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魔王は隻眼の花嫁に安堵する
グィーノはまだ年若い魔王であった。
なので、魔王ならばいて当然の花嫁もまだ持っていない。
そのことで家臣からも軽んじられるのが気にくわない。
(早く花嫁を攫ってこねば)
そうは思うが、なかなか気に入る娘がいないのだ。
前魔王の花嫁は大層美しくいい女であった。
だがグィーノが前王を殺して魔王になった途端、あろうことか自決したのだ。
今度はグィーノの花嫁にしてやろうと思っていたのにだ。
(あれは惜しいことをした)
手に入らなかったモノは、日を重ねるごとに美化されていく。
そんな事だからグィーノの花嫁への理想はエーデル山脈の頂上のごとく高くなる一方だった。
(俺は魔王になって、なんでも手に入るのにーー欲しいものがないなんてお笑いぐさだ)
ふてくされた気分で窓の外を見やると、城の目先にある湖の畔に人間が一人佇んでいた。
人間は下を向いて何やらじっと湖を覗いている。
上から見ると銀色の髪に満月の光が照らされて、まるで今夜は月が二つあるかのように見えた。
グィーノはなんとなく興味を惹かれ、窓から湖へと跳躍した。
「人間、何を見ている」
声をかけ振り返った姿に、グィーノは思わず息を呑んだ。
空にある月をそのまま映しこんだような白く輝く銀色の髪が、肩まで伸びサラサラと星の雫のような音を立てている。
冬の凍りが張った湖のように深く澄んだ碧い瞳。モニュの花びらを挟み込んだかのような小ぶりで形の良い唇。ほっそりした頬は寒さのせいかほんのりと赤みがさし、あどけなさの中に色気がある。だがーー。
「まだ子供ではないか」
グィーノの好みから言えばだいぶ年齢が外れる。しかしその子供は大層美しく、もう少し年齢がいけば、さぞ男女問わず惑わされるだろうという風情があった。
「おい、子供。なぜこのような夜更けにこんな場所にいる」
「はいーー家にいるのが嫌でこっそり抜け出して参りました」
子供は怯えるでもなく、しっかりとした口調で答えた。
「なぜ抜けだしてきた?」
「婚約させられたからです。今日その婚約者に会って参りました。けれども、私はその相手と結婚したくない。結婚は愛する人としてこそ幸せになれると、今は亡き母がおっしゃっていました」
(愛だと--随分とくだらん事を。本当に子供なのだな)
グィーノは子供の話に鼻白む。
だが同時に、この純粋な生き物を汚してやったらどんな心地がするだろうかという思いが頭をかすめた。
「私の家は下流とはいえ、貴族の家系ですので婚約は絶対でございます。意に染まぬ悲しみを、この湖に少しでも移し込めればと思いやってきました」
「なるほどのーーそれで、悲しみは湖に移せたのか?」
「いいえ、魔王様。寧ろ湖を見つめれば見つめるほど、悲しみは深く沈み込む一方でございます」
子供は悔しそうに唇をかみしめた。初めて子供らしい表情を浮かべたが、それがまた整った美貌とアンバランスで子供の魅力を引き立たせる。
「なぜ俺が魔王だと知っている?」
「勿論分かります。すぐそこには魔王城。貴方様は立派な体躯に、トガリ牛よりも勇ましい角、キラタイガーのような鋭い牙、燃える炎のような鬣に、殺された人間の血液を固めたような赤い瞳。どれをとっても魔王そのものでございます。湖まで散歩に来た時、貴方様のご尊顔は何度か拝見したことがございました。ああ、魔王様、私を殺すならどうぞ殺してください……」
そう言って涙を浮かべながらじっと見つめてくる子供は、別の意味で殺したくなるほど美しい。
(特に瞳が気に入った)
深い碧の瞳は、清廉な輝きを放ちつつも、熱に浮かされたような底知れない深みと幽玄を感じさせる。
魔王城が目先にある湖を散歩するような風変わりさも、神秘的と言えなくもない。
(気にいる花嫁がいないなら育てれば良いのだ)
グィーノは既に子供であることの問題は殆ど感じていなかった。
「おい子供、名を何と言う?」
「ルーチェでございます」
「よし、ルーチェ。気に入った。お前を俺の花嫁にしてやろう」
「え……」
「殺すならいつでも出来る。その魂、おれに差し出せ」
「魔王様、もしや何か勘違いをされているのでは?私は男でございます」
「それが、何だ?俺は魔王だぞ。何も問題ない」
そう言うが早いかグィーノはルーチェをその場に押し倒すと、下履きを破き、白い下半身をむき出しにする。ルーチェが小さく悲鳴を上げた。季節はもうすぐ冬になる。凍てつくような地面の冷気が臀部と太ももに突き刺さるのだろう。白い肌に仄かに赤みが増す。
「何を!」
「お前に、俺の花嫁だという証をやろう」
そう言ってルーチェの下腹部に手をかざすと、ルーチェは悶え苦しんだ。
「ああっ熱ッ!」
見ると、心臓のレリーフ型の焼きごてのようなものが女性なら子宮があるであろう場所に施された。
「こ、これは……」
「魔王の花嫁だけに付けられる淫紋(いんもん)だ」
そう言うとグィーノはルーチェの股を大きく開かせ、後ろの蕾に太くゴツゴツとした指をおもむろに突き入れる。
「ああっ!」
「この淫紋をつければ、男でも直ぐに交われるようになる」
グィーノは舌なめずりしながら乱暴な動きでルーチェの中をかき回す。ルーチェの中は何をしたわけでもないのに、何故かビチャビチャという水音がしてグィーノの指をしとどに濡らした。
ルーチェは自分の身体が何かおかしな事が起こっているのは分かったが、あまりのことに言葉もでないようだ。
苦痛と恐怖で顔をゆがませ、涙を滲ませていたルーチェだったが、グィーノが指で中のしこりを擦った途端に身体を大きく振るわせ蜜口から気を放った。
「あ、あぁん!あ、あ、も、申し訳ありませんっ!なんて粗相を……」
「ふん、精通はもうしているようだな。しかも感じやすい。淫紋のせいだけではない、本来のお前の性質のようだ。いい花嫁になるぞ」
グィーノは満足げにルーチェのもので濡れた指をベロリと舐めると、自分の凶悪な代物を取り出しルーチェの後ろにあてがった。
「あ…嘘…」
「お前自身もお前の穴も小さいが、なに、淫紋を施したので死ぬことは無い」
そう言うとグィーノは何のためらいも無く身体を前に進める。
「っあァァーーーーーーーー!!!!」
ルーチェは身も世もなく泣き叫んだ。
(壊れたらまた探せばいい。俺を恨んで殺そうとするなら、逆に殺せばいい)
子供の身体は思ったよりも柔らかく酷く具合が良かった。止め処なくこぼれ落ちるルーチェの涙は、やはり瞳の色合いと似て美しい。
早々に壊すには少し惜しいかもしれない、と思いながらも、その日グィーノは手加減することなくルーチェを抱き潰した。
※
その日からルーチェは魔王城に住まわすことにした。
ルーチェは予想に反して大人しく、特に反意を示す様子もない。
グィーノが求めれば大人しく抱かれ、放っておいても騒ぐでも無く城の自室でじっとしている。
城の自室には大きな窓があり、ルーチェはそこに寄りかかりながら外を眺めるのが好きなようだ。窓から差し込んだ月を浴び過ごすルーチェは日々美しく成長していく。
グィーノはこの美しく従順な花嫁が大層気に入り、何をするにも連れて歩くようになった。
特に月夜の晩に、湖の畔に連れて行くのを殊の外好んだ。
「んっ、っはあぁ!んああん!っーー!」
短夜の月光を一身に浴びながら、全身を白く耀かせルーチェがグィーノの上で背中を大きく逸らす。
「フッ……」
月に香りがあるなら、ルーチェの纏うそれだろう。甘やかな芳香を飛ばしながら気をやるルーチェを見て、グィーノは満足そうに笑った。
「んっ……ハァッ……どうかされたのですか?」
ルーチェが呼吸を整えながらグィーノを伺う。
その肢体は出会った時よりもしなやかに伸び、感じ過ぎて潤んだ瞳には奮い立つような色香がある。大きな手で白い身体を撫でながらグィーノは満足そうな溜息をついた。
「お前の身体もなかなか熟してきたな。そろそろ身ごもる事も可能かもしれん」
「身ごもる?私が?」
「そうだ。俺の花嫁だと言っただろうが。花嫁は子を身ごもるものだ。魔王の花嫁からは父親そっくりの子が産まれてくる。お前の身体から俺そっくりの魔族が産まれてくるのだぞ。どれ、恐ろしいか?」
「……分かりません」
「なんだ、つまらん。お前が泣いたのは、初めて抱いた時くらいだな」
「……泣いた方がよろしいでしょうか?」
「ふん!別にどちらでも良いわ。ただ、お前の涙はーー」
美しかった、と言いかけた。
だが、それを言うのもなんだかおかしい気がした。
魔王が人間ごときになにをーー。
「ーー魔王様?んっ……」
グィーノは誤魔化すために、再度ルーチェの身体にのしかかると、空が白むまで夢中になって花嫁の身体を貪った。
※※※
「……ん、魔王様?」
その日ルーチェは明け方目を覚ました。
普段なら目を覚ましても魔王がルーチェを抱えて動けないほどなのに、今は温もりを一切感じない。
(随分前に床を離れられたようだ)
ルーチェは昨夜も存分に愛された重い身体を引きずるように寝台を離れる。
最近勇者と名乗る若者が近隣に出没し、配下を次々と倒されて魔王は機嫌が悪い。
自然、ルーチェとの床も激しいものになることが多かった。
ふと外から僅かな金属音が聞こえた気がして、ルーチェは窓の外を見やる。
すると、湖のほとりで魔王と人間の若者が争っているではないか。
ルーチェは慌てて外へと向かう。配下達は怯えて身を隠しているようで、城の中は静まりかえっている。
「魔王様!」
ルーチェが畔につくと、魔王は満身創痍で若者を睨み上げていた。
若者はと言うと傷一つ見当たらず、一尺もあるような大きな剣を軽々と振り上げている。
あれが噂の勇者なのだろうと確信しながら、ルーチェは二人の元に駆け寄る。
「魔王様!!」
勇者は今まさに魔王に大きな剣を振り下ろそうとしている。魔王は大きな怪我を負っているのか動けないようだ。
「いけない!!」
ズサン!!!!
衝撃と熱がルーチェの右目に走った。
のたうち回りたいほどの痛みだったが、ルーチェは魔王と勇者の間で仁王立ちしたまま、残った左眼で真っ直ぐに勇者を睨み付ける。
「君は!?何故!?」
勇者はルーチェの登場に動揺しているようだった。
「私は魔王の花嫁。ですが元は人間です。あなたは勇者なのに、無抵抗の人間を殺めるおつもりか?」
関係ないとルーチェごと斬られる可能性は否めなかった。だが、勇者は暫しの躊躇の後、そっとその場を去って行った。
(助かったーー)
途端に痛みが怒濤のように押し寄せる。目の前が真っ暗になり、ルーチェはそのまま意識を失った。
目覚めると、自室の寝台で寝かされていた。右目はまだ痛んだが出血は止まっているようだ。
「まだ動かないほうがよい。医術に優れた者に見せたが、そなたの傷までは治せなかった」
寝台の横で、魔王が背中を丸めて立っていた。傷はすっかりいいようだ。元々魔族と人間では快復力が違う。
「その、悪かったなーー」
魔王はそれだけボソリと言うと、ルーチェの部屋を去って行った。
※
それから暫くして、ルーチェの身体はすっかり回復したが、右目を抉った大きな傷跡はそのまま残った。
左目は問題なく見えるのでルーチェは不便を感じなかったが、魔王の訪れはさっぱり無くなった。
城の廊下を歩いていると、配下がヒソヒソとこちらを見ながら噂しているのが聞こえてくる。
「魔王様は最近新しい花嫁探しに忙しそうだな」
「前のが傷物になったからな」
「見たか?あの醜い傷を。あれでは魔王様も立つものも立たんだろう」
「美しい顔をしていたのに勿体ない。アソコの具合は変わらぬだろうに」
「お前アレに立つのか?好きものめ」
下卑た笑いが耳をつく。
ルーチェはたまらず、湖の畔で過ごす事が多くなった。
※
ある日、いつも通りにルーチェが湖の畔で過ごしていると、いつだったかルーチェの右目を傷つけた勇者がいつの間にか後ろに佇んでいた。
「っ!」
「待ってください!」
咄嗟に逃げようとしたルーチェの腕を掴むと、反対の手でそっと傷跡を撫ぜてきた。
「もう、痛みませんか?」
「……」
「申し訳ありませんでした。本意ではなかったといえ、あなたの顔にこのような傷をーーあれからずっと気になって、何度かここに通っていると貴方が寂しそうに湖を見つめている姿に遭遇してーー。ここで何度もあなたを遠くから見守っていたんです」
「……」
「率直に言います。私は貴方をお慕い申しています」
驚いてルーチェは思わず勇者の顔を見た。勇者は澄んだ焦げ茶色の瞳で真っ直ぐとルーチェを見つめてくる。
その瞳には偽りを感じない。
突然の事にルーチェは戸惑った。
「な、なぜ?」
「美しく、月のような姿も素晴らしいが、何よりその凜とした瞳が、私の胸に突き刺さりました」
「ーーもう片眼しかありません」
「いいえ。貴方は今も凜とした両瞳で私を見ています。傷など表面上のものに過ぎない」
「……」
「どうか私のものになって下さい。魔王の花嫁など貴方には似合わない」
勇者は紳士的にルーチェに愛を語る。この愛を素直に受け取れたら、ルーチェは心穏やかに過ごす事が出来るだろうな、と思った。
「……条件があります」
「如何様にでも」
「私があなたのものになったら、魔王様を退治しようとするのを諦めてください」
「それはっ……!」
勇者は息を呑んだ。
当然だろう。勇者が魔王を倒すのは世の道理。更に今ルーチェは勇者に心まで渡すつもりはないと言ったも同然だった。
だが、勇者は一瞬躊躇いを見せたものの、直ぐに平常を取り戻した。そして予想に反してきっぱりと言い切ったのだ。
「それで貴方が手に入るなら」
そのまま勇者は一人住まいの自宅にルーチェを連れ帰った。
穏やかで紳士的だった勇者だが、風呂に入る為服を脱いだルーチェの下腹部を見ると顔つきが変わった。
「それは……」
「これですか?魔王の花嫁という証なのだそうです。初めて魔王様とお会いした時に付けて頂きました。ーーこんな私は、抱けませんか?」
下腹部の淫紋を細い指でなぞりながら、勇者に意味ありげな視線を送った。勇者がルーチェの指の先を食い入るように見ているのが分かる。
凜とした瞳ーーなど、ルーチェにはもう存在しない。勇者の妄想で形取られた恋の魔法など、すぐに溶けて無くなってしまうだろう。
自分にあるのは、淫紋が施された【酷く具合がいいらしい】肉体のみだ。
ルーチェの望みの為には、この男を自分に夢中にさせておく必要があった。
ーー例え、抱かれる事が本意でなくても。
男が勇者とも思えぬ怖い顔をしながら、吸い寄せられるように淫紋の前に膝を突く。
徐おもむろにそこを吸われ、ルーチェは短い嬌声を上げた。勇者はかまわず淫紋をそうすれば消えるかのように飽きずに吸い、時に噛み痕をつけてくる。
ルーチェはその度に甘い声を上げながら身体をくねらせる。そして思わずと言った風に膝をつき、そのまま尻餅をついた。
さり気なく脚を開いた中は、勇者から丁度見えるはずだ。男ではありえない筈の場所がしとどに濡れているのをーー。
ごくりと喉が鳴る音が部屋に響く。
「貴方の身体はーー、どうなって……」
「ーー確かめて。この身体は、貴方のものだ」
そう言いながらも淫紋に手をやり、ルーチェに施された他の男の存在を見せつける。嫉妬心を煽り、劣情をこの身体にぶつけさせるために。勇者の瞳が鈍く光った。
その日、勇者はルーチェの身体を余すことなく貪った。その姿は勇者というより野獣のようだと冷めた頭でルーチェは思う。けれども男に慣らされた身体は簡単に燃え上がり、男の精を欲して止まない。
ーーそうして、ルーチェは勇者の子を身ごもった。
※※※
グィーノは苛立っていた。
いつまでたっても、新しい花嫁が決まらない。
美しいと評判の娘がいると聞いて北の果てまで行ってみれば、ルーチェの爪先にも及ばない。
少年なら、と思い南の果てから配下に連れてこさせても、凡庸で取るに足らない者しかいない。
充分美しい、何が気に入らないのかと家臣は騒ぐが、グィーノに言わせれば何もかも気にくわないのだ。
そんな中、更にグィーノを苛つかせる知らせを配下が持ってきた。
なんでも、湖の畔にルーチェと勇者の子供と思われる赤ん坊が出没するのだという。
「なんだと!?」
思わず、知らせを伝えに来た配下を燃やし殺してしまうほど、怒りに震えた。
グィーノはルーチェがどこに居て、何をしているのか全く把握していなかった。あえて知らないようにしていたのだ。
あの痛ましい傷を、もう二度と目に入れたくない。
ただ、何となく、ルーチェはずっとあの自室の窓に寄りかかって月を眺めて過ごしていると、勝手にそう思い込んでいた。
グィーノは直ぐさま湖の畔に向かう。すると、そこには確かにルーチェが勇者そっくりの赤ん坊を抱き、楽しげに唄など歌いながら歩いているではないか。
「ルーチェ!!」
グィーノは怒りの咆吼をあげた。
「その子供は何事か!?」
ルーチェは驚くべくでもなく、涼しい顔でグィーノを見る。
「勇者と私の子供でございます」
「正気か貴様!?子供だと!?俺を裏切ったかルーチェ!!今すぐ、そんな赤ん坊など殺してくれる!!」
「いいえ、魔王様」
グィーノが頭から鷲掴みしようとした赤ん坊を、ルーチェはぎゅっと抱きしめる。
「この子供がいる限り、魔王様が勇者に倒されることはございません」
「ーー……どういう事だ?」
怒りで頭が沸きそうだったが、ルーチェの答えが気になった。ルーチェは赤ん坊に頬ずりをしながら歌うように言った。
「魔王様、もう一度私を花嫁にして下さい。そして、この子と共に私をお側に置いてくださいませ。貴方の背中はこの子が、貴方の胸は私が守れば、流石に勇者も手が出ないでしょう?」
グィーノは唖然としてルーチェを見た。
「なぜ……」
絞り出すように呟いた言葉に、ルーチェが不思議そうに首を傾げる。
「なぜ?あの満月の晩、私を花嫁にしてくださった時、私は私の喜びを知りました。幼き頃、湖の畔で遠くから見た貴方を一目見た時からお慕いしていたのです。貴方のお側にいられないなら殺して欲しいと思っていた。ですが、魔王様は私を花嫁にしてくださった。私は貴方の花嫁でしょう?貴方の為なら、勇者にこの身を任せることも厭いません」
「お前は……この子供が死んでもいいのか?」
「勿論かまいません。もし、この子が死んだなら、また私が勇者の子供を産めばいいのです。その子供も死んだら、またもう一人。貴方の盾は私が作りましょう。それが、魔王の花嫁というものでしょう?」
愛おしそうに子供に頬ずりするその口で、子供を殺す話をする。
自分こそ魔王のような顔をして、子供をやわらかく抱きしめる。
いつだったか、前王が死んだ途端に自決した先の花嫁を思い出した。
そう言えば、あの女もこんな目をしていた。
それを、グィーノは美しいと思ったのだ。こんな目を俺だけに向ける花嫁が欲しいとーー。
グィーノの心臓からドロリとしたマグマのような想いが噴き出す。
震える手で、見るのも嫌だったルーチェの右目の傷跡に触れた。
「……魔王様?」
この傷を、ずっと見たくなかった。
自分のせいで、何よりも愛でた美しい瞳が傷ついた事を、目の当たりにするのが恐ろしかった。
だが今、隻眼となったその瞳は、出会った時と同じ色合いでグィーノを真っ直ぐと見つめている。
(今の俺もルーチェのような瞳をしているのだろうか?)
何故もっと早く気付かなかったのだろうか?
これが、愛する者を見つめる瞳だと言うことを。
溢れる後悔は、勇者への憎悪に向かう。この肌を知った者がいるのが許せない。先ずは勇者を直ぐに殺しに行こう。そして、月が一番良く見えるあの部屋に鍵をつけ、もう二度とルーチェが誰の目にも触れないようにしなくては。
だが、その前にーー。
グィーノは赤子ごとルーチェを強く抱きしめ右眼の傷痕にそっと口付ける。
そして、ずっと伝えたかった言葉を呟いた。
「……お前が無事で良かった」
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