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―8月18日月曜日―

「久しぶりーッスね」 「あぁ、久しぶり」 休み明けの夕暮れに現れたその姿は、更に日に焼けて見えた。 久しぶりの仕事に、社内全体まだ仕事モードではなかった。 直弥も例外ではなく、身体の怠さを感じていた。 けれど目の前の大介は、休み前台風の中みせた元気さそのままで。 やはり若さだろうか。直弥は微かに嫉妬する。 「真っ黒だね。何処かに行ったのかい?」 「俺?焼けてる?」 大介はキレイに薄く筋肉の付いている自分の腕を挙げ、見つめている。 「雨ばっかだったけど、友達とけっこーフラついてたからかな」 「そういやナオヤさん、全然焼けてないな。実家で遊びに出なかったのかよ?」 自分の腕を見ていた時より何倍も大介に顔を見つめられ、直弥は少したじろいだ。 「あ……結局実家には、帰ってないんだ」 「ふーん、そう」 大介は少し訝しげな顔をしてたけれど、それ以上何も聞いては来なかった。 「ま、いいや。白くても黒くても、アンタの顔見れたから」 大きな口から白い歯を覗かせ、大介は少年の様な笑顔で笑った。直弥は睫を伏せる。 「ダイスケ君……この間俺に”酔って正体無くす程嫌な事がある会社”って言ったよな」 直弥が薄く形の良い唇を歪ませ、静かに話し出した途端、二人の間の空気がピタリと止まった。 「言ったけど、別にもうその話は」 柔和だった大介の表情は一変し、神妙な面持ちで切れ長の目を光らせた。 「理由、聞きたかったんだろ?」 「だからナオヤさんもう良いって。あんときみたく気不味くなるのやだし」 「いや、俺が話したいんだ。聞いてくれないか?」 長い休みが明け、直弥は何か吹っ切れた表情で大介の腕を掴んだ。 直弥は何度も深呼吸をし、軽く肩を上げ下げした後言葉を続ける。 「あの会社は、俺にとっちゃ、今は苦痛以外の何でもない」 「……」 「俺さ、付き合ってた人が居てさ。同じ会社なんだ。だけど、この前フラれて。相手は俺と別れて、また同じ会社の人と付き合ってるんだ」 直弥は身を固くしながらも、淡々と語った。少し笑みまで浮かべ。 「好きだったら、奪い返せばいいじゃねーか」 「そんな簡単には……俺には、無理だ」 「そいつの事、まだ好きなのか?」 「え、好き? 判らないな……好きだったけど今は、判らない。ただ寂しいのかも知れない。これからの事を考えると億劫なだけなのかもしれない。だけど長い時間一緒だったから情はある。振られたのに、なかなか踏ん切れないで引きずって……」 直弥の独り言の様な告白を、大介は身動ぎせずただ黙って聞いていた。 声がフェードアウトになり直弥の聞こえなくなってから、大介は初めて口を開いた。 「良くある話だな」 「あぁ、良くある話さ」 「……その相手が男じゃなきゃ、な」 大介の一言に、直弥は吃驚して声を失った。 顔色一つ変えず呟いた大介を、蒼白になった顔で捉える。 「その顔は……違って、ないよな」 無表情のまま、大介は髪を掻き上げた。 「意識無いアンタをおぶってる時、”ヨウヘイ,ヨウヘイ”って、俺の背中にしがみついて泣いてたから」 「嘘……」 「まさか、彼女を取った奴の名前を、そんな風には呼ばないだろ。どんな訳が有るのかなんて、その時の俺にははっきりとは解らなかったけど」 (俺はなんて事を……薄々気付かれていただなんて) 酔って意識を失いさんざ迷惑をかけた挙げ句、そんな痴態を晒していたとは。 直弥は全ての思いに押しつぶされそうで、その場から消え去りたくなった。 けれど、全身の神経が全て切れてしまった様に、全く動けない。 「ナオヤさん、」 棒立ちの直弥が、大介に包み込む様に抱き締められた。 「大丈夫。そんな顔すんな。オレ、話してくれてマジで嬉しかった」 9つも下の少年に、不器用にも背を叩かれ,頭を撫でられた。 「明日も来るから。絶対」 一瞬直弥の首筋に顔を埋め、誓う様に言葉を告げた途端、駆け去った。 直弥は支えを無くし、崩れ落ちた。 夕日が消えてもその場にしゃがみ込んだままだった。

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