30 / 255
―8月21日木曜日―
「こんばんは」
「ッス」
大介にお礼をする為に、直弥は早めに仕事も切り上げた。
いつもの笑顔で出迎えてくれると思いきや、大介は浮かない表情で。
「何処に行こう」
いつもと同じ筋違いには向かわず、直弥は歩きながら大介に問い掛ける。
「何処でも良い」
「やけに元気がないな」
気のない返事の大介の顔を、直弥は覗き込む。
「そうかな……」
「ダイスケ君が俺の事見て判る様に、俺だって判るよ。同じように毎日顔見てるんだから」
大介は目を伏せた。少し尖らせた口は、年相応の幼さを浮き出していた。
「昨日の奴、アンタの元カレだろ?」
相変わらず直球な問い掛けに、心の準備も出来ていなかった直弥の心臓は跳ね上がる。
「……あ……あ、あぁそうだよ」
「見た目、良い男だな」
「そうかい? 俺には、判らないな」
直弥は遙平の姿を思い出した。またぼんやりとする。
「なあ、」
「え? ゴメン。何にしても、もう終わった事だから」
大介の呼びかけに、また現実の世界へと連れ戻された。
「終わった、のか? ホントに終わってんのか? アンタさあ、昨日」
「な、なんだい?」
「アイツが此処に来て、アンタが振り向いて見た後にこっち向いた時……
すんげー嬉しそうな顔してた……」
大介にしては珍しく、弱々しい声だった。
「は?! そ、そんな訳、ないだろ!」
直弥は青ざめて、頬を抑える。
(嬉しそうな顔だって?!)
確かに遙平の姿を見て、昔の事を思い出した。今まで気にかけられた事も無かった。
だけど、遙平のお陰でこんなに苦しい思いをしているんだ。
冗談じゃない。
いつもの様子とは別人の様に、弱々しく肩を落としている大介を見つめる。
大介に会ってから少しずつだけど、確実に傷は薄らいだ。
理解は出来ないけれど、現実に大介は此処に居て待っててくれている。毎日。
そんな大介の事を考えている時間が増えている。日増しに。
「ダイスケ君。俺、やっぱりキミに心からお礼がしたいんだ」
直弥が無事にあの会社から出てくるか、この高校生が心配で毎日確かめに来てるだなんて、誰に言っても信じないだろう。勿論直弥自身そうだった。
だけど、実際に大介は此処に居て、直弥の姿を見て安心した顔で迎えてくれている。いつも。
確実に大介の優しさに、癒されている。
「いやだったらしょうがないけど」
「嫌な訳、ねーだろ」
直弥がいつになく真剣な眼差しで見詰めたせいか、大介の瞳からは少しだけ不安の色が消えた。
「……判った」
「今日気分が乗らなきゃ、明日でも良い」
「あー、明日の方が良いな」
大介が今日初めて笑った。直弥はホッとした。
「だけどさー財布の中身、パクられて勿論見つかってないだろ?」
横目でチラリと見、大介がまた心配げな声をだした。
「そんな事か、気にしないで良いよ。俺だって一応社会人なんだから」
「そうだけど……ナオヤさん、給料安そうだしなー」
直弥は手を高く伸ばし、気の緩んだ笑顔で大介の頭をはたいた。
ともだちにシェアしよう!