27 / 134
25 ~陽人 side~
柚希の部屋でスマホを眺めながら、ひたすら帰ってくるのを待っていた。
昨日俺が帰る時に、「学校終わったら、真っ直ぐ帰るから」って、そう言っていた筈だ。
6時間授業だから、いつもなら4時半前にはとっくに家へ着いている。
「遅いな……」
もう既に、7時を過ぎていた。
急用が出来たにしたって、いくらなんでも遅すぎる。
それに……
何通も送ったメッセージに、ずっと既読がつかない。
何度目になるかわからない、ため息をつく。
ため息をつく度に、不安になった。
ーーあの時みたいだ……
思い出したくもない……
柚希がレイプされた日…………
あの日、柚希の部屋にいた痕跡を消してから、急いで家に戻った。
学校から帰る前に送ったメッセージを削除して、違うメッセージを送った。
柚希にあの場にいた事や怪我の事がバレないように、部活で怪我をして行けないという事にした。
嘘を吐く事に罪悪感はあったけど、柚希が話を信じてくれてるみたいで安心した。
怪我の事すごく心配してくれて、俺が不自由そうにしてると、何も言わず然り気無くそっと介助してくれた。
サッカーの試合に出られない事を知った時は、今にも泣きだしそうな悲しい顔をしていた。
ただでさえ柊のせいで傷付いてるのに、柚希が本当の事知ったら……
だから、絶対に隠し通さないといけない。
繊細で脆くて弱い癖に、どんなに辛くても平気なフリして強がる。
わがまま言って、甘えて、ズルくなってくれていいのに、そんな事絶対にしない。
そんな柚希見てると、温かくて柔らかいフワフワした所に閉じ込めて、グズグズになるまで甘えさせたくなる。
甘いシロップのような優しさに溺れさせて、柚希を芯まで甘々にトロトロに蕩けさせたい。
極甘すぎる溺愛の連続に耐えきれなくて、
「やめろよ、バカ」なんて悪態をつきながら、
はにかんだ顔で、目を潤ませ見つめてきたら……
ーーヤバい……勃ってきた……
柚希の事考えただけで、すぐ昂ってしまう。
陰で“王子様”なんて言われてるのは知ってるけど、本当は爽やかでもないし、かなり俗っぽい人間だ。
傷ついてる柚希の事考えてたのに、いつの間にか変な事考えていて……
俺って本当、最低。
リハビリは柚希を慰めたくてした事だ。
はじめは純粋に、柚希を救いたいって気持ちだけだった。
でも、途中からは自分の欲のが勝ってしまった。
ずっと触れたかった柚希に触れる事が出来て、ちゃんとキスする事が出来て。
キスを止める事が出来なくて、柚希に「しつこい」って嫌がられたっけ。
本当はキスをするのは、初めてじゃなかった。
今まで何回も、柚希が寝ている間、バレないようにキスしていた。
初めてキスしたのは、小5の臨海学校の時だ。
宿泊先の部屋割りは、俺と柚希の二人だけだった。
本当は遠藤も一緒だったけど、柚希とはいじめッ子といじめられっ子の関係だったから、先生に相談して調整してもらった。
高学年になってくると、好きな子とか恋愛の話が周りから、ちらほら聞こえるようになってきた。
男子の口からは当たり前のように、女子の名前しか出てこない。
この頃、同性を好きな事はおかしい事なんだって思い知った。
好きになった相手が、たまたま男だっただけだ。男なら誰でもいい訳じゃなくて、柚希だから好きになった。
人を慈しみ愛する気持ちは尊くて、
何ひとつ悪い事なんかじゃない。
それでも、柚希への真っ直ぐな想いは、世間的に認められる事じゃなかった。
自分の気持ちを諦める為に、キスしてみようと思った。
臨海学校で柚希が寝ている間に、わからないようにしようって。
いくら好きでも男とキスすれば、同族嫌悪から気持ちが悪くなって、恋愛感情がなくなるかもしれない。
一目惚れするくらい好みのタイプだから、恋してるって勘違いしているだけなのかもしれない。
忘れたくて、キスをしたーーー
小さくてサクランボみたいに可愛い、
赤くぷっくりした唇は柔らかくて、
滑らかで瑞々しく弾力があって……
一度だけのつもりが、いつの間にか夢中になってしまい……
何度も、何度も、唇を重ね合わせた。
嫌いになるどころか、キスする前よりずっともっと、柚希の事が好きになっていた。
恋しくて、胸が締め付けられて、切なくなった。
そういえば、昨日柚希の膝枕で微睡んでいる時に、唇に熱を感じた気がする。
まさか、柚希が……?
いくらなんでも、都合の良い妄想だと思った。
柚希が俺にそんな事する訳ないし、そんな感情を持っているなんてあり得ない。
でも、もしそうだとしたら……
期待…しても良いのかな……
ーーあー、ダメダメ。冷静になれよ。現実と妄想の区別がつかなくなってるって。今は柚希が辛くないように、支えてあげないといけないのに……しっかりしないと、な。
柚希に触れてから、余計に妄想が酷くなって仕方がない。
部屋にいると柚希の匂いや想い出が多過ぎて、体が火照る一方だ。
ーーちょっと、外の空気吸って落ち着いてこよう。
部屋に一人でいると、悶々と色々考えてしまう。
熱を冷ますのに、パーカーを羽織って、外で帰りを待つ事にした。
しばらくすると、車のエンジンの音が近付き、家の横辺りで止まった。ドアの開閉する音がした後、車は忙しそうに走り去って行った。
車がいなくなった後、玄関へ向かう小さな足音と、鍵を開ける金属音が聞こえてきた。
柚希……?
車で帰って来たのか……?
誰の車……?
まさか…………!
咄嗟に、勝手口から玄関へ向かって走った。
そんなに長い距離じゃないのに、何故か長く感じた。
玄関のドアの前には、ドアノブに手をかけている柚希が立っていた。
すごく驚いた顔をして、俺を見ていた。
「なん、で……陽人………外、いる…の……?」
顔は少し火照っていて涙目で、声は掠れていた。
足元はスニーカーじゃなくて、泥だらけの上履きで。
ワイシャツから微かに見える鎖骨には、赤い鬱血痕が付いていた。
一目見て、何があったかすぐにわかった。
それだけじゃなくてーーー
柚希の体からあの時と同じ、甘ったるい香水とタバコの香りがした。
ともだちにシェアしよう!