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2月5日木曜日

「ちっす」  玄関のドアが開き、大介の声がした。 「あ、ダイスケ……」  直弥も帰宅した所でスーツを脱ぎかけていたが、玄関へと吸い寄せられるように歩を進める。 無性に会いたかった。  大介の顔を一目でも早く見たい。心の何処かで不安な気持ちが、暗雲となって立ちこめているのかも知れない。 「どうしたんだ? ナオヤさん」  ネクタイを半分抜きかけた格好で、玄関へ赴いてきた直弥に、大介は驚いて切れ長の目を見開いた。 「いや、外こんな寒いのに来てくれてんだと思ってさ」  直弥の言葉に大介は途端に破顔し、長い手で直弥を掴まえて抱え込む様に抱き締めた。 「あぁ今日はマジ寒かった~! でも、そんな事どうでも良いって」  確かに茶けた髪も精悍な頬も骨張った広い肩幅も、冷気に凍え冷え切っていたけれど 抱きしめられ、絶えてはいない芯の熱がじんじんと伝わってくる。  いつまで経っても直弥は身動きが取れず、背中を叩いて大介を促した。 「早くあがれよ。中もう暖房効いてるし」  名残惜しそうにゆっくりと腕を解いた大介は、直弥の予想に反して首を振った。 「上がりたいけど……今日は、ここで帰る」  大介の言葉を聞き視線を落とすと、言葉通り靴を脱がず、留まっている。 「何で?」  直弥に顔を覗き込まれ、大介は視線を逸らす。 「だって明日、耐寒マラソンなんだ」  クソーー! と外に聞こえそうな大声と共に、大介は白い息を吐いた。 「耐寒マラソン……」  懐かしいなと直弥は思い出を巡らせながら、少し笑みを零した。けれど家に上がらず、帰る意味が判らない。ネクタイを引き抜きながら首を傾げる。 「何故上がれないんだい?」 「……上がっちまうと、帰れねー」  大介は悔しそうに乾いた唇を噛んでいる。 「今日はガッチリ寝ないと、明日倒れたらカッコ悪いし。俺の学校、めちゃくちゃ地獄コース走らせんだよー」  舌打ち混じりに愚痴を吐きながら、大介は足を軽く蹴っていた。 「ちょっと位上がれよ。少し温まって直ぐ帰れば……」 「駄目だって」  直弥の誘いを、大介はきっぱりと断った。 「大介……」  はっきりと拒否され、直弥は傷つき眉根を寄せた。 「ナオヤさん、そんな顔で招かないでくれよ。俺、ここで倒れそーな位耐えてんだから。今日は一目見て帰ろうって決めて来た。一回入ったらおしまい。絶対帰れねーって」 「だから何故……」 「俺、アンタの寝顔見んの……生き甲斐だから」  大介は混じり気のない笑顔を残し、ドアを飛び出し帰っていった

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