1 / 1

第1話

「ユウは、何もしないで良いから…!入れるのも、俺が出来るだけ一人でするから…っ」 そんな緊張でガチガチの状態で言われても、はい、お任せします。とマグロになっているわけにはいかない。 しかし、かくいう俺も、心臓の動悸がやばいくらいに早い。仕方がない。こんなことになるなんて、夢にも思っていなかったのだから。 ――幼馴染(男)と、子作りすることになるなど。 俺、久我悠司には、幼馴染がいる。 切れあがった目と無愛想に見える顔の作りのせいで、初対面の相手に必ず毎度「なにか怒ってる…?」と恐れられてしまう俺とは対照的に、くるくる変わる明るい表情に、パッチリとした大きな目で、大人になった今でも高校生に間違われる童顔の朝比奈春。 外見だけでなく、中身も正反対のタイプでありながら、なんだかんだでコイツの隣は居心地がよくて、ガキの頃から学生時代を思い出せば、いつもハルが隣にいた。 そんな幼馴染が、大事な話があるとのことで、久しぶりに俺の家に訪ねてくるやいなや、真剣な顔でとんでもないことを言い出した。 「俺と、子作りしてほしい」 …今、よく意味のわからないことを聞いた気がするが、なにかの気のせいだろう、きっと。 昨日仕事で徹夜したせいで、幻聴でも聞こえたんだろうか。26才はまだまだ若いと思ってたけど、もう無理は禁物な年頃に入ったんだな、うん。 「…悪い。よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれるか?」 「だから、俺とユウで子作りして、ユウの子供を生みたいんだ」 突っ込み所だらけの発言だが、とりあえず根本的な所が間違っている。 ふわふわした外見や中身とは裏腹にハルは頭が良くて、大手製薬会社の研究職に就いたが、やっぱりバカだったのかもしれない。 「あのな、ハル。男同士では子供はできないし、男は子供は生めない。以上」 「そうじゃなくて…!俺、男と子作りして子供産まないと、死ぬ病気になっちゃったんだよ…!」 「は……?」 ――ハルの話はこうだった。 同性婚の声が高まり、ハルの働いてる研究所では、同性同士でも子を授かることができるようになる薬の研究を行い、ある薬が作られた。 女性であれば男性ホルモンを、男性であれば女性ホルモンを発生させ、人の体細胞組織や外見等には影響を与えないようにするもの…のまだ未完成版のもの。未完成ゆえに、その薬を飲んでしまった者は、本来の性とは別のホルモンが体の中で異常発生し、体に危険が及んでしまう。 「…つーか、なんでお前はそんな薬を飲んだんだ?」 「…実は、その…職場の先輩に、襲われて…」 「はぁ…!?襲われたって…そういや前、やけにベタベタ触ってくる先輩が居るとか言ってたけど、まさかそいつか…!?」 「…一緒に残業してたら、俺の子供を生んでくれって…俺の口に薬押しつけてきて…でも、俺の叫び声聞いた警備員さんが助けにきてくれて、女の子じゃないんだし、大丈夫だよ。…それで、その薬のせいで俺の体の中に発生した女性ホルモンを落ち着かせるには、子供を妊娠して、それを消費させるしかないんだけど…やっぱりこんな話し信じられない…?」 「いや…お前がわざわざこんな嘘つく必要なんてないから、信じたいと思ってはいる…けど」 ハルの働いてる製薬会社は、海外にも支社があるかなりの大企業で、そんな夢物語のような開発を行っていてもおかしくはない。でも、男が子供を生むなんて、あまりに非現実的な出来事すぎて、実感が湧いてこない。 「…じゃあ、これ見たら信じてくれる?」 ハルがシャツをめくり、胸のあたりに手を当てる。いきなり何をしてるんだと思っていると、目の前に光景に俺は思わず目を丸くした。 「…んっ…」 ハルの乳首から、とろりと乳白色の液体が零れ、肌を伝っていく。例えるならばそれは、母親が赤子に与えるものにとてもよく似ていた。 「…さっき、俺の体の中で女性ホルモンが異常発生してるって言ったけど、これはその影響の一つ。母体で作られる母乳に近いものが、俺の体の中で今作られてて、このままだと、異常発生したホルモンが俺の中で暴れて、命が危ないって医者に言われた」 ハルが死ぬ。一瞬そのことを考えただけで、体の熱が消えて、さぁっと冷えていく。 「でも…お前は、本当にそれで良いのか?男なのに…俺に抱かれて、子供を生むって…」 「…俺だって、すごい悩んだよ。でも、男とセックスして、子供を生むしか治療法が他にはないんだったら…俺は、ユウが良い。ユウ以外の人なんて、嫌なんだ」 ぎゅっと唇を噛んで、ハルが俯く。 俺の頭の中に、知らない男に抱かれて女のように乱れるハルの姿が思い浮かぶ。 どうしてなのか分からないが、その光景を想像すると、胸の中がざわざわして、落ち着かない。でも、じゃあ。俺が、ハルを抱く?幼馴染で、男のコイツを? 「っ…ごめんね。変なこと言って。やっぱり、別の方法でなんとかならないか探してみ――」 「分かった。…お前を治すために、協力する」 気づけば、俺は。立ち上がろうとしたハルの手を掴み、そんな言葉を口にしていた。 ぱさりと音を立てながら、脱いだ服を床の上へ落としていく。 「…なんか、ユウとは子供の頃何度も一緒に風呂だって入ったのに…今になって裸見せるのって、すごい恥ずかしいね…」 「…っ……」 俺は、ハルの言葉になにも返せなかった。 今から、目の前の男とセックスする。そう思うだけで、見慣れていたはずの幼馴染の体に、こんなにも興奮するものなのかと。 「………」 大人になってからハルの裸を見るのは、初めてだった。男にしては小柄で、薄い筋肉に、あまり日焼けのしていない白い肌。 「…男でも、胸って感じるのか?」 「…え、あっ…ユウ…っ」 「…んっ……」 ちゅうと胸に吸いつき、とろりと胸からこぼれてくるそれを口に含むと、ほのかに甘い味がした。 「やだっ…や、ユウ…」 ハルの言葉を無視して、何度もそこに吸いつく。男ならば出てくるはずのない白濁が乳首から零れハルの肌を汚していくのを見て、自分の下半身に熱が集まっていくのを感じた。 「…俺、胸フェチだったのかもな…」 「…え…?なに…って、ひっ…ぁ!」 ベッドサイドに置いてあるハンドクリームの容器の中身を手に取り、ハルの下肢の中心部に指をはわす。 「…ユ、ユウっ…!」 「なんだよ?…男同士って、ここ使ってすんだろ?」 「…っ、そうだけど、ユウは、そんなことしないで良いよ…俺が、自分で…ひゃっ」 「こんな状態になってて、できるわけねーだろ。…いいから、俺に任せとけよ」 先端から液を零しドロドロになっているハルの性器をピンと指で弾くと、ハルは声をあげびくびくと全身を震わせる。 最初は指1本でもキツかった中を、時間をかけてゆっくりとほぐし、とろとろになった後孔から指を引き抜き、熱を持った自身を少しずつ中に埋めていく。 「…ユウ、全部、入った…?」 「っ…悪い、痛いよな」 「ううん…大丈夫。そっかぁ…全部、入ったんだ…」 男同士で初めてセックスをして、俺のモノを受け入れているハルには、きっとかなりの負担がかかっているだろう。痛みだってあるだろうに、ハルは嬉しそうにふにゃりと笑って、俺の背に手をまわしてきた。 「ね…ユウ、動いて。俺の中に、ユウの精液、いっぱい出して」 「…っ、お前なぁ…」 そんなAVみたいな台詞を男の幼馴染に言われる日がくるなんて、想像もしていなかった。ハルの腰を掴み、中に入れたモノを少しずつ動かしていく。 「…あっ、やっ…ユウ、ユウ…!」 ぐちゅぐちゅと濡れた音を立てながら、小さな抜き差しを繰り返せば、最初は痛そうだったハルの声が、快感に濡れた甘い音色になっていく。 「…っ、ぁ、嘘みたい…本当に、ユウが、俺で俺の中に…入ってる…」 ギシギシと軋むベッドの音と、ハルの喘ぎ声、そして肌と肌がぶつかりあう音だけが響く。暴れる熱の限界を感じて、ひと際強く腰を打ち付け、ハルの中に欲望を放つ。 「…っ、ぅ……!」 「あ…っ、あぁ…ユウ、ユウっ…!」 ぎゅっとハルが俺の体にしがみ付いて、同じく精を放つ。 行為のあと、ハルに聞きたいことがあったのに。徹夜明けの体にセックスは、さすがにキツかったようで。 軽く後始末をして、ハルが俺の隣で寝てることを確かめて、目を閉じたら。 ――ハルは、俺の前から姿を消した。 「…ここか」 手の中の地図と、目の前の建物を見比べて呟く。 男性の妊娠を扱う病院とは、一体どんな所なのかと思ったが、こじんまりとして、どこか暖かみのある建物だった。 そして、目の前の病院から出てきた目的の人物を見つけて、駆け寄った。 「ユ、ユウ…!?なんでここに…?」 「お前の携帯は解約されてるし、職場は休職中で住んでた所に行ってもいないから、お前の親に教えてもらった」 「そんな…!?俺、ユウにだけは絶対教えないでって言ったのに…!」 「あぁ、いくら頼んでも教えてくんなかったよ。だから、言った」 「言ったって…なにを?」 「ハルを孕ませました。一生かけて責任とって大事にするので、ハルの場所を教えて下さいって」 「な、なんでそんなこと言ったの…!?ユウには、これ以上迷惑かけたくないから、会わないようにしようと思って…!」 「バカ。迷惑かどうかは俺が決める。…それにな、お前…。俺に言わなきゃいけないことあるだろ」 ハルが目を見開き、顔を強張らせる。少しの沈黙が流れて、くしゃりと笑う。まるで、今にも泣き出しそうなのを誤魔化す子供のように。 「そっかぁ…やっぱり、バレちゃったよね」 行為の最中に俺を見つめてくる熱い瞳に、俺の名を呼ぶ甘い音色。それらを感じて、なにも知らないままでいられるほど俺は鈍感ではない。 「…男同士だし、ユウは普通に女の子が好きだから、言うつもりなんか無かったんだ。…今回の件は、俺もどうしようって最初はすごい悩んだけど…思ったんだ。このことを理由にすれば、ユウは…きっと断らない。ユウに抱いてもらえるって」 最低だよね、俺、と消え入りそうな声で呟いた言葉が俺の耳に届いた。 「お腹の子は、俺が責任持って大切に育てるよ。男の俺から生まれたなんてことで、絶対に不幸になんかさせない。だから、ユウは安心して帰って大丈夫…って!ったー!」 勝手にシリアスモードになり、シングルファザーだかマザーだかになる決意を固めている馬鹿な幼馴染のおでこに、渾身のデコピンをお見舞いしてやる。 「あのな、お前に会いに来たのは、そんなこと言わせるためじゃない」 「え…?」 「そりゃあの時は、俺もかなり混乱してたよ。でもな、だからって…何とも思ってない相手に勃たないし、ましてや…男相手にできるはずないだろ」 俺だって、ハルに会いにくるまで色々考えた。もし、他の男の友人らに頼まれたら、抱けるか。想像して軽く背筋が凍るレベルで否だった。そして、女性の友人らに、子作りをしたいからと頼まれて抱けるか。それも――否だった。 「…お前のこと、初めて可愛いって思ったよ。俺に抱かれて、痛いくせに嬉しそうに笑うお前がさ。そんで、気づいた。俺は、ハルのことが好きなんだって」 気づいてしまえば、それはとても簡単なことだった。 「…頼むから、好きな奴に生ませたガキの子育て一人でさせるなんてかっこ悪いこと、俺にさせるなよ」 「だ、だって…」 「なんだよ?」 「…男同士で、周りから嫌な思いとか…きっとたくさんさせちゃうよ…」 「そんなの全部覚悟済みに決まってんだろ、バカ」 「で、でも…ユウの両親は…?ユウが、俺なんかとこんなことになったって知ったら、きっと…!」 「お袋も親父も、昔っからハルちゃんハルちゃんで、むしろ孫が生まれたらハルちゃんの孫大好きじじばばになって長生きすんじゃねーの。んで、俺のプロポーズにまだ何か反論はあるか、ハル」 大きな瞳に涙をためて、ハルが俺を見上げる。 「…ユウ…」 「ん?」 「…俺、いいの…?」 ぽろりと、ハルの目から涙がこぼれ出る。ひくりと、まるで子供のようにしゃくりあげながら、ハルは言葉を続ける。 「…っ、ユウのこと…もう、好きって言って、いいの…?」 あぁ、と微笑みながら返事をして、ハルの体を抱きしめる。 男の幼馴染に子作りを頼まれて。すったもんだの末にプロポーズまですることになるなんて、予想外の出来事だったけど。まぁ、それなりに。今この瞬間。そして、きっとこの先も、幸せだろうから、良しとしよう。そう思って、俺は、ハルの唇にそっとキスをした。

ともだちにシェアしよう!