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第45話
数日後、天王寺は休日の日中に、ましろを家に招いてくれた。
ましろの……というか『SHAKE THE FAKE』の店休日は平日だが、拘束時間は十八時から二十四時の六時間だけだ。
出勤の日でも昼間の時間を好きなように使えるのは、ありがたい。
会うときはスーツを着ていることの多い天王寺だが、今日は休日だからだろう、袖の長い細身のカットソーに深い色のデニムというラフな格好だ。
スタイルがいいので、シンプルなものを身に付けていてもとても見映えがする。
玄関先で迎えてくれた天王寺が格好良くてにわかに緊張してしまい、ギクシャクと「本日はお招きいただき有難うございます」と挨拶をすると、「大袈裟な奴だな」と苦笑されてしまった。
以前も感じたが、自宅だからか、他の場所で会うよりも雰囲気が柔らかい気がする。
あとは……シロのおかげかもしれない。
そのシロはといえば、通されたリビングのソファで、丸くなって目を閉じている。
「シロ、こんにちは」
声をかけても、しっぽの先が微かに動いた程度で、これといった反応はない。
ごく勝手なイメージだが、猫は来客や環境の変化にもっと神経質な生き物と思っていた。
「シロは……眠りが深いのでしょうか」
「お前のことには気づいているだろうが、そいつが動くのは何か主張があるときだけだからな。空腹の時とか」
「なるほど……とても意志が強いのですね」
当たり前だが、挨拶をしないと相手を不快にさせてしまうのではないだろうか……なんてことを猫は考えないのだ。
ましろはいつも、相手がどう感じているかを考えすぎておろおろとしてしまうけれど、シロの気ままな振る舞いを見ていても、不快な気持ちなど湧いてこない。
そもそもの形状がかわいいから……というのはもちろんあるだろう。
けれど、自分の意思をきちんと持ち、ぶれずに生きている潔さは、見ていて気持ちのいいものなのだなと感じた。
「勉強になります」
一人頷いていると、何故か天王寺は脱力した顔をしている。
何か変なことを言ってしまっただろうか。
「今触ったら、起こしてしまうでしょうか」
「頭や背中を撫でるくらい大丈夫だろう。嫌なら立ち去るだけだ。そいつはあまり狂暴な性格じゃないが、一応しっぽや足に触るのはやめておけ」
「わ、わかりました……!」
ソファの前に座り、そろそろと背中を撫でてみる。
本人(猫)のセルフケアの賜物か、それとも天王寺がよく手入れをしているのか、シロはふわふわのツヤツヤだ。
「シロ、毛並みが綺麗です」
シロは「苦しゅうない」とばかりにしばし尻尾をゆらゆらと揺らしていたが、不意に伸びをしながら立ち上がると、前回訪れた時のように無遠慮にましろの膝へと乗ってきた。
また?と驚いている間に、丸くなって寝てしまう。
「ええと……………………シロ……?」
天王寺がコーヒーの入ったマグカップを近くのローテーブルに置いて、するりとシロの頭を撫でた。
「お前のことは、クッションか何かと思っているのかもな」
「ソファの方が寝心地が良いのではないですか?」
「好みの問題じゃないか。重くなったら好きなタイミングでおろして大丈夫だぞ」
ソファよりもましろの膝の方が好みだというのなら、光栄な話だ。
天王寺が撫でたのと同じ場所を撫でると、「こっちもしろ」とばかりにシロが小さな顔を上げたので、喉をくすぐる。
ごろごろと鳴っているのが触った場所からも伝わり、リラックスした様子に嬉しくなった。
「シロに乗ってもらうのは好きです」
「………………………………」
「……???あの、ちー様……?」
テーブルを回り近寄ってきた天王寺は、何故かシロを抱き上げ、再びソファへと戻した。
何かシロにしてはいけないことをしてしまっただろうかと不安に思ったのも束の間、入れ替わりで天王寺がましろの膝に頭を乗せて横になってしまったので、硬直する。
「………………ええと……?」
「俺も寝心地を確かめたくなった」
「ええ……?……あの、どう……でしょうか」
「悪くない」
「あ……ありがとうございます……?」
驚きもしたし、少しくすぐったさもあって、ドキドキしてしまって恥ずかしいのだが、重みと温かさが伝わってきて、ましろはシロにするように、そっと膝の上の頭を撫でた。
穏やかな時間が続いたのは本当にごく僅かのことで。
「っ、こら、やめろ、乗るな」
シロは、どけられたことが大層不満だったらしい。
ソファから再びましろの膝に……つまり現在その上に乗っている天王寺の頭に乗ろうとするシロは、危機感を感じた飼い主が起き上がったことで己の寝場所(クッション?)の奪還に成功した。
穏やかな時間の終焉を少しだけ残念に思いながらも、改めて猫の意志の強さに感心するましろであった。
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