん……」 風呂から出て髪を乾かした後、どっと疲れが押し寄せてしまい、真司はかすれた声しか返事ができなかった。館は弱々しい声を聞いてフッと笑みを浮かべると、メイク道具と鏡をテーブルの端へ押しやった。 「いいわ、そのまま寝てなさい。今日はアタシも休みだし、付きっきりでいられるから」 「ん……」 館は立ち上がってキッチンへ向かうと冷蔵庫を開け、ごそごそと何かを探し始めた。 「何か欲しいものある? ゼリーとかアイスとか。今からコンビニ行って買ってくるから、そこにあれば……」 そこまで話したところで、相手が何も答えなくなったのに気づく。ゆっくりと近づいてみると、電池が切れたように眠る真司がそこにいた。 館は相手の名前を呼んでみるが、全く反応はない。彼が完全に眠ってしまったことを確認すると、館は足音を立てないようにリビングを抜け、玄関へと歩いていく。外からの日差しに目を細めながらドアを開け、自身の端末を取り出し、仕事場へと電話を掛けた。 「……あ、もしもし。ママ? うん……ごめんね、いきなり休みたいって言って。明日は何とか出るから……え? 明日も休み? いいの? そう……ありがとう。うん、それじゃ……それじゃ明後日。うん、うん……」 話が終わり、画面をタップして、通話を切る。携帯をポケットにしまうと、ライターとタバコの箱、携帯灰皿を取りだし、それぞれ部屋の前の手すり壁に置いた。慣れた手つきでタバコを取り出すが、いつの間にか手が震えており、ライターの火がつけられないことに気付く。 「はぁ━━━━━あ━━━━━……」 館は大きなため息をつきながらドアに寄りかかると、ずるずるとしゃがみこみ、タバコを咥えたまま下を向く。さっきメイクと共に整えたばかりの髪の毛を掻き乱し、ぐっと握りしめた。 「やっぱ、食っときゃよかったんだよ」 誰にも言えるはずがないその言葉を、館は自分に言い聞かせるように呟いた。

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