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25 ~陽人 side~

柚希の部屋でスマホを眺めながら、ひたすら帰ってくるのを待っていた。 昨日俺が帰る時に、「学校終わったら、真っ直ぐ帰るから」って、そう言っていた筈だ。 6時間授業だから、いつもなら4時半前にはとっくに家へ着いている。 「遅いな……」 もう既に、7時を過ぎていた。 急用が出来たにしたって、いくらなんでも遅すぎる。 それに…… 何通も送ったメッセージに、ずっと既読がつかない。 何度目になるかわからない、ため息をつく。 ため息をつく度に、不安になった。 ーーあの時みたいだ…… 思い出したくもない…… 柚希がレイプされた日………… あの日、柚希の部屋にいた痕跡を消してから、急いで家に戻った。 学校から帰る前に送ったメッセージを削除して、違うメッセージを送った。 柚希にあの場にいた事や怪我の事がバレないように、部活で怪我をして行けないという事にした。 嘘を吐く事に罪悪感はあったけど、柚希が話を信じてくれてるみたいで安心した。 怪我の事すごく心配してくれて、俺が不自由そうにしてると、何も言わず然り気無くそっと介助してくれた。 サッカーの試合に出られない事を知った時は、今にも泣きだしそうな悲しい顔をしていた。 ただでさえ柊のせいで傷付いてるのに、柚希が本当の事知ったら…… だから、絶対に隠し通さないといけない。 繊細で脆くて弱い癖に、どんなに辛くても平気なフリして強がる。 わがまま言って、甘えて、ズルくなってくれていいのに、そんな事絶対にしない。 そんな柚希見てると、温かくて柔らかいフワフワした所に閉じ込めて、グズグズになるまで甘えさせたくなる。 甘いシロップのような優しさに溺れさせて、柚希を芯まで甘々にトロトロに蕩けさせたい。 極甘すぎる溺愛の連続に耐えきれなくて、 「やめろよ、バカ」なんて悪態をつきながら、 はにかんだ顔で、目を潤ませ見つめてきたら…… ーーヤバい……勃ってきた…… 柚希の事考えただけで、すぐ昂ってしまう。 陰で“王子様”なんて言われてるのは知ってるけど、本当は爽やかでもないし、かなり俗っぽい人間だ。 傷ついてる柚希の事考えてたのに、いつの間にか変な事考えていて…… 俺って本当、最低。 リハビリは柚希を慰めたくてした事だ。 はじめは純粋に、柚希を救いたいって気持ちだけだった。 でも、途中からは自分の欲のが勝ってしまった。 ずっと触れたかった柚希に触れる事が出来て、ちゃんとキスする事が出来て。 キスを止める事が出来なくて、柚希に「しつこい」って嫌がられたっけ。 本当はキスをするのは、初めてじゃなかった。 今まで何回も、柚希が寝ている間、バレないようにキスしていた。 初めてキスしたのは、小5の臨海学校の時だ。 宿泊先の部屋割りは、俺と柚希の二人だけだった。 本当は遠藤も一緒だったけど、柚希とはいじめッ子といじめられっ子の関係だったから、先生に相談して調整してもらった。 高学年になってくると、好きな子とか恋愛の話が周りから、ちらほら聞こえるようになってきた。 男子の口からは当たり前のように、女子の名前しか出てこない。 この頃、同性を好きな事はおかしい事なんだって思い知った。 好きになった相手が、たまたま男だっただけだ。男なら誰でもいい訳じゃなくて、柚希だから好きになった。 人を慈しみ愛する気持ちは尊くて、 何ひとつ悪い事なんかじゃない。 それでも、柚希への真っ直ぐな想いは、世間的に認められる事じゃなかった。 自分の気持ちを諦める為に、キスしてみようと思った。 臨海学校で柚希が寝ている間に、わからないようにしようって。 いくら好きでも男とキスすれば、同族嫌悪から気持ちが悪くなって、恋愛感情がなくなるかもしれない。 一目惚れするくらい好みのタイプだから、恋してるって勘違いしているだけなのかもしれない。 忘れたくて、キスをしたーーー 小さくてサクランボみたいに可愛い、 赤くぷっくりした唇は柔らかくて、 滑らかで瑞々しく弾力があって…… 一度だけのつもりが、いつの間にか夢中になってしまい…… 何度も、何度も、唇を重ね合わせた。 嫌いになるどころか、キスする前よりずっともっと、柚希の事が好きになっていた。 恋しくて、胸が締め付けられて、切なくなった。 そういえば、昨日柚希の膝枕で微睡んでいる時に、唇に熱を感じた気がする。 まさか、柚希が……? いくらなんでも、都合の良い妄想だと思った。 柚希が俺にそんな事する訳ないし、そんな感情を持っているなんてあり得ない。 でも、もしそうだとしたら…… 期待…しても良いのかな…… ーーあー、ダメダメ。冷静になれよ。現実と妄想の区別がつかなくなってるって。今は柚希が辛くないように、支えてあげないといけないのに……しっかりしないと、な。 柚希に触れてから、余計に妄想が酷くなって仕方がない。 部屋にいると柚希の匂いや想い出が多過ぎて、体が火照る一方だ。 ーーちょっと、外の空気吸って落ち着いてこよう。 部屋に一人でいると、悶々と色々考えてしまう。 熱を冷ますのに、パーカーを羽織って、外で帰りを待つ事にした。 しばらくすると、車のエンジンの音が近付き、家の横辺りで止まった。ドアの開閉する音がした後、車は忙しそうに走り去って行った。 車がいなくなった後、玄関へ向かう小さな足音と、鍵を開ける金属音が聞こえてきた。 柚希……? 車で帰って来たのか……? 誰の車……? まさか…………! 咄嗟に、勝手口から玄関へ向かって走った。 そんなに長い距離じゃないのに、何故か長く感じた。 玄関のドアの前には、ドアノブに手をかけている柚希が立っていた。 すごく驚いた顔をして、俺を見ていた。 「なん、で……陽人………外、いる…の……?」 顔は少し火照っていて涙目で、声は掠れていた。 足元はスニーカーじゃなくて、泥だらけの上履きで。 ワイシャツから微かに見える鎖骨には、赤い鬱血痕が付いていた。 一目見て、何があったかすぐにわかった。 それだけじゃなくてーーー 柚希の体からあの時と同じ、甘ったるい香水とタバコの香りがした。

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