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第21話
「ましろ」
「……ん……………、?」
声をかけられて、寝ていたことに気付きハッとする。
薄暗い視界には見慣れぬ駐車場。時間はといえば、車に乗り込んだ時に見た時間から一時間も経過していた。
そんなに眠りこけていたなんて。まだ一緒にいられる、どんな話をしようと思いながらついてきたのに。
落胆するとともに、失礼なことをしてしまったと慌てる。
「も、申し訳ありません…っ、ね、寝てしまって。着いたのですか?」
「道中寝ていていいと言ったのは俺だ。気にするな。それより……」
「?」
「ここまで連れてきておいて今更だが、お前には動物のアレルギーはないか?」
動物?もしかして何か飼っているのだろうか。
面倒見のいい人だとは知っていたが、少し意外だ。
「あまり動物と触れあったことはないですが……恐らく大丈夫です」
「……そうか」
羽柴の家でも、家を出たあとも、動物と暮らしたことはなかった。
だが、小学生の頃、学校の飼育小屋にいたうさぎに餌をやった時にアレルギーのような症状はでなかったし、今まで縁がなかったというだけで動物は好きだ。
動物の詳細については説明されないまま、天王寺に促され、車を降りる。
無人のエントランスを抜け、エレベーターで上がった三階の突き当たりの部屋の鍵を解錠し、ドアを開けると、「にゃあ」と声がした。猫だ。
電気がつき、ようやくその姿を確認できた。
黒い猫だ。
よく見ると、首元にツキノワグマのような白い毛がワンポイント入っているのが可愛い。
ぐるぐると天王寺の足にまとわりつき、必死に鳴いて何かを訴えている。
「ずっと一人にされて、寂しかったのでしょうか」
「腹が減っているだけだ。おい、今やるから、ズボンに毛をつけるな。ましろ、ソファにでも座って少し待っていてくれ」
「は、はい」
コートをかけさせてもらい、言われた通りリビングのソファに座る。
よほどお腹が空いていたのか、猫は天王寺がフードを皿にあける間にも手と皿の隙間から顔を突っ込んでいる。
猫のことがあるから、今まで天王寺はすぐに帰ってしまったのだろうか。
「……コーヒーでいいか?」
「あっ、どうぞお構いなく……!」
天王寺の部屋は、あまり無駄なものがなく、いかにも彼らしい機能的な場所だった。
所々物が落ちたり倒れたりしているのは、今少し離れた場所で慌てて食事をかき込んでいる、小さな同居人の仕業だろう。
ましろの部屋のリビングの三分の一くらいの広さだが、一人でいる時はこれくらいの方が落ち着きそうだ。
天王寺がコーヒーを用意している間にもうさっさと食事を終えてしまった猫が、満足げに顔を洗っている。
呼びかけようとして、名前を知らないことに気づいた。
「猫ちゃんのお名前は何ですか?」
「……………………」
返事がない。
ここからキッチンまで、対面式なので遮蔽物はないが少し距離がある。聞こえなかったのだろうか。
「あの、」
「シロ、だ」
「シロ」
黒猫なのに?
「首のところの白い毛が目立つからだ」
ましろの心の声が聞こえてしまったのか、天王寺はやけに険しい表情で、早口に名付けの理由を教えてくれた。
聞かれたくないことだったのだろうか。
「おしゃれな名前ですね。それに、私の名前に似ているので、ちょっと親近感が湧きます」
「……………………………、」
「ちー様?」
「いや、お前がいいなら、それでいい。何か食べるものを作るから、少しそいつと遊んでいろ」
「???」
眉間に皺を刻んだまま首を振った天王寺は、何だかとても疲れたような顔をしていた。
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