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第1話

the rest of the time 残りの時間 「良くなかった?ヒロ… 気が散ってたのか? ため息しか出てないぞ」 汗で彼の体臭がグッと濃くなるその胸に、 己の裸の身体を預けて、何度かついたため息に、 言葉が降りてくる。 「俺と、…一緒になる気、はないの?」 自分でもびっくりするような言葉が出てきた。 本人がびっくりしてるんだから相手はさぞやと思ってたのに 帰ってきた言葉は 「一緒になるねぇ、結婚? やっとこさ、プロポーズか? 今頃… はー、長かったね」 「え?プロポーズ?? お前、どういうこと?」 「そんなもん、俺はヒロが桜と死別した時から、考えてたよ、子持ちのお前と身体を繋げるのには、ね、」 「お、俺は、」 「お前いつも受け身だから… 仕方なくって、納得させてたんだろ? でも…どうして今頃?」 言葉が繋がらなかった、俺だって、わかんないんだよ 「40過ぎて、仕事も勢いつけて坂を登ることもなくなった、子どもたちもそれぞれ落ち着いてきた。 そうしたらなんか気持ちにぽっかり穴が空いてるんだよ。 スースーして、毎日、どうにかしないとどうにかなりそうなんだよ」 「それで?どうにかしたくて、とりあえず穴埋めのために、結婚か?」 と呆れた様にため息をつかれる。 違う、違う、違うんだ…そうじゃない とさらにしがみつくように汗ばんで更にねっとりと密着し合うような肌と肌をねり合わせる。 同性どうしで、この歳で これ以上近寄れないほど、身体を絡み合わせ、 どうしようもない気持ちを呟いていく。 「もっと、そばにいたい。 この先の時間、お前をもっと束縛したい」 腰に回された手、さっきまで身体の奥深くを意地悪に探っていた指 尻のふくらみを緩やかに揉み始める手のひらに安堵しながら、 こんな執着したこころを吐露し 結婚なんて言葉が出たのはなぜだろう… 一緒に、共に、生きる、結婚 それは 女とするものだと思ってた… 若い時から 強気のグイグイ来る女の子に 押されて、常に女っ気は途切れなかった。 高校に上がった歳には 上級の女子生徒からのアプローチが耐えることがなかった 。 常に押して来る女性と付き合ってきたせいで 大学でも付き合う相手に困ることがなかった。 教師になるための大学三年の教育実習で訪れた高校で、 初めて恋をした。 高校3年のクラスの補佐に入った。 教壇から片言の慣れない挨拶をした時、 青葉が薫る季節、開け放たれた窓側に座る姿。 初めて受けた。心臓の音。 初めてだった。 何も見えなくなる、聞こえなくなる… 毎日が、その姿だけで終わる。 茶色で透けたような前髪。 小さめの顔を支える首すじ。 切れ長で弓を張ったような眦。 教科書を抑える、長く節だった指。 開いた首元のワイシャツから見えるくっきりとした鎖骨。 狭い通路に投げ出された学生服から覗く、素肌の足首。 全てに、神経が行く、全てに感覚が向かう。 なんで、なんで、 同じ性を持つ、この存在に 全てが奪われるような 恋をした。 相手は高校生だから、 未成年の教え子、それも同性。 何もかも初めてで 何もかも場違いなこの恋に、 翻弄され、舞い上がり、 自分でも考えられない事に 没頭するようになった。 彼の一挙手一投足に神経を張り巡らせた。 だれと喋る、だれを見ている。 何を求めているのかを、 そして、ある日わかったのが、 彼は恋してるという事 同じ気持ちを他の誰かに向けている… こころが音を立てて崩れそう、 苦しくて、夜も眠れない、 こんな初めての気持ちが 向かった先は当たり前の事実。 彼の思い他人…女だった。 何もかも手がつかなく 体裁だけを整える毎日 ある日職員室で交わされた言葉が 何も聞こえていなかった心に入ってきた。 「3組の割井(さきい) あの芳崎に告白したらしいですよ」 「へーあの芳崎に?」 名前だけがぐるぐる頭を回り出す。 芳崎 芳崎、、さくら、芳崎 桜 あの娘、 無口でツンとすましたところのある 細い頤の憂い顔。 授業中向けられる視線、 気がついていたけど 、無視ができるものだった 彼の思い他人だったはずの あの娘が… 彼が見ているだけの存在だった彼の娘が、 この職員室での会話を聞くまでは 応えることのない視線の訴えだった。 彼が告白しなければ、 動かずに見ていようとおもっていたのに。 気がつけば 悩む暇もなく、視線に応える俺がいる。 歳上の立場を思うように利用して、 自分に好意を向ける彼女と親しくなって行くことは簡単だった すこし歳上な男の俺が、 彼女に全力で行く。 彼女は前から俺に視線を送っていた。 割井を、彼女から引き剥がすために打ったくだらない芝居が、 不思議と穏やかに好意を持つ間になったのは、 なぜだろう? 押し切られるばかりの付き合いで、女というのに偏見を感じてた俺には、 桜の静かさ、おっとりとしたところが新鮮で、 「三枝先生、この間行った美術館で見たあの作家の画集があったの 一緒に見たい」 「そう…それなら、帰り少し遅くなるけど」 待っていてと渡す アパートの鍵。 おままごとのようだったけど、 最初があんな気持ちから始まった関係とは思えないほど、 穏やかで優しい時間を過ごした。 そして いつか彼女と身体の関係を持ちたいと思うほど心が動いていた。 それは割井にたいする激しい思いとは別の、 同性に恋愛感情を持ってしまった、気持ちの矛盾を覆い隠す、 そんなとても都合の良い関係。 実習が終わってからも1年続いたこの関係に終止符を打ったのは、 桜だった。 急に引っ越すことになったと告げられ、理由も言わずに去ってしまった彼女。 本当の恋、心の中の声を見ないようにした時間は残酷に、 僕を1人にして、元の通り 他人に流される生活に戻った毎日。 赴任先で授業の準備をして、教卓に立っ、 そして、また、4歳上の同僚の女教師に押し切られて、自分の気持ちもないのに、 相手に押し捲られた上の結婚… 連れ子の5歳の女の子との共同生活。 動物のような夜の交わり。 起伏ない毎日。 教師になってから3回目の春を迎えた頃。 桜から赴任先の学校へ連絡があった。 そして、僕の心は後悔と情けなさと、戸惑いで簡単に転がっていった。 「三枝先生、お久しぶりです。わかります?桜です。」 突然消えたのが夢の中の話だったような電話の声に、 直ぐ応えることもできず。 それでも、仕事の後、桜のいうままに会うことになった。 焼け木杭に火、とはよく言ったもので、 桜と俺は会って直ぐ元の鞘に収まった。 毎週決められた日に、用事を作り、県外のランクの比較的高いホテルにチェックインする。 桜は自分のことを一切俺には伝えずに、俺に快楽のみを与えていった。 そして、同時に心の奥にしまった筈の割井の ことも、思い出すことが確実に増えた。 不倫という始末の結果。 離婚そして、桜との再婚。 再婚した桜には3歳の男の子がいた。 誰の子とも問うこともせずに、始められた新しい生活。 血の繋がりのない2人の子どもと、桜と 4人の生活は、思いもかけず、楽しく優しい時間を俺にもたらした。 そして、病に伏した桜との死別。 遺された2人の子どもと桜を送ったその日に、弔問に訪れたのは 見違えるほど、大人の男になった 割井 俊だった。 かつてのくだらない芝居の原因。 俺の初めての恋。 その後、 一月に1、2回、社会人となり、話もお互いに対等にできる様になった割井に誘われて、出かける日々。 子育てと仕事という、変わらない日常の隙間。 又、心臓のなる音を聞いた。 呼び起こされた気持ちは封印した昔のまま。 どちらが先に誘ったのかも定かじゃない。逢瀬のたびに、甘く爛れた様に繰り返す男同士の性行為。 俊に言わせれば、高校の時から俺の俊への執着はなんとなく感じていた。 だけど、俺はゲイじゃない、と考える事を振り切ったと。 その後、桜と先生がそんな関係だと、人から教えられ、先生の俺への気持ちはおれの勘違いだと思い直した。 そんな言葉に、取りこぼした時間への歯噛みするほどの悔しさがこみ上げた。 あの時、あんな芝居をしなければ… もうそれなりに幸せな時間を送っていた事を、全て悔しさに変えてしまう、 そんな自分の執念に怖くなった俺は 何度目かの愚かな選択をした。 「別れよう、世間に知られたら身の破滅になる…お前も俺も… 俺には子どもの事を考えなきゃいけなかった。」 1番彼には辛い言葉を口にした俺に、彼は反論もせずに、姿を消した。 頑なになる心、欲を抱える身体を持て余す日々。 身体の奥深くを滾らせる欲を抑える為に毎日死んで行く自分の気持ち。 別れて何回めかの5月の日曜日、息子の杏果を連れて桜の墓参り。 「しばら、く、だね、ヒロシ」 突然背後からかけられた声に 心臓が鳴った。 振り向くこともできずに交わした会話。 俊の声の強さに、きちんと自分の奥深くの感情と向かい合わなきゃならない事を知った。 愛してる、まだ愛してる。 強引に反転された身体 下腹部に顔を埋める彼から 与えられる熱に 40を迎えた体は節操なく快楽に震える。 へそから鳩尾を通り 乳首へと這わされる指 この何年かで、すっかり愛撫を受容する事に慣れた体と心。 会陰をくすぐり、アヌスを軽くノックされ、 たっぷりとローションで濡らされた 門は難なく男の指を受け入れる。 乳首、会陰、アナル、性感の3点を執拗にそして執拗に、 焦らされ、弄られ、翻弄された先の 2度目の接合は 緩く深く狹路を分入って、 抜き差しを繰り返す頃には 片手は玉を転がす様に揉み込まれ、 男のものが犯して行くその路は 絡まるように蕩けるようにその襞を震わせる。 深く体を折って、リズムを合わせる様に尻を揺らし、ひたすら捉えた雄を奥へとねだる。 好きだ、愛してるというのには勇気がいるけど、 「一緒にいたい、お前をもっと束縛したい…」 その形が結婚だとしたら、その言葉は容易く口から紡がれる。 「ハネムーンはどこにする?」 おおよそ、アラフォー同士の会話にそぐわない内容だけど、 真剣に考えて、応える俺。 「いい歳のオヤジ2人だから、南の島より、カナダとか自然と対話するって方向にしない?」 「カナダねぇ、オーロラでも見に行くか」 「そうだね、ちょうど夏休みにオーロラなら、見えるかもしれない」 周りに認められず食料の確保も難しい間、栄養価の高い蜂蜜酒を飲んで耐え忍んでいたという 古代スカンジナビアの言い伝え ハネムーンと言う名の蜜月旅行 周りに認められる、認められよう、 そんなことはもう意識しない。 「俺たちのハネムーンは 人生を2人で寄り添う為の欠けていた月が補い合い、丸く満ちて行く為の旅。だな、」 と呟いた唇が愛おしくて、 そっと唇を合わせた。 共に生きたい、 その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを… 結婚 君の残りの時間を俺にください。 end

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