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弟の悦び17
抱きつかれたせいで、互いの下半身がぶつかって擦れる。これ以上の刺激を与えないようにすべく腰を曲げると、絡みつく弟の腕がぎゅっと躰を締めつけて、強引に密着させた。
「逃がさないよ。僕で感じてる兄貴を、もっと感じさせてあげる」
「やめてくれ、これは条件反射なんだ」
「条件反射だろうと、僕の手で感じたのは事実でしょ。弟に感じさせられてち〇ぽを大きくしたくせに、下手ないいわけは通用しないから」
弟は目の前に右手を見せて、いやらしく空中を揉みしだく。なにもない空間なのに、いつの間にかそこに自身が映り込み、弟の手の動きに合わせて上下することを妄想してしまい――。
「ぃ、いや…いやなのにっ、俺は辰之のこと好きじゃないのに、こんなことするのは間違ってる!」
自分に言い聞かせるように叫ぶしかなかった。
「僕だって嫌だったよ。若林先輩に抱かれたこと……」
「うっ!」
痛いところをコアに突かれて、反論できない。言い返すあらゆる言葉が、頭の中で右から左へと流れていく。
「兄貴には、その責任をとってもらわなきゃ。ここで僕を抱いて」
ふたたび弟の顔が俺に近づいた。
(――またキスされる!)
奥歯を噛みしめながら両目を閉じて衝撃に備えたというのに、いつまで経ってもなにも起こらない。恐るおそる目を開けたら、弟は悲しげな表情で俺を見つめ、玻璃のように光る涙が頬を伝った。
「辰之……」
ぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落とす姿に、抵抗する力やセリフが自然と抜けていく。
「わかってるんだ。こんなことをしたら兄貴に好かれるどころか、もっともっと嫌われるんだって。それに、穢れた僕を抱く気になんてなれないよね」
あっけなく弟の両腕が外され、一気に自由になった。触れ合っていたところから伝わっていたぬくもりが消え失せただけで、下半身も落ち着きを取り戻す。
「宏斗兄さんが好きなのに……。僕はもう嫌われることしかできそうにないよ」
弟は脱ぎ捨てたシャツを素早く拾いあげ、俺の脇をすり抜けようと駆けだした。迷うことなく、その手を引き止める。
「辰之、俺は――」
「…………」
振り返った弟の顔は、今まで見たことがないくらいに酷いものだった。それは俺の同情を引くものではなく、人を寄せ付けないような寂しい表情に見えた。
「あのさ、若林先輩のことで困ったことがあったら、すぐに知らせてくれ。なんとかするから」
自分なりにいい言葉をかけることができたと思ったのに、弟は口を引き結んだまま俺の掴んだ腕を無理やり振りほどき、なにも言わずに自室に篭ってしまった。
つけっぱなしのテレビから流れるバラエティ番組が、この場にまったくそぐわない笑い声を延々と流すせいで、いたたまれない気持ちになったのだった。
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