10 / 255

―8月4日月曜日―

直弥が目覚めた時、部屋には大介の姿はなかった。 次いで愕然としたのは、時計を見た時だった。 少し目を閉じていたとだけだと思っていたのに、日はすっかり昇り、時計は昼を過ぎていて。 (休んでしまった……月初めの週末、金曜日) 無断欠勤してしまった事に、直弥は慌てふためく気力もなく、逆にただ乾いた笑いが込み上げてきた。 昨日の出来事が全て夢だったら、とも思ったけれど、自分のボロ雑巾の身なりを見て、紛れもない現実だと思い知る。 だけど目覚めて暫くしてから気付いたが、意識を失っていた座椅子ではなくベッドで横たわっていた。 熱いシャワーを浴びたけれど全く覚醒できず、都合の良い事にナチュラルにガラガラの掠れた声で、会社に『高熱である』と告げた。 その後、現実逃避をするかの様に、直弥は再びベッドに身を沈めた。 *  *  * ――月曜日。 うだる様な暑さも少し薄らいだ夕暮れ。 針のムシロだった会社から直弥は飛び出した。 エレベーターを降りるやいなやネクタイに指をかけ、精神的込みの窮屈さから逃れようと、緩めながら会社を後にした時 「タナベさーん!」 夕暮れのなか、浅黒い腕をぶんぶんと振り、大口を開け白い歯を光らせている男が目の前に。 「ダ、ダイスケくん?!」 思い出したくない記憶と共に現れた、高校生の姿。 「今晩は」 「な、なんで、ココにいるんだ?!」 直弥は驚きもそこそこに振り向き、会社からのひとけを気にしながら、少し歩いて一つ筋違いの道へと移動する。 大介は一枚の紙片を指に挟み、ニカッと笑っている。目を凝らすと見覚えがある。 「それ、もしかして……」 「胸ポケットに入ってるの貰った。拾ったの返したら、1割もらえるんだろ?これだったら0.1割位だけど」 大介の手元に有るのは、直弥の名刺だった。 「か、勝手に!」 「だってタナベさん話の途中で突然さ、動かなくなるんだもん。連絡先とか聞かねーうちに。急に死んじゃったりしても怖いし、暫く様子みてたけど」 「何?」 「アンタ、突然大イビキかきだした」 大介は背をかがめ、続きを促す直弥の顔を覗き込み「マジウケたなー」と笑い出した。 うっすら記憶に残っている癖のある声を、直弥は目の前で今はっきり聞いた。 「な、な、」 「もう大丈夫だろ、と思って帰ったんだけどさ、次の日起きられた?」 喋る気力無くなり、直弥は首を振る。 「だろうな。金曜ココ来なくて良かったー」 大介は名刺越しに直弥の会社を見つめた後、大事そうにポケットに仕舞った。 「あのさ、ダイスケ君。確かに世話になった。改めてお礼もしたいと思ってる。だけど金曜だろうと月曜だろうと、わざわざ会社までこなくても」 直弥は眉根を寄せて、9つ年下の少年と呼んでもおかしくない年の大介を、見上げながら諭した。大人らしく。 「夏休みだし」 「ん?」 「サラリーマンの生態観察自由研究ってことで」 「はあ!?」 「明日も来るから。じゃあな、ナオヤさん」 ヒラヒラと長い指を振って、長い足をガシガシと大股で、大介は去っていった。 (からかってんのか?) 馬鹿にされても仕方のない自分を見られたから? (だからと言って……) 直弥は真意が掴めないまま残された。

ともだちにシェアしよう!