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第35話
「あれ、叶もか」
保健室の前で、また杉原先輩に偶然会ってしまいました。
「……?何がですか」
「タオル借りにきたんデショ」
先輩は保健室のドアをノックもせずに開けるので私は驚いてしまいました。
「しつれーします」
「本当に失礼だな」
「言うだけマシじゃない?」
「まぁ、マシだな」
先輩は迷うことなく保健室の中に入り勝手にロッカーを開けました。
「叶、なにしてんの?入っておいで」
あまりにも慣れた手付きだったので、見ていたら……私は立ち尽くしてしまっていました。
「おやまぁ!校内の潤いクン!!」
またです。なんでしょう、その『潤い』とは……。
「いらっしゃい、昨日意識のある笹倉と会えなくて残念だったから、嬉しいよ」
「……失礼します」
「童顔日本人顔にブロンズの髪、透き通る白い肌にエメラルドの瞳!!あぁ『綺麗』」
「……は?」
また……『綺麗』ですか。
そんなはずはないのですが。
(こんなにも……私は汚いのに)
「鈴木、それ叶に言っても本人に自覚ないから」
「自覚ないのっ!?勿体無い!!」
杉原先輩と同じ事を言っています。
「先生、申し訳ないのですが、タオルをお借りしたいんです」
……この沈黙は何でしょう?!
「何そのエンジェルスマイル!!タオルなんて何枚でも貸しちゃう!」
「鈴木、俺ももう一枚」
「俊に貸すタオルなどない」
「ほら、叶タオル」
杉原先輩に言われて、改めて自分が全身濡れていたことに気付きました。
少し肌寒くなってきましたし、私はタオルを受けとりました。
「お借りします」
「ん。借りちゃって、借りちゃって」
先生は何故かじっと私を見ていまます。
(珍しいものでも見ている感じがして、居辛いです)
「……」
見ないで下さい、そうはっきり言いたいですが……先生ですから言えません。
先生は壁掛け時計を見てから、溜め息をついていいました。
「もう少しこうしていたいけど、あたしは職員会議があるから行くから。あんたたちは教室に戻りなさいよ」
そう言ってから保健室を去っていきました。
(……何かおかしいですか?)
「叶なにしてんの、本当に風邪引くよ?」
「あ、はい」 私は先輩からタオルを受け取り、髪を拭きはじめました。
(杉原先輩と先生は仲が良かったんですね……)
それを感じると、私の心の奥に黒い靄がかかる気がして気持ち悪くなりました。
「何モタモタしてんの。文化祭始まっちゃうよ?」
『貸して』と先輩は私からタオルを奪うと髪を拭いてくれました。
「わぁっ……先輩ちょっと乱暴です!!」
「なぁに?結構丈夫なんデショ」
先輩の声は笑っています!!
明らかに楽しんでます。
私は少しだけムッ…っときてしまいましたが、痛くはないですし、そして嫌ではありませんでした。
(……雨だからでしょうか?)
「先輩、もういいですっ」
「ダーメ!ここにはドライヤーはないんだからね?」
杉原先輩は、何時も優しいです。
皆さんにも優しくて、それは良いことですが……私の心の奥が靄が濃くなり、ズキズギ痛むようになりました。
(なんでしょう、こんな気持ちは知りません)
こんな感じは、今まで感じたことがない感情でした。
「……杉原先輩」
「なぁに?」
「あの先生は何という名前の先生なんですか?」
『あははっ』と杉原先輩は声に出して笑います。
「先生の名前も覚えてないなんて、叶の脳ミソにビックリなんだけど!!叶は本当に天才なの?」
先輩の髪を拭いてくれる手が止まりました。
「鈴木 佑実。覚えなくていいよ」
一応教えるけどね、と付け足してます。
「何故覚えなくて良いんですか?」
『先輩と親しいなら覚えたいです』……そう言おうとしたら、
「アイツは『ビッチ』だから、叶が狙われたら気が気じゃない。」
「……びっち……ですか?何ですかそれは」
先輩はまた困ったような笑顔でした。
「叶は知らなくていいの、そんな言葉」
「何故ですか?」
「叶、アイツ……鈴木に呼び出されても、ついていかないでね」
私は意味がわからずに、杉原先輩を見上げました。
「先生に呼び出されたら行かないと行けないんですよ?」
「アイツは別!……アイツに呼び出されたら、俺に言って。一緒に行くから」
まぁ……よく分からないですが、先輩と一緒ならいいのであれば。
そうすることにします。
「叶、着替え持ってないデショ」
そうでした。
「あ、はい」
そんなことも考えずに自ら雨に濡れるなんて、とんだ失態です!!
「はい、これに着替えて」
渡されたのは三年生のジャージでした。
ということは……。
「杉原先輩のジャージですか?」
「あれ?俺のじゃ嫌なわけ?」
不満そうな声が面白くて、また可愛らしく思えて、内心笑ってしまいました。
「そんなに臭い?」
クンクンと匂いを嗅ぐ先輩はなんだか犬みたいで本当に可愛らしいです。
ですが……。
「借りれません!!先輩の着替えるものがなくなってしまいます!」
「でもね、『可愛い』後輩が風邪でも引いたら俺が嫌なの」
『可愛い』……先輩は何も感じてないみたいですが、なんとなく私は顔が熱くなるのが分かりました。
(『可愛い』ですか?私が?!)
杉原先輩はというと、なにやらあちこちロッカーや棚や引き出しを探り始めました。
「先輩!!……勝手に探ったら駄目ですよ!」
「いやね、鈴木のことだから予備の着替えの一つや二つあるかなって」
一番奥のベッドの影にあった箱を見付けると、先輩はためらいめなく、出して箱を開ける
「……やっぱし?」
そこにはTシャツにジャージのズボンが入っています。
色は、今年度の三年生の色でした。
「……俺のより小さいか。しょーがない、叶がこっち着て」
『はい』、と手渡されます。
「良くないですよ。勝手に着たりしたら駄目です。」
「良いの!どうせろくなことに使ってないんだろうから」
杉原先輩は保健室の内鍵を閉めてから、
「ほら、着替える!」
直ぐにブレザーを脱ぎはじめた。
私はどうも先輩の自分より逞しい体つきが気になって見入ってしまっていました。
「……何?叶、俺の身体が気になるの?」
『叶のえっちー!!』先輩はと言いましたが、隠す気もないように着替えていきます。
「まぁ一応。昨日力が強かったので、多分抵抗しても無駄なくらい力の差があるんだろうなって、男としての憧れが……」
「あれ?そんなこと言っちゃう?そのうち……襲っちゃうかもよ?」
「っ!!……着替えます」
なんだか恥ずかしくなってきて私もブレザーのボタンを外しました。
チラッとみた先輩の体は筋肉が付いていて綺麗だったけれど、背中に引っ掛かれたような傷痕がありました。
(喧嘩の傷痕でしょうか……)
もう少し自分の身体を大切にして欲しいです。
杉原先輩は早々と着替えを済ませて、濡れた制服を適当に丸めてしまいました。
「駄目ですよ、先輩!制服は着て帰らなくてはいけないんですから、ハンガーをお借りして干しておきましょう?」
「いいじゃん、そのまま帰れば」
「駄目です。登下校は必ず制服って決まってます!!」
『叶は頭カタイよ』とベッドに座り込む杉原先輩は、先程の私のように着替えているのを見てくきます。
(……何故でしょうか、視線が気になります)
そうです、ですから先輩も着替えを見られるのに抵抗があったのですね!!
「叶は思っていたより肌の色が綺麗なんだ」
「あの、……あまり見ないでもらえますか」
先輩はにっこりと笑顔で、
「どして?さっき俺が着替えてたとき、ちょー見てたデショ?」
うっっ、気付いていたんですね……。
「あんまり見られたくなかったな、背中の傷痕は」
またあの困ったような笑顔です。
「男の勲章じゃないんですか?」
「……そうだと思う?」
……?
違うのでしょうか?
「サイテーな男の勲章かもよ?でもこの傷痕なら近いうちに叶に俺に刻みつけて欲しいな」
「私は痛いことはしたくないです」
「じゃあ『キモチイイコト』はしたいね」
……?
「まぁ、痛くないならそうですよね」
「それには乗り越えてもらわなきゃいけないことがあるけどね?」
今日の先輩は表情がコロコロ変わります。
着替えを済ませて、ハンガーに制服をかけてから、教室に戻ろうとしたときに気が付きました。
「そういえば、先輩は今日執事やらなくていいんですか?」
「このキズじゃ客なんて呼べないでしょ」
口元のキズですよね? 確かにそうかもしれません。
「叶は?」
「……昨日のことがあったので、大人しく保健室に待機してとしか先生に言われていなくて」
「そ、じゃ今日は一緒にいれるかも?教室まで迎えに行くから、保健室じゃなくて教室の裏方で待機せよ!」
そう言ってから、杉原先輩は保健室の内鍵を開けました。
「……」
「叶行くよー?」
一年生とは色違いのジャージのせいで……足が教室に向かいにくいです。
「……どした、叶?」
ここは素直に話してしまいましょう。
「三年生のジャージで教室に戻るのが気が引けるというか……」
「保健室の着替えを借りたんだからそれでイイでしょ。あ、でも待った。そのTシャツ薄すぎるから」
杉原先輩は着ていたジャージの上着を脱いで、
「これ着てて」
「いいです、先輩が風邪引いてしまいます!!」
私は勢いよく突き返すけれど………。
「俺は代謝いいし、暑いもん。これはセンパイ命令!!」
……これは先輩の優しさなのでしょうか?
(よく分からないです……)
「あと、教室に戻っても大丈夫なオマジナイしておこうか」
杉原先輩の顔が近くなってきたので、キスされると咄嗟に唇を手で隠しました。
すると先輩は私の耳元で囁きました。
「……キスすると思った?叶は『可愛い』ね」
え?
先輩は首筋に唇を這わせてから舌で舐めました。
「ンぅ……ゃあっん」
最後に吸い付かれました。
「……痛っ!!」
「あれ痛かった?ゴメンね、叶」
「先輩!なにしてるんですか?!」
「気持ち良くなかった?」
「……?くすぐったくて、最後痛かったです」
先輩は今自分が吸い付いたところを見てから、
「あれ……加減間違えたかな?これじゃ一週間は消えないかも」
『叶は肌の色が白いからなぁ』と、また困ったように笑ってます。
そして、一言。
「叶」
「はい?」
「ジャージ、絶対に脱いだら駄目だよ?」
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