20 / 41

動き始める

(さと)へ行くとなったら俺はこの世界ではどうなるのかと白虎に聞いた。 失踪とか。 行方不明とか。 一週間程度は大丈夫だろうと思う。でもそれ以上は少なくとも正樹くんの家庭教師があるし、進路に関して教授からもきっと連絡が来て、俺に連絡がつかないと親に連絡が行く……。 「心残りはできる限りなくして差し上げたいのですが……うーん、こればっかりは朱雀に相談しなくてはなりませんね。親御さんが心配ですか?」 「親っていうか、弟。俺より賢いし、俺がこんなだからさ、すごい期待されてんじゃないかなって。そこに俺が失踪なんかして警察沙汰になんかなったら、親の期待が締め付けに変わるんじゃないかって……最後の最後までダメ兄貴ってのも、ちょっとなって思って」 不思議そうに俺を見る白虎には解っていないようだった。 「親って締め付けるものなんですか?」 「人によるけど、ね。うちの親はけっこう大きな会社に勤めてて、かなり他人の目を気にする人達かな。俺が中学受験失敗してから弟に塾だけじゃなく家庭教師までつけたし。俺と同じ失敗はさせたくないんだと思う」 「ふむ、私なんて子供の頃はずっと野山駆け回ってましたけどね……」 そう言われて白虎の子供の頃を想像してみる。 そして浮かぶ疑問……。 「白虎って何歳なの?」 見た目二十代後半のお兄さん。なんだけど。 「私? えぇっと……さんびゃく〜」 「いや、もう良いです。やっぱり聞かないです」 三百年生きてコレか!? 時間の流れっていうか成長、どうなっているんだろう? 「そろそろ朱雀を起こしましょうか。行きましょう、深海(みうみ)さん。ごちそうさまでした」 ベッドの上の豆柴は相も変わらず大の字で、気持ち良さそうに寝息を立てている。 白虎は豆柴のちまっと尖った鼻を掴むと 「起きてください」 と軽く揺すった。豆柴は喉の奥でぐぅ、と呻いて白虎の手を離そうと首を振った。 そして白虎の手首と首にヒトの腕が絡んで引き寄せた。 「んだよ? もっと優しく起こしてくれよ」 寝起きの掠れた朱雀の声がひどく色っぽく聞こえた。 「何言ってるんですか……ちゃんと起きてください。相談がある……んぅ」 目の前で、後頭部をがっつり掴まれた白虎が朱雀に思いっきりキスされているのを俺はボケっと突っ立って見ていた。 「んっちょ、と……寝惚けて、ないで起き……ぅうーっ」 ジタバタ暴れる白虎の動きを寝起きの朱雀が簡単に抑えこんで、チラリと見える白虎の顔は真っ赤だ。 どうにか逃げたい白虎と絶対に逃したくない朱雀の攻防が美しくて、俺は間に入る事も忘れて見惚れてしまった。 「ぅ、う〜っぷはっ……起きんかバカ(りん)! 時と場を考えよ!」 もらったゲンコツのお返し+αを朱雀の頭に叩き込んで、朱雀の手が緩んだ隙に大急ぎでベッドから離れた白虎の耳が真っ赤で声がかけづらい。 のそりと起き上がった朱雀は案の定全裸で、着物の上からでは解らなかった見事な肉体を惜しげもなく晒している。 肩や首の骨をポキポキ鳴らして大欠伸をして、まだ寝惚けているのか白虎に殴られた頭を撫でて、なんか痛い……と呟いた。 「那智(なち)、殴った?」 「……殴りました。すみません。早く着物を着てください、!」 どうやら朱雀の名は燐、白虎は那智というらしい。朱雀と白虎が役職名だと言ったのは本当だったようだ。 そして白虎がものすごく焦っている。 「朱雀と白虎って……伴侶?」 「ひぇ!?」 「あ、れ? 深海? あー、ココ深海の部屋だった……」 あー、寝たわー、と満足そうに呟いて、足元の着物を順に身にまとっていく朱雀は 「そ。俺の伴侶、良い奴だろ?」 と満面の笑みを浮かべて俺を見た。 照れ臭そうで嬉しそうで得意そうで何より幸せそうな笑顔に俺はすぐに頷いた。 「最高の伴侶だと思う! 朱雀も白虎も最高だよ!」 二人が伴侶だという事に俺はかなり安心していた。 男同士で伴侶。俺とルナと同じ立場の人達が目の前にいるっていうのは、無条件で心強かった。 「確かに最高だけどな、お前が言っちゃダメ〜」 めちゃくちゃ嬉しそうな声なのは白虎を褒められたからか? 俺もルナが褒められたら嬉しいし。 「そうですね。深海さんが言っちゃダメです。貴方と和子(わこ)も最高の伴侶になるんですから、他の伴侶を簡単に最高なんて言っちゃ和子が拗ねます」 「そうなのか?」 「そうです。この人と一緒になる事が最高の幸せだと魂が決めて寄り添うんですからね? 自分達が最高だと思えばそれで良いんです」 「最高同士がくっついて一緒にいるんだから言わなくて良いんだよ。それにお前、今は和子と離れてるだろ? 一人の時にんな事言ったら、他の伴侶が羨ましいっつー事になるだろうが? お前、和子とより那智……じゃなかった白虎と伴侶になりてぇか?」 とんでもない。 ルナとじゃなきゃムリだ。 「あ! 俺、今二人の名前聞いちゃったけど、良いの!?」 本当の名前は伴侶しか知っちゃいけないんじゃ……。 どうしよう、郷に行く前から掟破りをしてしまった。 「大丈夫ですよ。私が直接深海さんに教えたワケじゃないでしょ?」 「そうそう。伴侶二人の話を聞いてりゃ名前も解る時くらいあるって。気にすんな。んで、俺に相談って何?」 手早く着物を着て、ベッドに腰を下ろした朱雀が俺に喉が渇いた、と飲み物の要求する。 なんて遠慮のないヤツなんだろうと思うけど、不思議と腹が立たない。 「時間的にコーヒーはダメだ。緑茶か麦茶か水。どれが良い?」 緑茶美味しかったですよ、とさりげなく緑茶を勧める白虎の言葉に優しい顔をして頷いた朱雀は 「寝ないから、こぉひぃ」 と答えて白虎の頬を少しだけ膨らませた。 俺に関係がバレたからか、俺を認めてくれたからか、二人の表情がより解るようになって、俺はそれがすごく嬉しい。 例えるなら、多分、頼れる兄貴が二人も一気にできたような、そんな感じ。 いい歳した男が泣いてすがっても呆れず受け止めてくれる存在がルナ以外にもできた事が嬉しくもあり、ほんの少しルナに申し訳ないような気もするけど、そこはきっとルナも許してくれるはずだ。 「白虎は?」 「おかまいなく! 朱雀のを横から盗ります!」 「何でだよ!?」 コーヒー三人分、決定。 仲睦まじい夫婦喧嘩にほっこりしつつキッチンへ行く。 今日何回目のキッチンだろう? と自然と笑いが出てしまう。ここにルナもいたら、それはさぞや賑やかだろう。そして俺はあの二人にさんざん甘やかされるルナを見て、ちょっぴり嫉妬したりするんだろう。 「薄めにしたぞ」 二人の前にコーヒーを置いて、ついでにルナが好きだった煎餅も出す。ルナが好んで食べた物ならこの二人も食べられるはずだ。 「二人とも初めてコーヒー飲んだろ? コーヒーってさ、飲み過ぎると胃をヤられるんだよ。だから薄め!」 「へぇ! そういう効能もあるのか! こぉひぃってすごいな!」 「お酒も飲み過ぎれば毒になりますしねぇ……あ、お煎餅、美味し!」 パリパリと食べる音まで上品な白虎とそんな白虎を愛しそうに眺める朱雀、そして二人を交互に見てニヤける俺。 「何だよ? ヘンな顔して」 「んー? やっぱ伴侶って良いなって思ってさ。俺もルナに会えたら朱雀みたいに優しい目で見て、白虎みたいに甘やかしてやろうって思って」 「んなっなっなっ!」 「ははっ! 郷に来る事の迷いはねぇみたいだな」 「迷いはないけど、やっぱり不安はあるよ。俺を認めない人達だって当然いるだろうし、俺のせいで二人が文句言われるのは嫌だし。でもルナがいないのはムリだから……迷惑かけます」 「……強引に事を進めているのはこちらですからね。深海さんが頭を下げる必要はありませんよ?」 ぽんぽん頭を叩くのは白虎の手だ。ガシッと掴むように甘やかす朱雀とは違って、小さい子供にするように甘やかす白虎。まぁ三百年以上生きてる人からしたら生後二十一年の俺なんてガキもガキなんだろう。 あの日ルナに出会わなければこの二人とも出会わなかったんだ。 玄関開けた時は新種のホストかと思っ――…… 「あ! そうだ! 思い出したんだけどさ! ちゃんと玄関から来たよな! 尾白なんて鍵とか無視していきなり部屋ん中に来たぞ!」 「あーあん時は緊急事態だったからなぁ。俺達もいちいち玄関から〜なんて悠長に構えてらんなかったんだよ。逢魔刻(おうまがとき)も無視だったしな、一刻も早く和子を戻さなきゃいけない状態だったから……本当にすまん」 がばりと頭を下げた朱雀に慌てて煎餅を渡した。 「違うって。責めてるんじゃなくて! びっくりしただけ! いきなり他人が部屋に現れるし、ピンポン鳴らしまくる嫌がらせかと思ったら二人が立ってるし!」 「いや、うん、なんか色々すまん」 「すっげぇびっくりしたけど、来てくれてありがとう。本当にありがとう」 俺とルナを繋いでくれてありがとう。 消えそうだったルナを助けてくれてありがとう。 俺を救ってくれてありがとう。 「ま、礼を言われるにはまだ早いな」 「ですね。さっきの深海さんの言っていた心残りの事なんですけど。弟さんの事。朱雀と相談したんです」 「深海がロクでもないヤツだったら消すつもりだったって言ったろ? それを完璧にやる事にする」 ドヤ顔で俺を見る朱雀。が、俺はどういう事か解らなくてボケっとするしかない。 「消すにも色々あるだろ? 帝からは見極めて消して来い、としか言われてねぇからな。俺達としても余計な力は使いたくないからよ……ま、こっちの世界がどんな騒ぎになってもかまわねえかな、と思ってたんだがよ」 どんな騒ぎにって……それってやっぱりアレかな? 殺人とか? 不審死ってヤツ? 思わず生唾を飲み込んだ俺の肩をを安心させるように白虎が叩く。 「滅多にない事ですが、この世界に介入します。そして貴方の存在をなかった事にします」 どうですか? と白虎に問われて、考えてみる。 俺のいない世界。 最初から俺という人間が存在しない世界。 「それは誰も俺を覚えていないって事?」 「そうだ。親も弟も友達も。お前が知っている人間、少しでも関わった人間の全ての記憶から消える。お前が納得するなら……」 「それで良いよ。ただ今すぐはちょっと待って欲しい。消える前に……話したいヤツもいるし」 俺の持っている物、少しでもムダにならないように譲れるものは譲ってしまおう。 俺の事を本当に心配してくれる友人達にきちんとお礼を言っておこう。 正樹くんには参考書とテキスト類をあげたい。 そう伝えると二人とも頷いてくれた。俺の良いようにしてくれと言われた。 「あ、でもよ、げえむは和子に持って行ってやれよ」 スマホは……バッテリーがなくなれば無意味な物になるだろうけど、なくなるまでルナが喜ぶならそれで良い。 「そうする。ありがとう」 「いや、こっちも今すぐってワケにはいかない。準備が要る。こぉひぃを飲み終わったら俺と白虎は出かけるから、氏神を教えてくれ」 「……知らない」 は? と朱雀と白虎が顔を見合わせる。そして朱雀が大声で笑い出した。 「んだよ、お前! 神様神様言うからよっぽどこだわってんのか、はたまた詳しいのかと思ったら! 知らないって! 本気か!?」 「今は……知らない人間の方が多いよ……きっと」 「あらららら。じゃあ氏神探しからですね。深海さん、さっき私に飲ませてくれたお水、もう一ついただけますか?」 「え? うん、良いけど、あれはこの辺の水じゃないよ?」 「ええ、かまいません。産地はどこでも良いんです。透明な容器と水が必要なんです」 介入する、というからには俺には想像もつかない摩訶不思議な力を使うんだろうと思い、言われる通りにする。 「さて、そろそろ行くか。深海は寝てて良いぞ。明け方には戻るし、次は勝手に部屋に上がらせてもらう」 「外、出て大丈夫なのか? 苦しいんじゃ……?」 「そりゃこの部屋ん中よりは息苦しいわな。でも真夜中だと人が寝静まってるだろう? 少しはマシなんだよ。白虎、準備してくれ」 「解りました。深海さん、ちょっと失礼」 水の入ったペットボトルを俺の額に当てて、白虎が目を閉じろと言う。 言われた通りに目を閉じて数回深呼吸をするとスッとペットボトルが離れた。 「もう良いですよ。行ってきますね」 行ってらっしゃい、と返した瞬間に二人の姿は煙のように掻き消えてしまった。 ……やっぱ神様なんじゃないの?

ともだちにシェアしよう!