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―8月4日月曜日―
直弥が目覚めた時、部屋には大介の姿はなかった。
次いで愕然としたのは、時計を見た時だった。
少し目を閉じていたとだけだと思っていたのに、日はすっかり昇り、時計は昼を過ぎていて。
(休んでしまった……月初めの週末、金曜日)
無断欠勤してしまった事に、直弥は慌てふためく気力もなく、逆にただ乾いた笑いが込み上げてきた。
昨日の出来事が全て夢だったら、とも思ったけれど、自分のボロ雑巾の身なりを見て、紛れもない現実だと思い知る。
だけど目覚めて暫くしてから気付いたが、意識を失っていた座椅子ではなくベッドで横たわっていた。
熱いシャワーを浴びたけれど全く覚醒できず、都合の良い事にナチュラルにガラガラの掠れた声で、会社に『高熱である』と告げた。
その後、現実逃避をするかの様に、直弥は再びベッドに身を沈めた。
* * *
――月曜日。
うだる様な暑さも少し薄らいだ夕暮れ。
針のムシロだった会社から直弥は飛び出した。
エレベーターを降りるやいなやネクタイに指をかけ、精神的込みの窮屈さから逃れようと、緩めながら会社を後にした時
「タナベさーん!」
夕暮れのなか、浅黒い腕をぶんぶんと振り、大口を開け白い歯を光らせている男が目の前に。
「ダ、ダイスケくん?!」
思い出したくない記憶と共に現れた、高校生の姿。
「今晩は」
「な、なんで、ココにいるんだ?!」
直弥は驚きもそこそこに振り向き、会社からのひとけを気にしながら、少し歩いて一つ筋違いの道へと移動する。
大介は一枚の紙片を指に挟み、ニカッと笑っている。目を凝らすと見覚えがある。
「それ、もしかして……」
「胸ポケットに入ってるの貰った。拾ったの返したら、1割もらえるんだろ?これだったら0.1割位だけど」
大介の手元に有るのは、直弥の名刺だった。
「か、勝手に!」
「だってタナベさん話の途中で突然さ、動かなくなるんだもん。連絡先とか聞かねーうちに。急に死んじゃったりしても怖いし、暫く様子みてたけど」
「何?」
「アンタ、突然大イビキかきだした」
大介は背をかがめ、続きを促す直弥の顔を覗き込み「マジウケたなー」と笑い出した。
うっすら記憶に残っている癖のある声を、直弥は目の前で今はっきり聞いた。
「な、な、」
「もう大丈夫だろ、と思って帰ったんだけどさ、次の日起きられた?」
喋る気力無くなり、直弥は首を振る。
「だろうな。金曜ココ来なくて良かったー」
大介は名刺越しに直弥の会社を見つめた後、大事そうにポケットに仕舞った。
「あのさ、ダイスケ君。確かに世話になった。改めてお礼もしたいと思ってる。だけど金曜だろうと月曜だろうと、わざわざ会社までこなくても」
直弥は眉根を寄せて、9つ年下の少年と呼んでもおかしくない年の大介を、見上げながら諭した。大人らしく。
「夏休みだし」
「ん?」
「サラリーマンの生態観察自由研究ってことで」
「はあ!?」
「明日も来るから。じゃあな、ナオヤさん」
ヒラヒラと長い指を振って、長い足をガシガシと大股で、大介は去っていった。
(からかってんのか?)
馬鹿にされても仕方のない自分を見られたから?
(だからと言って……)
直弥は真意が掴めないまま残された。
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