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第2話

ヨコハマ市警みなと分署。 港湾都市ヨコハマの治安を守る最後の砦として、市内各地域署のほかに重点警戒区域としてみなと分署が設置されている。 市警本部のあるコクサイ通りから更に海岸寄りに行った埋め立て地にみなと分署は存在する。 各地域署が管轄するエリアを股にかけて操作する権限があるみなと分署は、隣市まで続く工業地帯、ヤマシタを代表とする貿易エリア、ホンモクを中心とする新興住宅地、港に寄り添うように点在する移民街、高層ビルとショッピングモールがたちならぶミライ地区、古くから労働者の町として息づくノゲなどヨコハマの中心部、いわば心臓と言えるエリアを縦横無尽に駆け回ることで知られている。 僕は大学卒業とともにキャリア試験合格組としてヨコハマ市警に入職した。 キャリア官僚としての研修を終え通常であれば市警本部での内勤からスタートするのが幹部候補生の常道だったが、僕はそれに逆らい現場での勤務を希望した。 配属場所もみなと分署と言ってきかなかった。 ただの新卒公務員がいかにキャリア組とはいえ押し通せるワガママではなかったが、少しの幸運とたくさんの悪だくみの末に僕はみなと分署での勤務を勝ち取った。 僕は、ヨコハマがヨコハマらしくありつづけるために役に立ちたいと願い、警察官として街に関わることを選んだ。 このヨコハマに勝るあらめや。 この街とそこに住む人々を守るためなら僕の命など惜しくはない。 「後藤君、キミ、組対の新城君のところ行ってきてくんない?」 今の直属の上司であるみなと分署管理課長の坂本警視が書類を手にしてヒラヒラと振って見せる。 坂本警視も僕と同じキャリアだがこちらはいたってお役人然とした典型的な官僚タイプでこれからも定期異動で配属先を転々とするのだろう、特にみなと分署の職務に熱心な様子もないし、本来なら市役所に出向して予算編成でもやっててほしい人財だ。 坂本課長から書類を受け取りデスクに戻って文面に目を通す。 ”交際費運用に厳格化について”か。 なるほど、組対がターゲットになるわけだ。 署内に文書を周知するだけなら署内ネットワークにポストすればいいだけだし、実際されているのだろうが直接組対の課長のもとに出向けというのは向こうからなんらかの鞘当てがあったのだろう。 管理課のオフィスがある分署の一階から組対のオフィスがある三階まで、僕は階段を使って登って行った。 「んちゃーっす、あ、課長、ご在席で」 組対のオフィスの窓際の奥、分署には課長室など気の利いた設備はないのでオープンなデスクのシマの奥にヨコハマ市警みなと分署組織犯罪対策課長の新城警部はいた。 「分かっててきたんだろう、おまえがわざわざ空振りするヤツとは思えん」 デスクに両肘をつき組んだ両手の奥で眼鏡がぎらりと光る。 外資系コンサルタントのようなガッチガチのスーツに身を固め、眼鏡の奥に眼光鋭い相貌を隠したその姿は、世間で言われるところの組織犯罪対策課、ちょっと昔風に言うとマルボウのボスとは思えない。 いまだにマルボウの刑事は、どっちが警官か見分けがつかないようなドスの効いた風貌の人間が多いが、新城課長はぱっと見はデキそうなビジネスマンだ。 しかし見方を変えると現代風の経済ヤクザと互角に渡り合うだけの威厳と知性を漂わせているともいえる。 「すみません、うちのボスがこんな紙切れを」 デスクを挟んで向かい合った新城課長にプリントアウトを手渡す。 一瞥するなり本当になんの価値もない紙切れのようにプリントアウトを放り出す新城課長。 「何度目だ。うちの交際費が毎年予算ギリギリまで費消されてるのは職務遂行の必要があってのことだと再三説明している。私が私の権限で決済しているんだ。おまえのところの課長様になにがわかる」 まあ、そうだと思いますけどねとは公言できないが僕もそう思う。 「とはいえ、これだけのことで僕を送り出したわけではないと思いますんで、ご用件など伺えたらな、と」 ふん、と一息ついた新城課長。 「察しの通りだ。うちの交際費がいかに有用に費消されているか見せてやる。18時に署の玄関で待ってろ」 「帳面は置いてきたほうがいいですか?」 帳面とは昔でいうところの警察手帳、今ではバッジとなり携帯用のIDとなっているものを言う。 「必要ないな」 そう言って新城課長はデスクの上のモニターに視線を向ける。 では後ほど、と一礼して僕はオフィスを立ち去った。 18時。 みなと分署の職員通用口で新城課長を待つ。 「ぴったりだ。行くぞ」 颯爽と階上から現れた新城課長。 ブリーフケースひとつ持たない身軽な姿ですたすたと先を行く。 「どこ行くんです?」 一歩後ろに控えながら同じテンポで分署から繁華街に向かう大通りを歩いていく。 「うちが職務遂行上必要としている交際の相手を紹介してやる。おまえのことだからとっくに知り合いであっても不思議ではないが、な」 あらあ、この人どこまでしってるんだろう。 というのも、僕も僕でこのみなと分署に配属される前からヨコハマの日陰や闇の部分を自分の目でつぶさに見て回っているのもあり、それなりに反社会的な信条を持っていたり多少グレーなビジネスをしている人々とも交流がある。 そのことを指して言っているのだろうし、わざわざ僕を紹介するということは課長が知りえている僕の人脈とは違う線の人物を紹介しようということなのだろう。 課長が僕を案内したのは市警本部にほど近いものの裏通りにひっそりと佇むように営業しているこじんまりとしたバーだった。 見た目よりもずっしりと重いドアを開けて店内に入るとカウンターだけの店に一人だけ先客がいた。 ビールのグラスとタバコのパッケージと灰皿。 「待たせたな」 そう言ってまっすぐその人物の隣に歩み寄るとスツールに腰を下ろす新城課長。 なにもいわずともグラスにビールを注ぎ始めるバーテン。 「待ったというほどでもないし、先に始めさせてもらっている」 カウンターの先客はそう言ってグラスを傾ける。 PVCなどではない本物のレザーのパンツ、ゼラニウムのプリントされたアロハシャツ、首元にはスカルとロザリオのあしらわれたペンダント。 フロントはポンパドールにしていないがサイドを後ろに流したリーゼント。 年のころは20の半ばといったところ。 「紹介する。うちの分署の総務だ。後藤、ほら」 課長に言われて立ったまま挨拶をする。 「はじめまして、みなと分署管理課総務係の後藤と言います」 こいつが?という顔をしている。 僕もみなと分署の組対課長が折り入って紹介するのだからもう少し重鎮が出てくるものと思っていた。 「こいつは五木。ポートサイドコネクションの社長さんだよ。【コフィン】ってバーが流行ってるだろ?それ以外にいくつかの店を経営している」 【コフィン】といえばフクトミに数年前に出来たダイニングバーだ。 場所のわりに落ち着いて過ごせる店として地元でも評判だし、たしかヨコハマ駅やサクラギのあたりにも系列店があるはずだ。 「が、それは表向きの話で、実は五木は向日葵組から盃をもらった火耀会の若頭だよ」 はあ、通りで。 ただの五木といわれてもピンとこなかったけど、火耀会の五木と言われたらすぐに思い出す。 分署のネットワークで閲覧できる組対の資料で名前は目にしているし、市警本部のデータベースにもその名前はあった。 いまだに検挙されていないもののヨコハマきっての武闘派と目されている。 パクられていないのはカタギには絶対手をださないからというのは本当だろうか。 「まあ座れ。引き合わせたからって特にどうって話じゃない。五木には後藤のことを知っておいてほしかったし、後藤には五木を紹介しておきたかった。それだけだ」 目の前に置かれたグラスからビールを流し込む新城課長。 「新城さん、こういうことならわざわざこんな店に呼び出さなくてもオレの店でよかったんじゃないか?」 「そういうなよ、オレはこの店がつぶれてもらっちゃ困るんだ。こうやってたまにカネを落としにこないと、オマエのところみたいに繁盛してるわけじゃないんでな」 毒気を抜かれたように五木が再びグラスに手を伸ばす。 「すみませーん、ウオッカトニックくださーい」 どうやら今日の勘定は交際費として経費申請するようなので遠慮なく僕も飲むことにした。 それから4時間。 特にヤバい話をするでもなく、基本的に新城課長と五木が世間話をしながらガブガブ酒をあけるのを眺めながら僕もゆっくりと自分の好みの酒を味わった。 五木が店に戻ると言うのでお開きとなった。 「あんた、ひょっとしてあれか?」 相当酔っている新城課長の代わりに僕が会計を済ませていると五木が聞いてきた。 「向日葵の晶がタメで市警に勤めてるやつがいて、そのうち会うだろうからちゃんと挨拶しとけって言ってたんだけど、あんたのことか?」 向日葵の晶、か。 「それって芙蓉興業の斉木晶のことだったりします?」 「そうだ、なんだやっぱり知ってたんじゃねえか」 晶とは中学卒業以来まともに会ってはいないけど、噂通り家業を継いだようだ。 「いやいや同級生ってだけですよ。五木さん、今日はお時間とらせてすみませんでした。どうやら新城課長の息抜きに付き合わされただけのようで」 「かまわねえよ。次からはオレの店に来てくれ」 そう言って五木はワークブーツをゴツゴツ踏み鳴らしながら店を出て行った。 タクシーに乗り新城課長を自宅マンションまで送り届ける。 40前半の一人暮らしにしてはすっきりと片付いた趣味のいい部屋だ。 ソファに課長を放り出して勝手にキッチンを探って課長に水を飲ませる。 ごくごくと飲み干した課長がつぶやく。 「熱い…からだが熱い…」 そりゃあんだけ飲めば熱くもなるでしょうね、とは言わないけど、とりあえず家まで送り届けたしこれで今日の任務は終了かなと思っていた。 「後藤…熱い…脱がせてくれ…」 まあまあ手のかかる課長さんだこと。 仕方がない。 ベルトに手をかけて外すとスラックスを脱がせていく。 「ほら課長、腰あげてください」 脱がせたスラックスを床に置き靴下も脱がせる。 ネクタイを解き、ドレスシャツのボタンを上から順に外していく。 全てのボタンをはずし終え、シャツの合わせ開いて風が通るようにする。 はだけたドレスシャツとボクサーブリーフしか身にまとっていない姿の新城課長。 現職警察官だけあって年齢のわりに引き締まったカラダ付きをしている。 ボクサーブリーフの股間が玉袋の重みでぽってりと垂れ下がり、ぴったりとしたニット地が課長のシンボルをもっこりと浮かび上がらせている。 「熱い…後藤…」 「どこがですか?」 「尻の割れ目が…くっついて熱い…」 そういうことですか。 課長の両の足首を手に取りM字になるように足を持ち上げる。 尾てい骨が前に来るように、おしめを変える赤ん坊のような格好にさせる。 「課長、これでどうですか?」 ボクサーブリーフの尻の縫い目が見えるくらいに持ち上げたせいで、新城の股間に溜まっていた熱気が解き放たれてむわっとした汗とデオドラントの混ざった匂いが立ち上がる。 「後藤…ふーふーしてくれ…」 「どこをですか?」 「たま…」 両足を抱え上げたまま新城の股間に顔を寄せる。 新城の男の匂いがさらに強く感じられる。 正面からボクサーブリーフのふくらみに向けてそっと息を吹きかけると、新城は腰をピクピクと動かした。 二度三度とそっと息を吹きかける。 そのたびにぴくぴくと腰を動かす新城。 足首を外側に向けるようにして更に開く。 玉袋と鼠径靭帯の間の蟻の門渡りに向かうラインに沿って、横から息をふぅっと吹きかける。 反対側からも同じように吹きかける。 ブリーフのふくらみの中で新城のシンボルが蠢いているのが生地が波打つ様子から手に取るようにわかる。 そのまま焦らすように息を吹きかけていると新城課長のシンボルはボクサーブリーフの中に収めるのが窮屈に感じるほどにむくむくと膨らんでいった。 ブリーフに押さえつけられたシンボルの先っぽにあたる場所に小さな染みができているのがコットン地のおかげでよくわかった。 「後藤…パンツ…おろして…」 顎を上に向けてのけぞりながら新城課長が言う。 「ダメです」 にべもなく断る。 「僕はもう帰りますから、後始末はご自分でなさってください。明日も勤務ですから。じゃあ失礼します」 そういって新城課長の足を放り出してスタスタと玄関に向かう。 交通量の多い表通りまで出ればタクシーが拾えるだろう。 鬼の組対課長もプライベートではすいぶんと甘えん坊なもんだ。 ジャケットのポケットに手を入れると、五木が去り際に手渡してくれた【コフィン】のボックスマッチを探り当てた。 ついでにタバコを一本取り出しマッチで火を点ける。 僕のくちから一筋の煙が流れ出ては消えていった。

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