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第1話 いっちゃんの性別
俺には幼馴染がいる。
ツンツンでデレることが滅多にない女王様。切り揃えられた短い黒髪は艶々のサラサラで、くっきり二重の少しつり上がったアーモンドアイに収まる黒い瞳はいつも潤んでいる。ちょこっとついた鼻は齧りつきたくなるし、唇は気を抜くとキスして舐め回しそうになるほどに愛しい。制服に包まれた体は華奢で、いつの間にか俺の腕の中にすっぽり納まってしまうほどに体格に差がついてしまった。
将来は嫁にしようと固く心に決めていたのだが、一つだけ問題があったのだ。
『男』
であると言うことだ。
俺は悩んだ。胸がなくナニがついてる男の幼馴染とはヤル気にもならない。クッソかわいくて俺の好みにドンピシャでも流石に無理だった。
気持ちを切り替えて彼女を作り、ニャンニャンな経験もした。
ただ、どこか合わず、付き合ってももって半年。これでも誠意は尽くしているのだが、長持ちしない関係が続いていた。
その理由は分かっている。
変わらず幼馴染とつるんでいたからだ。中一で初めて彼女ができて以降、彼女が途切れることはなかったが、彼女よりも幼馴染と一緒にいる時間が多いことは今も昔も変わらなかった。
『あいつと私どっちが大事なの』
と言ってくる女には早々にして冷めた。そりゃ、彼女よりも大事な存在だから仕方ない。
隣同士に並ぶ俺と幼馴染の家が近づき、どこかそわそわし始めた幼馴染の綺麗に渦を巻いたつむじを俺は見下ろした。
「どしたん?」
「……っ」
声をかければピクリと肩を震わせる。何か緊張しているらしい。
何かあれば話してくるだろうと、特に沈黙も気にせず前に進んでいると、急に幼馴染が立ち止まった。
もちろん俺もそれに合わせて歩を止める。
幼馴染は一言も発せず、パタパタと靴を鳴らして俺の前に立つと、ズイっと手に持った紙袋を突き出してくる。眼差しは力強いもので、少し怒っているようにも見えた。
「これ、やる」
可愛らしい赤いハートのシールが貼られた少し光沢のある深い茶色の紙袋。
そうか、今日はバレンタインか。バレンタインに彼女がいなかったのは初めてかもしれない。三日前に振られたばかりで、今は休息時間だった。
「えっと?」
俺がすぐに受け取らず首を傾げると、幼馴染はたじろいで、焦ったように目を泳がせた。
「バ、バレンタインチョコ貰えないおまえのために、余ったの分けてやる。つ、つまりあれだ、ぎ、義理チョコだから。か、勘違いすんなよな」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぼそぼそと呟く幼馴染。
勘違いすんなよ、って? 強気な表情の顔も髪から覗く耳も真っ赤にしておいてこの幼馴染は何を言っているのか。湯気でも立ちそうなぐらいだというのに。
「あのさ、いっちゃん。俺が本当にバレンタインのチョコ貰えてないと思ってる?」
「……っ…う、うるさい! おまえは黙って受け取ったらいいんだよ!」
「うーん、でもさ、俺こんなに貰ってるから、もうチョコ要らないかも」
「なっ!」
十個以上の綺麗に包装された箱が無造作に放り込まれた鞄の中を見せると、幼馴染はカッと顔を一層赤くしつつ、大きく見開いた目を潤ませた。
あー、この顔ヤバい。かわいい。
今までのどの顔よりもかわいい。
なんかヤれそうな気がしてきた。てか、ギンギン。
「いっちゃん。チョコ要らないから、いっちゃん頂戴?」
「えっ? ど、どういうこと?」
俺は幼馴染が持っている紙袋以外の荷物をすべて取り上げて、俺の家に引っ張り込む。玄関にまとめて鞄を置けば、幼馴染の頭の上には?マークが浮いているのが見て取れた。
「ソータ? ——わっ!」
事態を把握していない幼馴染の膝を掬いあげるようにして横抱きに抱え上げる。幼馴染は俺に渡そうとしていた紙袋を慌てて胸に抱きつつ、俺にしがみ付いた。
「お、おい、なんで、お、降ろせよっ、ソータ!」
「それはできないかな」
「なっ!」
さっきから女王様の仮面が剥がれつつあって、堪らなくかわいい。
階段を上がって自室に入り、幼馴染をベッドの上に下ろせば、流石に幼馴染も『頂戴』の意味を理解したらしい。ごくりと喉を鳴らして俺を見上げた。
「馬鹿ソータ!」
ずっと顔を両手で隠したまま、されるがままの幼馴染はなによりもかわいい。頭隠して尻隠さずで、俺がおいしい状況になっているのに気付いているのだろうか。
しかも、抵抗もせずに口だけってことはOKな証拠。据え膳は頂かなければならない。
「いっちゃん、かわいいよ。ほんとかわいい」
制服のシャツだけを着て恥ずかしがるその姿は俺の股間に直撃していた。
幼馴染が男だからとか、全く関係なかった。幼馴染のふるふる揺れるチンコも、ちらりと見えるぺったんこな雄っぱいもこんなにかわいいなんて。
この六年間を無駄に過ごした気分だ。
「手作りチョコくれるってことは、俺本命だったんだ? ずっと想っててくれた?」
「違う! 買った! 手作りなんてしてない!」
「そっかそっか。形は悪いけど、すごくおいしい」
幼馴染がくれたチョコの箱から出てきたのは酷くいびつなトリュフだった。少しベタついてもいるが、この手作り感あふれるチョコがおいしくないわけがない。
「いっちゃん」
チョコを口に放り込んで、顔を隠している手をそっと剥がせば、潤んだ瞳が恐る恐るという様に俺を仰いだ。
ズッキューン。という言葉があるが、確かにこれはズッキューンだ。撃ち抜かれるという正確な表現。
「いっちゃんの作ってくれたチョコおいしいよ。ありがとう」
「作ってない!」
強情な口に軽くキスを落とせば、幼馴染は泣きそうな表情を浮かべた。
ああ、かわいい。求めてたのはこれ。他のどこにもない、他の誰でもない、幼馴染だった。
「キスしていいなんて……言ってない」
「……いっちゃん、ごめん。キスしていい?」
「…………」
無言は肯定。
俺は幼馴染の、キスして舐め回しそうになるほどに愛しい唇にもう一度キスをする。今度は深く。口の中で融けたチョコレートを一緒に味わうぐらいに深く口づけた。
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