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湊と水嶋航汰
水嶋という新しい医者が来た日。
湊は過呼吸を起こした。
理由はなんとなく聞かないでいた。
いや。
聞かないというか聞いちゃいけない。
そんな気がした。
「あいつは、水嶋航汰。ぼくと蓮川くんの高校の時の同級生で……ぼくの元カレです」
「そうか」
「湊。話しにくいなら無理に話さなくていいんだぞ?」
湊は頭を横に振った。
「大丈夫です。先輩には話しておきたいから」
湊は話してくれた。
水嶋て奴と付き合っていたことや、矢嶋があの矢嶋製薬会社の社長の息子であること。
高校の時に何故かそれが知られてしまい友達が去っていったこと。
気がつけば人の目が怖くなってしまったこと。
そして。
水嶋の部活の先輩に襲われたこと。
その時のショックで一年半は喋れなかったこと。
「もう大丈夫だと思ったんですけど」
久々再会した水嶋を見るも過呼吸を起こしてしまったこと。
「湊。話してくれてありがとう」
俺は思わず湊を抱きしめていた。
「先輩、今日は蓮川くんとお昼食べることになってて」
「いいって。そろそろ食堂行けよ、蓮川待ってるだろう?」
そう言って蓮川のもとへ。
湊だけの話を聞くんじゃダメだ。
あのドクターの話も聞かないと。
「水嶋先生、話あるんですがいいですか?」
「どうぞ」
「俺は企画部の辻元悠です。矢嶋湊と同じ部署の者です」
「え?矢嶋もいるんですか?」
「いますよ」
「矢嶋から聞きました。高校の時の話を」
そして。
何かを覚悟したかのように口を開いた。
「わかりました。全て話します!矢嶋や蓮川も一緒に」
次の休みの日。
蓮川から連絡がきた。
「水嶋と俺と矢嶋とで話すんで辻元さんも来てください」と。
蓮川に教えられた場所にやってきた。
『蓮川って言えば通してもらえます』
「連れが先に来ているんですが、蓮川というんですが」
そして。
店員に案内された個室へ。
個室といっても六人くらいは座れそうな広さだけど。
「辻元さん早かったですね」
「俺んち近いから」
「話だけどな。湊、俺はあの時。男が男を好きになるのは気持ち悪いんだよって言ったよな?」
「うん」
「俺はお前を気持ち悪いって思ったことはなかった。湊、俺はお前が本当に好きだったんだ」
「あの時。サッカー部の先輩のさらに先輩がさ、湊の家のこと知ってて」
「何で?」
「その人の従兄弟の親が巻き込まれてるって」
「誰?」
「うちの会社にいるぞ!千石紫音。あの人の親がそうらしい」
「あのな、嫌な予感しかしないんだけど」
「え?」
「千石さんと矢嶋付き合っててさ、あこれ内緒な?」
俺の考えが間違ってなければ。
千石さんは復讐のために湊に近づいたんだ。
「矢嶋。辻元さんから離れちゃダメだよ?」
「大丈夫。仕事は俺と一緒だし」
「でも、航汰。矢嶋が弱ってた時にそばにいなかっただろう?あれは?」
「仕方なかったんだ。うちのオヤジは千石先輩の医者で」
言うこと聞かなきゃとか言ったのか。
「俺はずっと謝りたかったんだ!高校の時のことを」
「湊。もう一度俺と付き合って欲しいんだ」
「……ごめん。ぼくは水嶋くんにそういう感情を抱いていないんだ」
「そっか。何かあれば力になるから」
「葉山さんにはつたえとくか?」
「葉山さんてうちの?」
「そう。葉山さんは力になってくれる気がするし」
根拠はない。
そんな気がするんだ。
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