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第2話 祓戸の神②不思議な和装男子

 翌日。変わった客が店の敷居をくぐった。  どんなふうに変わっているのか、ひと言で説明するのは難しい。  ただ顔を見た瞬間、(うた)は「あれ?」と思った。  既視感がある。テレビか何かで1、2度見ただけの人が、目の前に現れたらこういう感じなのかもしれない。  それから髪型と服装に目が行って、ああ、と思った。  世間で言うところの和装男子なのだが、今の時代に和装をしている男子というのはものすごくおしゃれだ。髪の先からつま先まで気をつかっている。  けれども目の前の人はそうではなくて、江戸時代の浪人を思わせるざっくばらんな様相だった。すり切れた着物はしわくちゃ。髪も爪も汚い。  店に入れて大丈夫なのかどうか、一瞬迷うくらいの格好だった。  ここはドレスコードのあるような店ではないけれど。 「いらっしゃいませ」  店頭に立っていた詩が戸惑いを含んだ声で言うと、男は何も言わずに詩を見つめた。 「あの、お好きな席にどうぞ?」 「昨日のあれが飲みたい」 「昨日の、あれ?」  男の言葉を繰り返し、詩は首を傾げる。  初めて見た顔だが、昨日も来た客なんだろうか。だとしたらバイトのソンミンに店番を任せていた間のことなんだろう。だがソンミンは何も言っていなかった。  よって詩には「昨日のあれ」がわからない。  ちなみにソンミンもあと少ししたら出勤してくる頃だが、ともかく今はいなかった。 「すみません、昨日注文されたものはどちらでしょう?」  詩はメニューを開いて彼に渡す。  男はメニューを裏返したりまた表にしたりして検分したが、困り顔でそれを突き返してきた。 「わかりませんか。コーヒーですか?」 「多分そうだ。さっぱりしていて少しの苦みと酸味があって……」  彼は顎をなでながら、言葉をひねり出そうとしている。 「なんだろう、モカか、グァテマラか……」  詩はコーヒーサーバーに余っていたそれをエスプレッソカップに注いで差し出した。 「これじゃない」  匂いを嗅いだだけで彼は即答する。普通なら飲んでみるところだが、コーヒーの香りを嗅ぎ分けられるほどの通なのか、それとも人より鼻が利くんだろうか。  詩はしばらく頭を悩ませてから、はっとひらめいた。 「もしかしてこれですか?」  昨日詰め直したブルーマウンテンの瓶を開けた。 「少し待っていてください!」  豆を()いて()れ始めると、カウンターに座った和装男が「これだ」と頷いた。 「本当ですか?」 「ああ」  白い歯を見せて笑う彼を見て、詩もホッとする。  なんだか変な客だと思ったけれど、コーヒー好きに悪い人はいない。  それからソンミンが出勤してきて他の客も来て。店は束の間のにぎわいを見せ始める。  ガレットを焼くのに忙しくなった詩だったが、目の端には幸せそうにブルーマウンテンをすする男の姿が映っていた。 (よかったな、味のわかる人に飲んでもらえて……)  ところが……。 「ミンくん、そこに座っていたお客さんは?」  あの和装男子が忽然(こつぜん)と消えていたのだ。 「……え?」  空いた皿を下げていたソンミンが、店内を見回し眉をひそめる。 「僕はお会計してないですよ?」  コンロの前にいる詩だってそうだ。  ちなみにこの狭い店に客用のトイレはない。 「むむむ、無銭飲食!?」 「声が大きいって。他のお客さんもいるのに……」 「だって店長!」  ソンミンは汚れた皿をカウンターに放りだし、表へ飛び出す。  ガシャンという大きな音が店に響いた。

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