1 / 12

(01) 運命の出会い

「いらっしゃいませ!」 壮太さんは、優雅な仕草でお辞儀する。 上品なウエイターの制服を着こなし、その姿は貴族の執事を彷彿とさせる。 どのお客様も、壮太さんの姿を見てはハッとして、頬を赤らめ見惚れる。 「こちらへどうぞ」 低く甘いボイス。 お客様は、魔法にかかったような夢心地で席まで誘われていく。 俺は、映画のワンシーンでも見せられている気になり、つい給仕の手を止めしまうのだ。 ここは、カフェレストラン ”カフェ・ボーノ” 昼は近隣のセレブマダムが集い、夜は会社帰りのカップル達で溢れかえる超人気のお店。 店の大きさは、普通のファミレスを少し小さくしたぐらい。 入り口を入ると、高い天井にアンティーク調の内装が目に留まり、スロージャスが心地よく耳に入る。 なんともゆったり寛げる空間がそこにあるのだ。 俺は、初めてこの店にきた時にその魅力に取りつかれてしまい、一念発起してホールとして働き始めた。 それが一週間前の事。 目の回るような忙しさであっと言う間に今に至る。 ちなみに個人経営だそうだけど、オーナーにはお目にかかった事はない。 実質、オーナーの縁者らしい女性店長がこの店の主だ。 その店長から声がかかって俺はバックヤードに向かった。 「どうかな伊吹君、慣れた?」 「は、はい。どうでしょう……」 店長からの問いかけに俺はためらいがちに答えた。 そんな俺を見て店長は笑った。 「ふふふ。ちょっと硬いかな? もっと笑って! そうすれば人気が出ると思うから!」 「はぁ……」 「ほら、もっと自信を持って! せっかく、アイドル並みに可愛いんだから!」 店長は、グッと拳を握り、頑張れ!のポーズを取る。 俺は苦笑いをした。 店長は買い被りなんだよな……。 確かに俺はよくアイドルの誰それ君に似てるとか、顔が小さくてモデルみたいとか、目がぱっちりして綺麗とか、外見を褒められる事が多い。 まぁ、多少女顔の童顔なわけで、年上女性受けする可愛い系イケメンの類い、なのは自覚している。 とはいえ見た目はともかく、中身は残念な奴だって自分でもよく分かっている。 基本ネクラだし、騒ぐのは苦手。 できればひっそりとして、そっとしておいてほしいと常日頃思っている陰キャラそのもの。 だからこそ、無邪気にそう励まして来る店長の言葉は重くて辛い。 さて、そんな店長は、歳の頃は20歳台後半。 名前は、香田 美帆(こうだ みほ)という。 凛とした面持ちで背はスラっと高くスタイル抜群。 それでいて笑うとドキっとする程可愛い。 そんな魅力的な大人の女性だ。 ちなみに、俺のバイトの面接をしてくれたのも美帆さんである。 店長からの激励で嫌な汗をかいていたところに、後ろから声がかかった。 「店長、ご予約のお客様です。店長にお話しがあるそうで……」 「あっ! そうだった! もうそんな時間? 今行きます!」 俺は振り返って、その声の主を見た。 思わず声に出してその名を呼ぶ。 「壮太さん……」 壮太さんは、俺の方をちらっと見ただけで、すぐに店長を追うようにホールへと向かっていった。 俺は、その一瞬目が合っただけなのに、胸が張り裂けそうなまでにドキドキした。 壮太さん。 フルネームは、夢坂 壮太(ゆめさか そうた)。 市内の大学に通っている。確か、俺より3つは上。 背が高く、均整がとれた身体つき。 面長で切れ長の目を持ち、甘いマスクの超絶美形。 俺とは違い王道のイケメンである。 長髪の黒髪は一つ束にし、頬にかかる前髪を耳にかける仕草は、なんとも言えない大人の男の色気を漂わせる。 スタイル、ふるまい、言葉づかい。 どれをとっても完璧で、否が応でも女性達を魅了してしまう。 お陰で、壮太さんがホールに立つだけで、お客様のテンションはぐんぐん上がり、注文殺到で売り上げ倍増なのだ。 当然ながら、一度ファンになったお客様は、壮太さん目当てで通い詰める事になる。 ちなみに、ホールのバイトは俺が知る限り10人ほどになるが、その中でも圧倒的な人気を博す。 と、他人事のように言ったが、実の所、俺もそのファンの一人である。 理由は簡単。 お客様をおもてなす事に一切の妥協を許さない。 完璧なプロ意識。 そこに憧れと尊敬の念を抱かずにはいられないのだ。 最初の挨拶の時、俺は緊張して壮太さんに声をかけた。 「夢坂さん、俺、星宮 伊吹(ほしみや いぶき)って言います。よろしくお願いします!」 壮太さんは、興味無さげに俺を見る。 「ああ……よろしく。夢坂 壮太だ」 素っ気ない返し。 「あの、俺、夢坂さんのファンで……」 そう続けようしたが、すぐに言葉を妨げられる。 「せいぜい頑張れよ……新入り」 壮太さんは、そう一言残し、振り返ることもなく去っていった。 俺の目に焼き付いた壮太さんの氷のように冷たい表情。蔑みの目。 俺は、嫌われている。 そう、直感した。 それが、最初の出会いだった。 確かにいい印象は持たれなかったのかもしれない。 でも、同じ職場で働く同僚。先輩、後輩の仲。 仕事のアドバイスを貰いたいし、できれば、それ以外、プライベートな事だって知ってもいいはず。 だから、俺はチャンスがあれば積極的に話しかけるようにした。 「壮太さん! あっ、すみません、俺も夢坂さんの事、下の名前で呼んでいいすか?」 「すごいっすね、壮太さん! 今日のお客様、みんな壮太さんのファンでしたよ」 「壮太さんって、お得意様には必ず、一言、二言、何かしらのコミュニケーションを取るんっすね。俺も真似していいっすか?」 「壮太さん……!」 しかし、壮太さんは相変わらずの塩対応。 興味なさそうに、「ああ」とか、「そう」とか、短い言葉で俺をあしらう。 確かに、俺は、お客様でもないし、親しい友人でもない。 きっと、壮太さんから見れば、俺なんて道端に転がる石ころのようなもの。 壮太さんにとって何の価値もない。 俺はその度に、次こそは、とグッと拳を握る。 そんなある日のバックヤード。 品出し中の壮太さんを見つけると、俺は懲りずに近づいた。 「聞きましたか? 壮太さん。秋の新メニューなんですけど……」 俺が熱弁を奮っていると、壮太さんはムクっと立ち上がり俺の目の前に立ち塞がった。 そして、身体を屈める。 え!? 俺は驚いた。 目の前に壮太さんの顔。 そして、突然、俺の唇に壮太さんの唇が触れた。 何が起こっている!? 突然の事で頭の中はパニックを起こした。 何だこれ? もしかしてキス!? 壮太さんは、ゆっくりとした動きで体を起こす。 束ねた黒髪がふわっと揺れた。 綺麗だな……。 俺は、ぼぉっとした感覚の中で、何故かそんな事を思った。 「お前、ちょっとうるさいぞ。黙って仕事しろ」 壮太さんの声。低いトーンで心地いい……。 「聞いているのか? 次は犯すぞ」 夢心地の中、『犯すぞ』の言葉でハッとして覚めた。 俺は、直ぐに叫ぶ。 「は、はい。すみません! 気を付けます!」 壮太さんは、何事もなかったようにそのまま品出しの続きを始めた。 俺は、その様子を見ながら、自分がすっかり勃起してしまっていたことに気付いた。

ともだちにシェアしよう!