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●つがい。

 服を着込み立ち上がり、ふと何か違和感を覚えて知玄は振り返った。ベッドの上では兄が寝そべったまま煙草に火を点けようとしているところで、目が合うと兄は「ん?」と片眉を上げた。  あぁ、そうか。不満そうじゃないのか。  男同士だからなのか何なのか、し終わったらさっさと使用済みゴムをティッシュに包んでゴミ箱に放り込み、互いの身体を拭い合って、さくっと離脱してしまった。相手が女子だったら、たちまち機嫌を悪くされるところだ。 「お兄さん」 「何?」  おくればせながら、知玄はベッドに戻り兄の側に横になり、兄の肩を抱き寄せた。 「何だよ。俺、煙草吸いたいんだけど」 「アフターケアです。しないとダメなやつでしょ?」  兄はぶはっと煙を吐き、知玄の腕の中で肩を震わせる。 「俺は家電か何かか」 「し終わったらちゃんと労ってあげないと、僕フラれちゃうんで」 「じゃあ俺もお前にフラれんのか?」 「大丈夫です、僕はフリませんから」 「マジかよ。ならいいけど、とりあえず火を消させてくれ」  抱きかかえた兄の肌はすっかり冷えてしまっている。触感の良い茶色の毛布を引き上げ、自分と兄をまとめて包み込む。毛布と知玄の熱で兄の肌は徐々に温まっていく。  まるで溶け出したように桜の香りが匂い立つ。兄の匂いだ。嗅いでいると不思議と心が落ち着いてくるのは、子供時代、迷子になったり上級生からいじめられりした帰りなんかに、兄に背負われながら泣きじゃくった、そういう時に知玄を包んだ匂いだからかもしれない。 「お兄さん」  兄の首筋の痣に口付け、丹念に舐める。兄は身体を弛緩させて、それを大人しく受け入れている。ふぁ、と兄はあくびをした。 「やべぇ、このまま寝ちゃいそ」  さっきまで冷えきっていた兄の身体はぽかぽかとあたたまって、その温もりは知玄の眠気も誘う。  それでも痣への愛撫をやめないまま、知玄は「そりゃ、疲れただろうなぁ」と思う。兄はつい先ほどまで、知玄の身体の下に組み敷かれてがんばっていたのだ。顔から耳まで真っ赤に染めて、声を上げないように、快楽に呑まれないように歯を食いしばって、耐えて。溺れかけていた人がやっと陸に上がった時みたいに、荒い呼吸をして。全て知玄の為だ。だから知玄は疲れている兄の側に寄り添って労らなけれなならない。  首に咬みついて目茶苦茶に犯すことが獣の欲望なら、こうしてまぐわった後に寄り添って慰撫をするのも、獣の欲望だなぁ、などと幸せ過ぎてよく回らない頭で考える。 「明日から、祭りの準備だからさぁ」  兄は眠たそうな声色で言う。 「当分、構ってやれないなと思って……お前は、俺の番なんだし……」  番かぁ。動物っぽくて、今の僕達にはぴったりの言葉じゃないか。微睡みながらそんな風に思い、やがて自室に戻るのを忘れて眠りこけてしまう。

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