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―8月21日木曜日―

「こんばんは」 「ッス」 大介にお礼をする為に、直弥は早めに仕事も切り上げた。 いつもの笑顔で出迎えてくれると思いきや、大介は浮かない表情で。 「何処に行こう」 いつもと同じ筋違いには向かわず、直弥は歩きながら大介に問い掛ける。 「何処でも良い」 「やけに元気がないな」 気のない返事の大介の顔を、直弥は覗き込む。 「そうかな……」 「ダイスケ君が俺の事見て判る様に、俺だって判るよ。同じように毎日顔見てるんだから」 大介は目を伏せた。少し尖らせた口は、年相応の幼さを浮き出していた。 「昨日の奴、アンタの元カレだろ?」 相変わらず直球な問い掛けに、心の準備も出来ていなかった直弥の心臓は跳ね上がる。 「……あ……あ、あぁそうだよ」 「見た目、良い男だな」 「そうかい? 俺には、判らないな」 直弥は遙平の姿を思い出した。またぼんやりとする。 「なあ、」 「え? ゴメン。何にしても、もう終わった事だから」 大介の呼びかけに、また現実の世界へと連れ戻された。 「終わった、のか? ホントに終わってんのか? アンタさあ、昨日」 「な、なんだい?」 「アイツが此処に来て、アンタが振り向いて見た後にこっち向いた時…… すんげー嬉しそうな顔してた……」   大介にしては珍しく、弱々しい声だった。 「は?! そ、そんな訳、ないだろ!」 直弥は青ざめて、頬を抑える。 (嬉しそうな顔だって?!) 確かに遙平の姿を見て、昔の事を思い出した。今まで気にかけられた事も無かった。 だけど、遙平のお陰でこんなに苦しい思いをしているんだ。 冗談じゃない。 いつもの様子とは別人の様に、弱々しく肩を落としている大介を見つめる。 大介に会ってから少しずつだけど、確実に傷は薄らいだ。 理解は出来ないけれど、現実に大介は此処に居て待っててくれている。毎日。 そんな大介の事を考えている時間が増えている。日増しに。 「ダイスケ君。俺、やっぱりキミに心からお礼がしたいんだ」 直弥が無事にあの会社から出てくるか、この高校生が心配で毎日確かめに来てるだなんて、誰に言っても信じないだろう。勿論直弥自身そうだった。 だけど、実際に大介は此処に居て、直弥の姿を見て安心した顔で迎えてくれている。いつも。 確実に大介の優しさに、癒されている。 「いやだったらしょうがないけど」 「嫌な訳、ねーだろ」 直弥がいつになく真剣な眼差しで見詰めたせいか、大介の瞳からは少しだけ不安の色が消えた。 「……判った」 「今日気分が乗らなきゃ、明日でも良い」 「あー、明日の方が良いな」 大介が今日初めて笑った。直弥はホッとした。 「だけどさー財布の中身、パクられて勿論見つかってないだろ?」 横目でチラリと見、大介がまた心配げな声をだした。 「そんな事か、気にしないで良いよ。俺だって一応社会人なんだから」 「そうだけど……ナオヤさん、給料安そうだしなー」 直弥は手を高く伸ばし、気の緩んだ笑顔で大介の頭をはたいた。

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