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●深酒と危険な香り。

『天体観測会中止のお知らせ』  天文サークルの一斉送信メールに起こされた朝、カーテンを開ければ外はしんしんと雪が降り積もっていた。それでも当然ながら、兄の元カノの結婚式は、中止にはならない。   「はぁ……」  知玄(とものり)は兄の脱ぎ散らかした服をかき集め、畳み始めた。もしも天体観測会が中止でなかったら、兄は朝まで外に放置されていただろう。  もうすぐ日付が変わる。三十分ほど前に、兄は帰宅した。一人で立てないほど泥酔した兄の姿には知玄もびっくりしたが、兄の仲間達もかなり困惑した様子で、 「悪ぃ、調子に乗って呑ませ過ぎた」  と一言謝ると、兄と兄のコートを知玄に押し付け、逃げるように去っていった。  二階に上げる前にトイレに連れていき、胃の中のものを全て吐かせた。それでも部屋中に、強烈な酒気が充満する。  兄が苦しげに呻くので、知玄は腰を上げた。兄は掛け布団をすっかり蹴飛ばしていた。裸同然の格好で何も掛けずに寝ては、風邪を引いてしまう。寝ている間に具合が悪くなっても苦しくないよう、体位を整えてやり、布団をかけ直す。と、兄の手が知玄の手首を掴んだ。 「何、逃げてんだよ」  知玄はふるふると首を横に振った。 「逃げてません」  嘘を吐く。本当なら、今すぐこの部屋から出た方がいい。室内に充満しているのは酒気だけではない。夕焼け色の桜の匂い、知玄を狂わせた兄の匂いが、眩暈がするほどに香っている。  けれども、泥酔者を独りにしておくのは危険だという思いと、早く逃げないとそれはそれで危険だという思いが、交錯する。  何が危険なんだろう? 後で兄に怒られるから、などという浅い理由ではない。身体の奥底から、本能が警告してくる。  強く手を引かれ、兄の上に倒れ込んだ。日常的に自身の体重よりも重い物を持ち運びする兄に、腕力ではかなわない。ましてや今は、酒のせいで理性の(たが)が外れてしまっている。たちまちベッドに転がされる。足が壁に当たり、鈍い音がした。 「わ、お兄さ……っ」  抗議しようとした口を、兄の唇が荒々しく塞ぐ。その間にも、兄の手は知玄の身体をまさぐっている。知玄の意に反して、身体は昂ってしまう。ちゅ、ちゅ、と湿った音が鼓膜を打つごとに下半身に身体中の血が集まり、痛いほどだ。兄の手が知玄の服の中に侵入してそれを見つけ、引っ張り出した。乱暴に数回扱き、導こうとする。腰に回された腕が知玄を強く抱き寄せる。 「ダメ、ダメです、お兄さんやめて!」  先端が熱い肉の中に埋まり、すぐに根本まで覆い尽くされる。 「嫌だこんなの! お兄さんだって、こういうの好きじゃないでしょう!?」  早く動けとばかりに兄は腰を突き上げ、駄々っ子のように喚く。 「お前、俺に胸貸してくれるって、言ったじゃん」 『いや、俺こんなことで泣かねぇし』  そうお兄さんは言った! 思い出した途端、視界が涙に歪み、知玄は嗚咽を上げた。

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