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もともと喋るのは苦手だし、ましてや昔いじめられていた相手に対して、言葉が一つも浮かばなかった。沈黙が重苦しくて何か喋らなきゃと思えば思うほど、余計に何も出てこない。俯き顔を強張らせて、スクールバッグの肩紐を握りしめ、焦る気持ちを抑えた。 「その制服、合ってるな」 気を使い、話し始めたのは遠藤だった。 ただ、その言葉は今まで散々俺の事をオカマだの、女みたいだの言ってきた遠藤が言うと、バカにしてるみたいで悔しい気持ちにもなった。 「どうせ、女みたいだからな……」 「あ、悪ぃ……そういう意味じゃなくて……莉奈とサイズ同じくらいで、ピッタリ合ってるなって……」 「莉奈…ちゃん……?」 「莉奈は俺の妹なんだ。内海に制服あげたって聞いたから……それ、元々莉奈の制服なんだよ。あいつすげぇ潔癖症で、制服何着も持ってて……莉奈の制服って知ったら内海が嫌がるかもって、演劇部の衣装って言ったみたいだけどな」 言われてみれば、身長も体型も同じくらいだ。制服が莉奈ちゃんのだっていうのは、初めて知った。別に知ったからといって全然嫌じゃないし、寧ろ貰っちゃって悪いなって気持ちになった。 それよりも、この遠藤が兄貴だっていうのが衝撃的で…… 「似てねぇな……莉奈ちゃん、愛嬌が良くて明るくて、可愛らしい感じなのに……」 「よく言われる。俺はでけぇし、強面で無愛想だからな」 「なんか、悪ぃ……」 「気にしてねぇし。征爾や成都にもその事で、よくネタにされるからさ」 征爾と仲が良いから、当然成都の事も知ってる感じだった。強面の遠藤もあの二人には、弄られてしまうみたいだ。 ガタイの良い凶悪面の遠藤が、征爾と成都にタジタジになっている所を想像すると、自然と顔が綻んでしまった。 遠藤は俺の顔を見ると、柔らかい表情になった。 そして、いじめられていた時から感じてた、寂しい目付きで俺を見てる。 「昔みたいに……名前で呼び合わねぇか?」 「えっ……?」 「嫌だよな……いじめてた奴の、頼み聞くなんて……」 そういえば、俺は昔遠藤の事、『ともくん』て呼んでいた。遠藤は俺を『ゆずき』て呼んでいて、保育園の時はオモチャを取られたり、女の子みたいな服を笑われたり……今思えば可愛らしいいじめだった。 ーー小学校へ上がってから、『遠藤』って呼ぶようになったんだっけ。 思い出して、気付いた事があった。 遠藤のいじめが酷くなってきたのは、俺が苗字で呼ぶようになってからだ。 寂しい目をしてた理由は、もしかしたらそんな些細な事が原因で、いじめていたのは寂しかったからなのかもしれない。 「とも…き……って呼べば……いいのか?」 「名前……呼んでくれるんだ。そう呼んでくれて、構わない。ありがとう、柚希……」 顔を赤くしながら、語尾の方の声は小さくなっていたけど、確かに俺の名前を言っていた。 「無事に着いたな」 「送ってくれて、ありがと……」 「俺、いつも特に予定ねぇし……嫌じゃなければ柚希の事、毎日護衛してもいいか?有働と……陽人と帰るって日は、邪魔しねぇから。今までいじめてた事の償いって感じでさ……」 「えっ……あぁ……」 突然の申し出に、すぐに答えられなかった。 いくら今日無事に送り届けてくれた恩があるとはいえ、昔のわだかまりがまだ心の何処かに残っていた。 それだけじゃなくて、友紀が陽人を名前を呼んだ事で、昔は陽人と友紀もお互い名前で呼び合ってたよなって、少しだけ思い出に浸ってしまっていた。 「信用……した訳じゃねぇけど……護衛助かるし……別にしてくれて、構わねぇよ」 「断られるかもって思ってたから……よかった。じゃあ、明日の放課後、生徒会室へ迎えに行くから。柚希、またな!」 先程とは違って、弾むような声で俺の名前を呼んだ。 「またな、友紀」 俺が答えると少し照れたような顔で、仏頂面の友紀がはにかんだように微笑み手を振った。その後、何度も振り返っては手を振り続けていた。

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