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第50話

 数日後、ましろは月華の屋敷へとやってきていた。  送迎をしてくれた竹芝に礼を言って車を降りると、ぴゅうと冷たい風が吹き抜けて、本格的な冬の訪れを感じる。  冬のキンと冷えた空気は嫌いではない。  天気も良く、清々しい気持ちで、玄関までのんびりと手入れの行き届いた庭園を眺めながら歩いた。  都心に突如として出現する、新古典主義建築のカントリーハウスを模して建てられた洋館は、いつもながらここが日本だということを忘れてしまいそうな優雅さだ。  今の部屋に引っ越すまでは、ましろもここに住んでいた。  ある日突然『家建てたから、引っ越しの準備しといて』と言われて、羽柴の家を出てからしばし世話になっていた北条家に別れを告げ、月華の新居へと移り住んだ。  羽柴の屋敷も、そして北条の屋敷も十分広いと思っていたのに、月華の新居は美術館か何かかと見紛うようなスケールで、とてもびっくりしたし、今も訪れるたびにすごいなあと思ってしまう。  都心にこれほどの規模の私邸を建てるのに、どれほどの金と権力が振るわれたのか……は、深く考えないでおいたほうがよさそうだ。  世の中には、知らない方がいいことというのはたくさんある。  いつもそうするようにチャイムなどは鳴らさず玄関ドアをくぐり、凝ったグロテスク紋様の装飾の施された豪奢な玄関ホールを抜け、キラキラと日の差し込むサロンへと足を踏み入れた。 「あ、ましろん、お疲れ様」  ましろを一番に見つけて挨拶をしてきたのは、高校時代の後輩であり、月華の頼れる仲間でもある、速水(はやみ)(とおる)だ。  アシンメトリの切り揃えたボブカットに、レースをあしらった黒いカットソー。ベルトのたくさんついた細身の黒いパンツに厚底の編み上げブーツ。いつもながらミュージシャンのようないで立ちで、ゴシックファッションがよく似合っている。  人懐っこい性格で、優しい瞳はいつも明るく、仲間内のムードメーカー的な存在だ。 「少し久しぶりですね、透」 「この間ここで会ったきりだよね。ましろんももっとオフィスの方に顔出してくれればいいのに。近くに紅茶が美味しいカフェができたんだ。みんなで行こうよ」 「本当ですか?それは是非、私も行ってみたいです」  速水が「ここなんだけど」と端末でカフェの写真を見せてくれる。  今日は、学生時代月華を中心に集まっていた仲間たちで集う日で、サロン内に見知らぬ顔はいない。  速水に近いうちに月華のオフィスを訪れる約束をしている間も、近くを通る知り合いが挨拶をしてくれる。  月華が思い立った時に連絡がくるのだが、年に四、五回は集まるため、仲間内では『頻繁な同窓会』と呼ばれている。  テーブルには菓子や軽食が並び、飲み物はキッチンにいる城咲にそれぞれ頼みにいく。会話を楽しむ者もいれば、一人静かに本を読んでいるものもいて、思い思いにくつろぐこの雰囲気は、学生時代からずっと変わらない。  羽柴の家を出てからは、優しい仲間に恵まれて、こうした幸せな日々を過ごした。  ここにいる仲間と互いに感じているのは、友情というよりも仲間意識だ。  結束は固いが、胸襟を開いて語りような間柄ではない。  ましろも天王寺や家族のことを誰かに相談したりはしなかったし、誰かの深刻な相談を聞くこともなかった。  ただ、そこにいるだけの関係。それが自分達には必要だった。  一線を引いていても、必要とされていなくても、いていい場所。  恐らく月華は、自分の家を作ろうとしたのだと思う。  ましろにとっては仲間の集まるところが実家のような場所に思えるし、社会人になっても連絡が来ればこうして集まる他の仲間たちも同じ気持ちなのだろう。 「ましろ、飲み物は?どうせ何も食べずにきたんだろう。早く頼め」  感慨に浸っていたところ、すっとサンドイッチの乗った皿が差し出されて、ましろは顔を上げた。  城咲だ。  いつまでも速水と話し込んでいたせいで、心配してオーダーを取りに来てくれたらしい。 「一、こんにちは。食べずに来たこと、よく分かりましたね。今日も起きるのが遅くなってしまって」 「まあ……いつものことだからな。ロイヤルミルクティーでいいか?」 「はい。お願いします」  ペコリと頭を下げても、立ち去る気配はなく、城咲はじっとましろを見ている。 「……………………」 「……………………?はじめ?」 「……なんでもない」  支度を急いでしまったので何か寝癖でもついているのだろうかと首を傾げたが、城咲はすっと視線を外して今度こそキッチンへと踵を返した。 「……何か……気になることがあったのでしょうか……」  疑問符を浮かべていると、何故か速水がとても楽しそうにニコニコしている。 「はじめちゃんは、花嫁の父親みたいな気分なんじゃないかな」 「どなたか結婚なさるのですか?」 「しそうっていうか?あー、サンドイッチ美味しそ」 「透も一緒に食べましょう」 「わーい、いただきます!」  よくわからなかったが、空腹も覚えていたので、ひとまず速水と楽しくサンドイッチをいただいた。

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