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遺書
人間から感情を奪ったら一体何が残るのだろう。時折そんなことを考えるようになって早三年ほどは経とうとしている。ということは当然、君と出会った日の僕もそんな思慮の真っ只中に居たということになる。君はこうして僕が君への想いを綴ることすら、もしかしたら嫌がるかもしれない。もう君からあんな目を向けられたくない。だから、君のせいで僕が死んだというわけではないってことは、とりあえず解ってて欲しいんだ。一種の自己防衛だよ。……未だ君が何を嫌がっていたか、僕には解らない。ごめんね。きっと察しがついていることと思うけど、これから相当な乱文になることが可能性として存在するから、もしよかったら時間が有り余っているときにでも読んで欲しいな。そう、まるで暇を持て余してなんとなくテレビの電源を入れるみたいに。
僕は君と確かに恋をしていた。その認識はきっと、君にもあったはずなんだ。僕たちは愛し合っていたよね。過去形なのが、どうしても悲しいというか悔しいというか、なんとも言えないもどかしい気分なんだけど。
君に恋をして、僕の感情は生まれて初めてあんなにめちゃくちゃに左右されたよ。僕の言葉で君が笑ってくれたら心臓が弾け飛びそうなほど嬉しかったし、逆に君が他の人間と仲良さそうにしてたら全身の血液がガソリンに変わって、嫉妬のライターで燃え盛った。そんな毎日を過ごしていたんだ。大好きだったからさ。
でも思い返して総括すれば、君を好きでいることは辛いことだった。恋って楽なもんじゃないんだね。何もしてなくても勝手に膨れ上がってく負の感情を、君の一挙手一投足の愛しさが浄化してくれてただけなんだ。だから僕たちは恋人同士で居られた。
だから僕は、もう感情なんか無くなってしまえばいいのにと、君と居て強く感じたんだ。無くなったらどうなるか、なんてことは何気なくずっと考え続けてきた人生単位での疑問だったけれど、もうそんなのどうでも良くなった。どうなるかなんて知らない、勝手にどうにでもなればいいじゃないか。
……でも。人間は感情から逃れられない宿命なんだよね。人間にしかない、人間独自の概念。それを人間である僕がかなぐり捨てようなんて考えたのが間違いだった。そもそもそんなことに思い至らなければ、相反する心に振り回されることさえなかったのに。辛かったよ。感情なんか要らない。だけどそれは出来ない。じゃあどうすればいい? 君のことを嫌いになればいいのか? いや、それだけは違う。僕は元から君のことが嫌いだったんだよ。愛情ゆえの嫌悪。愛憎と呼んでも良いだろう。むしろ、嫌いだったからこそこんなに情熱的な恋愛が出来たのだ。僕の趣味のひとつだった。君の粗探し。君の生き方の間違いを指摘して、それで君が僕の手によって、生き方を改めてくれるのがなにより心地よかったんだよね。ーーこんなこと普段の君に言えるわけないけど、もうどうせ僕らは今後一切会うことはないのだから、せっかくだし言わせてね。負け惜しみとも断末魔とも、君の都合の良いように受け取るが良いさ。
そう、君は高潔だった。大衆に流されない精神力。揺るがない自我。一貫した信念。それらが君を君たらしめていたよね。だからこそ、そんな君だったからこそ、君の生き方に堂々と干渉できる自分もまた、高潔な存在なのだと思っていた。君を変えられるのは僕だけだ。そう思うと僕にそこまで心を許してくれている君が愛おしくなって、大好きになった。
本当に僕は、君を愛していたんだ。だけど君は僕にはっきりと嫌悪を示した。君は僕の愛情ゆえの行動を、嫌悪の対象にした。君のせいじゃない。君だって泣いていたから、きっと傷ついていたんだろう。君は嘘泣きできるような子じゃない。そう僕は解釈して、君を責めないよ。
だけど僕も君と同じ人間さ。君が僕の人間性をどう解釈していたのかは、僕からは解りかねるけれど、ぼくだって君と同じ感情ある生物なんだ。
そう、僕にも君にも感情があった。こうして僕らが最悪の関係になってしまったのは、感情のせいだよ。
やっぱりさあ。感情なんかない方がいいと思わないか?
感情がこの世に存在しなければ、僕らは別れずに済んだのに。いや……そもそも出会わずに済んだ。僕ら、出会わない方がお互いのためだったね。そうしたら健全な人生を平穏に過ごせたはずだ。そう。君と出会わなければ、こんなに苦しくなって、死を選ぶこともなかった。
いや、そうは言ってもこれだけは何度も言わせてほしい。君のせいじゃないんだ。僕が悪いんだよ。君を傷つけた理由が解らなかった。どんな言葉が、どんな行為が君を傷つけるのか、それを考えることすらしなかった。まあ、考えたところで結局何一つ思い当たる節がなかったんだけれど、それは僕の鈍感さゆえに招いたことだ。
さて、文章が想定外に長くなってしまったから、ここら辺で区切るとするよ。こうして文章に書き起こしてみると、君への想いが溢れて止まない。やはりなんだかんだ言っても、君を好きなことに変わりはないんだ。これが僕の中に生まれた最後の感情だ。大好きだ。
じゃあね。またどこかで。
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