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第31話

「銀行口座の暗証番号から指輪のサイズまで……二人の愛の軌跡と顛末を話してくれるなら情報料無料……」 「ええ…と、それは……」  指輪のサイズはいいとして、暗証番号は他人が手に入れてはいけない情報なのでは。  そこはかとない犯罪臭はともかく、八重崎は天王寺を取り巻く状況について教えてくれようとしているらしい。 「良かったね、ハク。現代のアカシックレコードと名高いこなぎんが色々教えてくれるって!」 「でも流石のアカシックレコードも……天王寺千駿の小腸の柔毛の数まではわからない……けど」 「その情報がいつ必要になるのかをアカシックレコードに教えて欲しいんだけど」 「……………………」 「無視なの!?」  二人の漫才のような会話に笑ってしまいながら、八重崎にはシステム管理の他、トレーダーや情報屋として電脳世界に生きる顔があることは知っていたがそんな二つ名があったとは、と感心する。  アカシックレコードとは、レコードといっても音を記録するものではなく、過去のあらゆる出来事が刻まれているといわれるもので、スピリチュアル寄りの用語だったように思う。  そんな超常的な情報網で天王寺のことを教えてもらえるならば、もちろん聞きたい。  八重崎に全てを調べ上げてもらい、月華に何とかしてくれと頼めば、天王寺の抱える問題のいくつかは簡単に解決できるだろう。  けれど……。  「私がそれを知ることを……彼は望んでいるでしょうか」  天王寺が外部からの助力を望んでいるとは思えなかったし、ましろには、知っていることを隠してさりげなく力になるような器用な立ち回りはできそうもない。  かつて月華は、羽柴の家で緩やかに窒息しそうになっていたましろを強引に連れ出し、助けてくれた。  それをとてもありがたく思えたのは、ましろには抗うための力がなかったからだ。  天王寺ならば、同じ状況でも自分で何とかしようとしたに違いない。  余計なことをして煙たがられるのを恐れているだけかもしれないが、『今は話したくない』という彼の意思を無視するだけの覚悟が持てなかった。  ましろの問いかけに、八重崎は近しいものでなければ気付かないほど本当にごく僅かに瞳を翳らせる。 「それは……わからない。提供できるのは、データだけ。それをましろが知ることを天王寺千駿がどう思うかは、保証の対象外……」  八重崎は、手に持っている端末に目を落とした。  恐らくそこから彼の持っているデータベースにアクセスできるようになっているのだろう。  俯いたことでつむじが見えて、ましろはその小さな頭に手を伸ばした。  よしよしと撫でると、意外そうな瞳が見つめ返す。 「木凪は優しい子ですね」 「優しい……?別に、これは優しさとは違うと思う……。ただの好奇心……」  八重崎は感情表現に乏しいため、自分のことを冷たい人間だと思っている節がある。  けれど、ちゃんと困っている人の力になりたい、その気持ちに沿いたいという気持ちがあるのだから、優しいということでいいとだと思う。  褒められているのに偽悪的に振る舞うところは、親戚である月華にそっくりだ。  いつまでもわしゃわしゃと撫でていると、くすぐったそうに手を退けられた。 「じゃあ……、『特に転生したわけでもない俺の攻略本ありチート恋愛無双』はやめて……豆知識だけ授ける……」 「何そのバナー広告によく出てくる冒頭で主人公がトラックにひかれそうなタイトル!?」 「『うちの攻略本〈エメラルド・タブレット〉がうるさいんだが』とかでもいい……」 「にゃろうが途端にラノベに!」 「???二人の話は難しいです……」  意味がわからずに首を傾げると、ツッコミにヒートアップしていた碧井はぴたりと言葉を止めて、「ごめん」と苦笑した。  八重崎は何事もなかったかのように続きを話し始める。 「天王寺千駿の会社名『Kukuli』……。数年前、さる雑誌に載った小さなインタビュー記事で、天王寺千駿は社名の由来について、『括る』の意味で、日本書紀に出てくる菊理媛尊(ククリヒメノミコト)からもらったと話していた。菊理媛尊は縁結びの神なので、人の生活を快適にするために必要な様々なものを結びつけ、一つに括る……そういうことらしい。そして……菊理媛尊が祀られているのは……白山比咩神社……」  碧井と二人、ふんふんと頷きながら話の続きを待った。 「……………………豆知識、以上」 「終わり!?」 「終わり。……会社名の由来にさりげなく白を入れてきてる……ってだけ……」 「あっ!ましろの白!」  碧井はそれだとばかりに手を打ったが、それは少々強引な気がした。 「流石に偶然では……?そういえば、飼っている猫ちゃんのお名前が『シロ』でした。白が好きなのかも?」  何故か、自分の一言にしん……と場が静まり返る。  変なことを言ってしまったのだろうかと二人の表情を覗くと、寒さを堪えるような渋い顔の碧井と対照的に、八重崎の瞳は輝いていた。 「……………………引いた」 「……………………メモした」 「???」  やはり、ましろには二人の話は難しい。

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