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4月8日水曜日
――春休み、後悔の嵐だった。
部活でのやりとりで、つとめて普通に接したつもりだったけれど、遠野の態度はよそよそしくたどたどしくて。
終業式、あんな事を聞かなければよかった。
遠野は教室を飛び出していった。
本人は触れられたくない、見て見ぬ振りをしてほしかった出来事だったのかもしれない。
自分の落ち度をはっきり教えてほしかったという傲慢さだったのかも。
そういうデリカシーの無さは、度々人に指摘されている。
自分で聞いた挙げ句生徒に初めて『嫌い』と告げられて、実はショックで帰って寝込んでしまった。
嫌われたくないから、無意識に媚びた態度を取っていたらどうしようと思うとぎこちなくなる。
杉崎自身もまさか、今年もそんな遠野の担任になるとは思わなかった。
(自然に、自然に……)
呪文の様に心の中で繰り返しながら、至って平然と歩を進める。
「あ、先生。おはようございます」
遠野は礼儀正しく挨拶をしてくれた。
深々とお辞儀され、誰かに触られた様な少し乱れた髪が弾んでいる。
「お……おはよう。1年よろしく! 困った事があったらなんでも先生に言って来てくれな」
「ありがとう、ございます」
顔を上げた遠野は笑顔で返事してくれた。
杉崎は安心して、遠野を見つめる。
笑顔が可愛い少年だ。
(よかった。これで、いい)
「なんで、大ちゃんと同じ事言うんだ……」
「え?」
ボソボソと小さな声が聞こえて来て、聞き取れなかった杉崎は聞き返した。
「い、いえ、なんでもありません」
再び返事があったその顔はまた可愛らしい笑顔で。
杉崎は胸をなで下ろす。
けれど、杉崎に一礼をし、先に教室に入っていった遠野の背中を見送った時
チッ
「!?」
はっきり聞こえてしまった。
(遠野が、舌打ちしたーー!)
杉崎は教室の扉の前で、大きな図体を丸め
出席簿を抱き締め、本鈴で我に返るまで立ちつくした。
-始業式まだ始まってないけどおしまいー
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