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第8話

 しばらく教会に通っていたらヴィスタ様に言われた。 「悪魔のルークでも、天使になれる方法があるとしたら・・・どうしますか」  ヴィスタ様にそう言われたとき、僕は驚きで一瞬思考が停止した。僕が天使になったら、ヴィスタ様にもこそこそ合わなくて済むし、自信を持って人を幸せにして生きていける。  僕はいつか、ヴィスタ様を幸せにできるようになりたい。僕に光をくれた、僕に沢山のものを与えてくれたヴィスタ様に・・・。 *** 「こん・・こんにちは」 「ルーク、こんにちは。今日も顔が見えて嬉しいですよ」  ヴィスタ様に出会ってから、暗闇を泣きながらさまよう人生に光が差した。教会は、僕の帰る場所だ。 「ふーーーーーん」  ルークが教会に入った後、森の陰でそれを眺める人影があった。 「ルークの野郎、なーんか前と様子が違うなーと思ってたら」  腕を組んで教会を睨みつけていたのは、マーチンだった。 「やーっぱり人間に騙されてんじゃねえか」  マーチンは、腕を組みながら不機嫌そうに呟いた。 「今日もありがとうございました」 「ええ、また明日」  ヴィスタ様に笑顔で見送ってもらって、僕は今日もいい気分で天界の門へと向かっていった。悪魔界の門をくぐるやいなや、マーチンが凄い形相で僕に近づいてきた。 「な、なに」  マーチンは、僕の前に立ちはだかると、じっと僕を睨みつけて、すっと不気味な程ににっこりと微笑んだ。 「ルーク」 「ひ、はい」  マーチンは、僕の肩にどっしり腕を乗せてそのまま僕を人気のない路地へと連れ込んだ。戸惑う僕に、マーチンは耳元で囁いた。 「お前、人間界いって何してんの?」  僕は、心の真ん中に矢が突き刺さったようになって動けなくなった。 「な、なにしてるのって」 「悪魔としてだめな場所に行ったりしてない?」  悪魔として駄目な場所。すぐに教会を思い浮かべた。マーチンは、僕が人間界で教会に通っていることを知っている!? 「例えば・・・」  マーチンは、左手の人差し指で僕の胸を突いた。 「聖職者のいる教会、とか」 「い、行って、ないです」  僕が固く目を閉じて首を振ると、 「そっかぁ・・・じゃあいいんだ」  マーチンは、少し含みを持たせた言い方をして、 「じゃあ、もし行ってとこ見かけたら声かけるわ」  びくっと僕が体を震わせると、マーチンは、ふっと微笑んだ。 「ど、どうして声を」 「だって、人間に騙されて通わされてるかもしれねえだろ。同じ悪魔として止めてあげないとじゃん。後、勿論パパにも報告しねえとな」  マーチンの父親は、悪魔学校の理事長だ。他にも色々悪魔界で顔が利く。こんなことがバレたら悪魔界から追放されるだけでは済まないだろう。 「ど、どうして」 「だーかーらー言ってんだろ、オレはお前を心配してやってんだよ」  マーチンが突然僕の耳元で大きな声を出したので僕は体を縮こませた。 「し・・・心配?」 「そーだよ。同じ悪魔として、友達としてさァ」  嘘だ。マーチンは落ちこぼれの僕をいつもからかっていじめてきた。僕が教会に行っているのも、僕をいじめるネタにしたいだけなんだ。マーチンは怖い。でも、今回だけは、僕はマーチンに屈するわけにはいかない。  教会は、ヴィスタ様のいる教会は僕に光を与えてくれた大切な場所なんだ。 「マーチン、お願いがあるんだ」 「なんだよ」 「僕は君のいう事を何でも聞く。だから、このことは目をつぶってほしい」 「・・・・・・・・」  マーチンは、目を大きく見開いた。いつものように僕が彼に従うと思ったんだろう。大人しく教会にはもう行かないっていうと思ったんだろう。 「お前、正気か?」 「うん、あそこは僕の唯一の帰る場所、大切な場所なんだ。僕にできることならなんだってする、気のすむまで殴ってくれても構わない。でも、僕があの場所に行くのを止めるのはできないよ」 「条件になってねえだろ。てめえは人間に騙されてんだよ」  僕はこの時、マーチンに産まれて初めて怒りという感情がわいた。 「・・・僕のことはなんていってもかまわないよ。でも、彼のことを悪くいうのだけは許さない」  僕がそういうと、 「はー、お前さぁ相当人間にほだされてんな。馬鹿だから」 「僕をなんといってくれても構わない」  僕はまたはっきりといった。 「・・・・・」  マーチンは少し考えるようなそぶりを見せると、僕から手を離した。 「じゃあ、黙っておいてやるよ」 「ほ、本当?」 「ただし条件がある」  マーチンは、僕に人差し指をつきつけた。  条件?なんだろう。お金?暴力?何か悪いことに手を貸せということだろうか。 「人間と裏に行って変なことをするのはやめろ」 「え・・・え」  僕は顔がぼっと熱くなるのを感じた。 「ど、どうして・・・みてたの?」 「・・・見られてまずいことでもしてたのかよ」  僕はほっと溜息をつきそうになった。心臓に悪い。僕は天使様になるためのお清めの儀式をマーチンに見られていなくて心底ほっとした。 「い、いや、そんなことはないけど」 「それをやめるっていうのなら黙っておいてやるよ」 「ど、どうして」 「どーしてもこーしても、聞かねえなら言いふらすぞ」  マーチンは壁にどんと両手をついて僕を脅した。 「い、い・・・一生?」 「ああ」  僕は、ヴィスタ様に会えなくなるのと、自分がお清めで天使様になることを天秤にかけた。そんなの、そんなの決まってる。 「お前わかってんのか?聖職者がお前みたいな悪魔と関わっていることがバレたらあの人間だってただじゃ済まねえんだぞ」  マーチンに言われて僕は跳ねるように顔をあげた。 「わ、わかったよ、やめる、やめるから」  泣きそうな声でそういった。ヴィスタ様に会えなくなるくらいなら、僕の願いなんてなくてもいい。本当は、本当は会うのさえだめなんだ。それを、マーチンが黙ってくれるっていうだけ、奇跡なんだ。 「あぁ、もしオレが見ていないと思って隠れてこそこそやってたりしたらお前が悪魔界に帰ってくる頃にはお前の家族共々お前は翼を焼かれて殺されるだろうな」  処刑、悪魔は聖職者に関わってはいけない。過去に聖職者と手を組んで悪魔界に反逆を起こした悪魔がいるから。 「はい・・・」  マーチンはいつ僕を見ているかわからない。今回だって、全然気が付かなかったんだ。 「わかった・・・よ」  マーチンはやっと僕を解放してくれた。僕は俯いてとぼとぼ部屋に帰っていった。  ボフンと枕に顔をうずめて僕は考えていた。もう、ヴィスタ様にお清めしてもらえない・・・明日は、ヴィスタ様にしっかり断らなくちゃ。「ぼく・・・僕は・・っ」  僕は、とうとうバチがあたったんだ。やってはいけないことをずっと隠れてやり続けていた。そのことに罪悪感より幸福を感じてしまっていた。教会へ行くこと自体本当は駄目なことなんだ。悪魔が聖職者様の力を借りて天使になる儀式をしているのなんて、もっと駄目なことなのだろう。そんなこと、わかっている。でも、僕はずっとヴィスタ様の優しさに甘えて見て見ぬふりをした。 「僕は、今まで身の丈に合わない幸福を得すぎていた。だからバチがあたったんだ」  僕は、涙を拭ってそういった。ヴィスタ様からもらったマフラーを抱きしめると、僕は決意した。明日ヴィスタ様にもうお清めの儀式はしないということを伝えよう。

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