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2月4日水曜日
「後、10日……か」
営業から帰社後、日報を入力する手をふと止め、卓上カレンダーに目を落とし、直弥は空に印をいれた。
昨夜大介に『合宿へ行く』と告げられて、ショックと寂しさが一気に襲った。
大介と貴重な日を一緒に過ごす事が出来ないなんて、純粋に悲しい。
だけど胸の奥底に重暗く残っている不安から、安心を得たのも事実だ。
それが大介の言う約束に繋がるなんて……こんな直弥の杞憂も大介本人は知る由も無いんだろう。
直弥がカレンダーを見つめ薄ぼんやりしいている所に、突然内線が鳴り我に返った。
「は、はい。田辺です」
_「ボケッとしてるな。仕事しろよ」
嫌と言うほど聞き覚えのある電話越しの声に、直弥は驚き目を見開く。
焦りながら周りを見渡すと、誰も人のいない他部署のデスクから、遙平が受話器を持って笑顔で手を振っている。
「……なんのつもりだ」
付き合っている頃ならいざ知らず、笑えない冗談に直弥は声を落とす。
大介=高校生と付き合っている事実を知ってから、暫くは接触を避けてきた遙平に、少なからず罪悪感を抱いていた直弥だったのに。
日が経つにつれ普通に話し掛けて来て、事ある毎にちょっかいをかけてくる、遙平の厚顔さに半ば呆れている。
だけど情もあり、社内の人間関係もあり、無碍に出来ないのも事実で。
結局、今も奇妙な関係を続けているけれど、こういう質の悪い悪ふざけを平気でする神経には、直弥も閉口する。
_「部長が居ないから良いけど、そんなぼんやりして溜め息ばかり吐いてると、またどやされるぞ」
電話から聞こえてくる声の主は、ニヤニヤ笑っている。
その相手の様子さえ視界にはいる滑稽な状況に、からかわれているのかと、直弥は苛立った。
「ふざけるな。切るぞ」
_「怒るなよ。直弥の事、心配してるのに。直ぐイラつくなんて、欲求不満?」
「……な、」
遙平の一言に、直弥は息を詰まらせ顔を赤らめる。
_「やっぱりあんな高校生のガキ、満足させてくれないんだろ」
「……!」
ガチャン!
周りに幸い誰も席に着いている者が居ないとはいえ、直弥の叩き付ける受話器の音は、周りの者を振り向かせてしまった。
「す、すみません」
直弥は咄嗟に頭を下げ、冷静さを取り戻す。
誕生日の告白以来、大介を目の敵にしている。そんないきさつから出た、軽い冗談の言葉なんだろう。
けれど今の直弥には、杭を打たれた様に堪える。
「アイツ……」
遙平の妙な勘の良さに怯えながら、やみくもに日報打つ手を走らせた。
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