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第9話 好み(5/10)

クリスが本気だと伝わってくるからこそ、ユーベルは困っていた。 ただの執着だと思い込もうとしていた心が揺らいで、彼の抱いているものが恋情だと、ついに認識してしまう。 背中に伝わるクリスの体温が、絡みつく腕が、熱い。 もう気付かないふりでは通せない。 「えっと…、あの…」 絞り出そうとしても何も浮かばない。 傷付けないように、想いを否定しないように拒む言葉なんて、出てこない。 己の不甲斐なさにユーベルが困り果てていると、クリスの方が先に口を開いた。 「優しいね、相変わらず」 「……」 「おかげさまで、僕はこうして生きてる」 「……」 「だから、僕はこうして苦しんでる」 「……っ」 「謝らなくていいから」 クリスの唇が、再び耳元に寄せられた。 青い魔石のイヤリングが揺れて、そのまま続きが囁かれる。 「悪いと思うなら、側に置いて。これから先も、ずっと」 咎められていた手が動いて、胸元を撫でられたユーベルの肩がピクンと揺れた。 押し殺されている中での、ほんの小さな反応に、嗜虐心を煽られたクリスの芯はジンと痺れて、吐き出す息を震わせた。 「ふ…、ねぇ、ユーベル」 ねっとりと纏わりつくような、急に変化した声色にユーベルの背筋がぞくりと冷えた。 これ以上この距離でいるのはまずい、とにかく、空気を変えなくてはと、慌てて口を開く。 「っ…はい! おっ…、おしまい! わかったから! クリス、君が大事に思ってくれるのは嬉しいよ。私もクリスのことは、弟みたいに大事に思ってるから」 「…弟か」 「はいはい、おしまい! 離して!」 強引に声を上げたユーベルがクリスの腕を掴んでも、クリスは一向に離そうとしない。 「もうぅう…!」 引っ張ってもびくともしない腕にユーベルが焦れていると、その後ろ頭にクリスはこつんと額を預けた。 「僕のこと、大事に思ってくれる?」 クリスの質問に、諦めの溜め息をついて、ユーベルが答える。 「…思ってるよ…それは昔から、変わらない」 「そう。じゃあ、いいや。今日は許してあげる」 そう言ってクリスは腕をするりと解いた。 安堵したユーベルが、はぁ、と溜め息をついて距離を置くと、クリスは「ねぇ」と笑いかけた。 「…ユーベル様。肉体強化の魔法、得意じゃありませんでしたか?」 「……あぁ…」 そうだった、と悲痛な面持ちでユーベルは額を押さえた。 「強引に振り払っても良かったんですよ。…やっぱり、抜けてますね」 ふふ、と短く笑うクリスは、いつも通りの良い子の仮面で優しく微笑んだ。

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