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【番外編】けっこうな御点前です 其の三

「お待ちくださいませ! お待ちくださいませ!」 紅蘭(こうらん)殿が着物の袖を引いて僕を通すまいとがんばっているけど、ムダだよ。 だって今日って聞いてるんだからね。伴侶殿がけぇきとこぉひぃを振る舞ってくれるって。 なのに一度起きたけど、また二人で部屋にこもってる、なんて。そんな、客人呼んでおいての二度寝は良くないよね? ちゃんと起こしてあげなくちゃ。 「和子(わこ)ー! 伴侶殿ー! 起きてー!」 力いっぱい叫んで、戸を開けて、僕は固まったよ。 うん。寝てなかったね。 ただ和子は伴侶殿の膝の上に座って、いちゃいちゃの真っ最中だった。背後で紅蘭殿の深〜い溜め息が聞こえたよ。 そっか……伴侶を持つってこういう事も含むんだね……。着物はまぁ着てたけどさ。 「はわわっ!」 「うわあ!」 「ごめんっ!」 びっくりする二人に謝る僕。謝るしかないよね。 けどさ、びっくりしつつもしっかり抱き合ってるってどうなの!? びっくりしたから抱き合ってるの? 「もう! いきなり開けないでよ!」 ぷうぅっとふくれた和子が伴侶殿の膝の上で暴れて、伴侶殿は慌てて乱れた和子の着物を直してあげている。 「和子、ごめんって! お茶会が楽しみで早く来ちゃったんだよ〜! あの、伴侶殿も、ごめんね!?」 どうしよう……やっぱり怒ってる、よね? 伴侶殿あんまり僕の事見てくれないよ〜! お邪魔虫でごめんなさいっ! 「……って事があってさぁ。ホント申し訳ない事しちゃった。でも伴侶殿が怒ってたんじゃなくて照れてただけで良かったぁ。だってさ、朱雀なんてけっこう僕達の前でいちゃいちゃしてるけど全然照れないでしょ? 僕も慣れちゃってた」 「……俺達は伴侶となって長いからなぁ……」 「……いちゃいちゃの度合いも違うと思いますけどね……でも貴方、しっかりお昼ご飯もいただいたんでしょ? 普通は新婚さんに遠慮して出直すものじゃありませんか? なかなか肝が座ってますね」 白虎は呆れたって顔で僕を見てるけどさ。 「……そりゃ僕もそう思ったけど! 伴侶殿が昼ご飯を一緒に食べよって言ってくれて和子も良いよって言ってくれて……」 「……不粋」 何気に言葉数の少ない玄武の言葉が一番刺さるんだよねぇ……。僕だって反省してるよ。 言い返せなくて、紅蘭殿が淹れてくれたお茶を飲んだ。 「で? 深海(みうみ)と和子はよ?」 「んー、厨房にいる。伴侶殿がお菓子を焼いてくれてて、紅蘭殿と雪江殿が極意を盗むとか言って張り切ってて、和子はいつも通り」 「深海から離れない、と」 「そうそう。で、今日のこぉひぃは和子が淹れてくれるってさ」 「それは……」 みんなが胸の内で大丈夫かなって思った事はお互いに口にはしないけど解ってる。 まぁ、伴侶殿が隣で教えるだろうし、大丈夫だよね? 飲めるよね? 美味しいこぉひぃ……。 「みんな、お待たせーっ!」 両手にお皿を持って満面の笑みの和子が入って来た瞬間、部屋に甘い匂いがふわぁっと広がった。 和子の後ろには当然伴侶殿。その手にはこぉひぃ用の茶器を載せたお盆。 「はい、これが朱雀ので……これが白虎の。んで、青龍ので玄武の。深海の力作だよ」 「力作って言うな。色形が良いヤツってだけだから。蜂蜜かけても良いし、考えたんだけど、餡子と一緒に食べても良いかも。どら焼きみたいで」 説明だけでヨダレ出そうだよ……。 伴侶殿は説明だけして、僕達の目の前に蜂蜜と餡子の盛られた皿を置いた。伴侶殿はいつもそうなんだ。 こぉひぃの時も、何も知らない僕達に 「こうやって飲みなさい」 とは言わずに 「こういう飲み方もあるよ」 って教えてくれた。強制っていうか、押し付けみたいな事は絶対にしないんだよ。 例えばこのけぇきに僕が塩をかけて食べてみたいって言っても止めないと思う。 多分笑って 「ちょっとだけやってみたら?」 って言ってくれると思う。 そういうのって、すごいなって僕は思うんだよね。 経験や知識があれば、その中で一番自分に合う答えを見つけるものだけど、それを教えてはくれるけど押し付けないって、実は難しいんじゃないかなって思うんだ。 「深海、これで良い?」 「ん。上手! 絶対に美味しいよ」 「深海さんが淹れるこぉひぃと同じ香がしますねぇ! 和子、すごい」 「えへへ。ちゃんと教えてもらったもんね。任せてよ!」 和子の弾けるような笑顔もなんか納得できるよ。 「あれ? 雪江殿と紅蘭殿と尾白は?」 「まだ厨房。尾白は鍛冶職人さんにけぇきを焼くのに適した鋳物は作れないかって相談中だよ。普通の鍋だと大きさも不揃いで、深海でも同じ大きさに焼くのは苦労するみたいだもん」 きゅ、と眉をひそめた和子は伴侶殿の苦労を自分の苦労のように感じているみたい。そういうのも伴侶だからなのかなぁ。 「俺が不器用なの。雪江さんと紅蘭さんは余った生地を練習って言って代わりに焼いてくれてる。さ、みんな先に食べよ?」 ふかふかのけぇきからは微かに甘い湯気が立ち上って、すごく美味しそう! 見かけによらず甘党の朱雀はたっぷり蜂蜜をかけて、既に和子の合掌待ち。無口な玄武がいつの間にか蜂蜜と餡子をちゃっかり二つともけぇきの上に準備していたのには笑っちゃった。 「うわ、甘い! 柔らかい!」 「こぉひぃに合いますね! うん。お茶にも合うでしょうね」 「……美味い!」 何も言わない和子を見れば、口いっぱいに頬張って、もっきゅもっきゅと一生懸命に口を動かしている。幸せそうに細められた目が美味しいって言ってるのが解る。 「みぃみ、こぉひぃ……」 そんなに慌てなくても……って伴侶殿は和子の背中をトントンしながら苦笑いをしている。 こぉひぃを飲んで一息ついた和子が満足気に吐息を洩らした。 尾白達も合流して、和子はウキウキした様子で三人にこぉひぃを淹れて、みんなで伴侶殿のけぇきに舌鼓を打つ。 休憩に来る人にもこのけぇきを食べて欲しいって力説する和子に僕達からも話があるんだよね。 チラッと朱雀を見る。こういう話は朱雀が向いてる。僕はつい余計な事を言っちゃうから、さ。 「俺達も考えてる事があるんだけど。和子、深海も聞いてくれ。あのな、俺達は二人のおかげで、こうして美味いこぉひぃが飲める。だが深海が持って来てくれたこぉひぃがいつまでもあるワケじゃねぇし、できれば俺達で独り占めじゃなくて(さと)の皆に飲んでもらいたい……つーワケで!」 「こぉひぃを育ててみようと思うんです。こぉひぃって木の実なんですよね? だったらその木を育てる事に成功したら、郷の皆で飲めますよね!?」 今のところ、こぉひぃは僕達だけのお楽しみみたいになってて、それはちょっとイヤなんだよね。 可能なら郷の皆で分け合いたい。 「和子はどう思う?」 「賛成! すごい! なんで思い付かなかったんだろう……そうだよね、育てれば良いんだ! 土地は? 確保できそう?」 「ちょっと待って! 木はどうすんの? 日本には自生してないと思う。赤道直下の異国にしかないはずだけど……」 伴侶殿の疑問が僕達の聞きたい事そのままだった。 そっか。伴侶殿がいた所には自生してないのか。でも、人の世にあるって事はさ、問題はほぼ解決。 「じゃあ異国まで出向くかな……和子、郷を留守にする許可を」 「はい決定! 行ってらっしゃい!」 問題は、郷に来てくれるこぉひぃの木はあるかなぁって事。 僕達の話を聞いて、納得して郷に来てくれる木が一本でもあれば。もしくは種を分けてくれる木があれば、この郷で、この郷のみんなで、美味しいこぉひぃを飲める日はそんなに遠くないと思うよ。 それまでに、美味しいこぉひぃの淹れ方を伴侶殿からしっかり教えてもらわなくちゃね。

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