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前編

 夜の公園を、熟帰りの和弘は1人足早に歩いていた。  中学では帰宅部で、学校が終わると塾へ行っている。  いつもはここまで遅くはならないのだが、今日は抜き打ちテストがあり、その補習もあったため遅くなってしまったのだ。  勉強はそれほど苦にはならないが、塾で毎日帰りが遅くなるのはストレスが溜まる。  次の休みには、友人と遊ぶ約束をしていた。  友人にはいつもストレスが溜まると遊びに付き合ってもらっている。  遊びと言ってもまだ中学生なので、ゲームセンターに行くか、自宅か友人宅でゲームをしたりDVD鑑賞をする程度の健全なものだ。  怖いのを我慢して、薄暗い街灯が照らす歩道を歩く。  両脇は等間隔で背の低い木が並んでいる。  その向こうは芝生になっているが、今は真っ暗で何も見えなかった。  なるべくわき目を振らず、足元を見つめて歩く。  ふと顔を上げると、前方から誰かが歩いて来るのが見えた。  段々と距離は縮まり、相手の姿がはっきりと見えるようになる。  スポーツウェアの男だ。  キャップを目深に被っていて顔はよく見えない。  しかしわりと若い男である事はわかった。  和弘は男と目が合わないように視線を下げる。  そしてそのまますれ違う筈だった。  ところが。  すれ違うかと思った男が和弘の前に立ちふさがる。  声をあげようとしたら口を塞がれた。  そしてそのまま歩道の脇に引きずられてしまう。  暗がりに連れ込まれると、芝生の上に押し倒された。 「や、な、何す⋯⋯っ」  抵抗しようとするが、両腕を押さえつけられ動けない。  恐怖で声もまともに出せなかった。  男の顔は見えない。  がたがたと震えていると、男が顔を近付けてきた。  思わず目を閉じると、唇に温かいものが触れる。  そしてぬるっとしたものが唇をこじ開けて口内に侵入してきた。  それは和弘の口の中を蹂躙する。  恐怖でパニック状態になりつつある和弘には、自分が何をされているのか理解できなかった。  やがて男は顔を離す。  和弘は焦点の合わない目で男を見ていた。 「ストレス溜まってるでしょ。気持ち良くしてあげる」  男は楽しげな口調でそう言うと、和弘の服を脱がし始める。  まだパニック状態の和弘は抵抗する事無くされるがままになっていた。  肌を男の手が直に撫で回して、初めて我に返る。  しかし、抵抗しても男はびくともしない。 「あっ、や、いやぁ⋯⋯」  男の指が胸の突起をつまむと、和弘の口から声が漏れる。  くすりと笑い、男はそこを執拗に弄んだ。  段々と硬くなってくる突起を、今度は舌で転がす。 「や、何して⋯⋯あ」  男の行動が理解できず、和弘は弱々しくも抵抗した。  そんな抵抗などで男が止める訳もなく、散々弄ばれたそこは赤く色付いている。  男はそこを弄るのを止め、今度は和弘の下肢に手を伸ばした。  ズボンは既に脱がされており、白い太腿が露になっている。  大きな手の平が太腿を撫で回した。  ぞくぞくとした感覚が和弘の背中に走る。  足をばたつかせてみても、男は撫でるのを止めない。  やがて男の手が下着にかかった。  ゆっくり下ろされて、和弘はこの男が何をしようとしているのか、おぼろげながらに理解してきた。 「や、やだっ、やめてっ」  急いで股間に手をやるが、あっさりと男に掴まれて外される。  そして抵抗空しく下着は引き下ろされてしまった。  まだ幼い中心が晒される。  和弘は羞恥に顔を真っ赤にしながら男を睨んだ。  しかし男は楽しそうにくすくす笑うだけだ。 「可愛いね」  男はそう言って、和弘の中心を指で弄ぶ。 「あっ、やっ、触っちゃだめっ」  和弘は何とかして掴まれた手をほどこうとした。  しかし男の手は緩まない。  もう片方は和弘の中心を弄んでいる。  段々と、和弘の中心に熱が集まってきた。  硬さも増してくる。  男はゆるゆるとそれを扱いた。  和弘は泣きそうになりながら抵抗するが、中心は段々と勃ち上がってきてしまう。  やがて男が手を離しても、そこはしっかりと勃ち上がったままふるふると震えた。  再び、男がくすりと笑いを漏らす。 「やだぁ⋯⋯」  自分の股間が他人の手によって反応させられた事がショックで、和弘はとうとう泣き出してしまった。  しかし男は泣いている和弘などおかまいなしに、屹立に唇を寄せる。  小さな欲望に舌を這わせれば、和弘は喉の奥で小さな悲鳴をあげた。 「んっ、あっ、やめてぇ」  男が自分のものを口に含んだ途端、体がびくんと震える。  抵抗してみても、体に力が入らなかった。  そうしている間にも男の舌は和弘の中心に絡みつき、射精を促すように鈴口を突付かれる。 「や、出ちゃう、も、やめてっ」  射精感が強くなり、和弘は必死で男の頭を離そうとした。  しかし男はびくともしない。  相変らず舌を絡められ、今まで感じた事のない快感で頭がぼうっとしてくる。 「あ、出るっ、ああっ」  やがてびくりと腰が震え、和弘は男の口内に精を吐き出してしまった。  男はごくりとそれを飲み込むと、静かに口を離す。  そしてまだ出きっていない精を搾り出すように和弘のものを扱いた。 「あっ、や、やぁっ」  和弘は再び腰を震わせる。  男は指についた白濁を、和弘の後孔に持っていった。  小さな蕾に、その白濁を塗りつける。 「ひっ」  和弘はその感覚に悲鳴をあげた。  体を捩って抵抗するが、射精したばかりの体は中々力が入らない。 「もっと気持ち良くしてあげるよ?」  男は楽しげに言うと、後孔へ人差し指をつぷりと差し込んだ。 「やぁっ」  今まで感じた事のない異物感に和弘は涙を流す。  男の指は白濁の滑りを借りてそのまま根元まで入り込んだ。  狭くて熱い内部でゆっくりと指を動かす。  その度に和弘の体はびくびくと震え、内壁が指を締め付けた。 「あ、んっ、ああっ」  男の指が後孔を行き来する度、和弘はふるふると頭を振って声をあげる。  段々と感覚が変わってきた。  ただの異物感だけでなく、微妙な快感も湧き上がってくる。  やがて男が指の数を増やしても、その感覚は変わらなかった。  異物感と排泄感と快感が混ざり合った、よくわからない感覚。  その異物感と排泄感も段々と快感に変わってくる。 「やっ、あぁっ」  そして男の指が前立腺を擦りあげた時、和弘の体が大きく跳ねた。  熱を解放して力を失っていた中心が再び熱を持ち始めてくる。  男はくすりと笑うと、更に指の数を増やして後孔を犯した。  異物感も排泄感も既に快感になって、和弘の体を震わせる。 「あぁっ、何か変、やめてぇ」 「気持ちいいでしょ?」 「や、わかんな⋯⋯ああっ⋯⋯んっ」  執拗に前立腺を擦られ、頭が真っ白になった。  触られてもいないのに和弘の中心は再び硬さを持って勃ち上がっている。  犯されている後孔からは粘着質な嫌らしい音がしていた。  男が指を動かす度にくちゅくちゅと音が漏れ、和弘の耳にもそれが入る。 「気持ちいいって、言ってごらん?」  男は優しく和弘の耳元でささやいた。  同時に前立腺を擦りあげる。 「あ、ああっ、気持ちっ、いいっ、んぁっ」  体をびくびくと震わせながら、和弘は言われた通りに口にした。  強すぎる快感で、思考も麻痺しかけている。  見ず知らずの男にこんな目に遭わされているという恐怖や羞恥よりも、快感が勝ってしまっていた。 「可愛いね」  男は楽しげにつぶやくと、和弘の首筋に唇を寄せる。 「あっ」  首筋に吸い付かれ、和弘は喉を仰け反らせた。  相変らず後孔は指で犯されている。 「そろそろ、指だけじゃ物足りないんじゃないの?」  男がそう言って、指を引き抜いた。  和弘の後孔がひくひくと震える。 「ぁ⋯⋯」  言われたように物足りなさを感じてしまい、和弘は切なげな息を吐いた。  指が抜かれたそこは、まだ快感を求めてひくついている。 「もっと太いものが欲しくない?」  男が、既に塞がらないくらいに解されたそこを指で撫でる。  和弘の腰が震えた。 「欲しいって言ってごらん?」 「ん、欲しぃ⋯⋯」  刺激を与えられていない屹立から透明な液を溢れさせ、和弘は腰を揺らす。  もう快感を与えられる事しか頭にはなかった。  早くこのもどかしさをどうにかしてほしい。  男は楽しげに笑いを漏らすと、パンツの前をくつろげて既に硬くなっている自分のものを取り出した。  和弘の先走りを指に絡め、自分のものに塗りつける。  そして和弘の膝を抱えると、後孔に自分のものを押し当てた。  ゆっくりと自身を埋め込んでいく。  しっかり解れていたため、抵抗なく飲み込まれていった。 「あ、あ⋯⋯」  和弘が切なげな声をあげる。  男のものが全て和弘の中に納まると、和弘は大きく息を吐いた。  指よりももっと太いものが和弘の中を一杯にしている。  恐怖や羞恥は既に麻痺しており、そこから生まれる快感だけが和弘を支配していた。  男がゆっくりと腰を使い始めると、繋がった部分からは先ほどと同じ粘着質な音が漏れる。 「あっ、んっ、ああっ」  段々と動きが激しくなるにつれ、和弘の声も大きくなる。  指よりも更に奥を犯され、その快感に和弘は激しく首を振った。  内臓を突き上げられるような感覚に、触られてもいない前から白濁が吐き出される。  それでもまだ硬さを失わないそこは男の動きに合わせて震えていた。  男は意識を飛ばしかけている和弘を抱え上げると、今度は自分が仰向けになった。  和弘は男に馬乗りになるような体勢にさせられ、困惑気に瞳を揺らす。 「自分で動いてごらん」  男は自分では動かないまま、和弘に声をかけた。  最初は戸惑っていた和弘だが、男が動かないので仕方なく自分で動く。  腰を浮かせては、体重に任せて落とす。  最初の体勢よりも男のものが奥まで届くような感覚に、和弘は半ば夢中になって腰を動かしていた。  男が楽しげに和弘の嬌態を見つめる。  相変らず被っているキャップのせいで和弘からはほとんど顔が見えない。  それでも見える口元や鼻筋からして、男がかなり整った顔である事はわかった。  そのうち和弘は、自分の感じるポイントがわかってきた。  男のものがそこに当たるように、角度を変えて腰を動かしてみる。 「ん、あっ、ん、んっ」  動きに合わせて、知らず声が漏れる。  段々と早くなる動きに、男が笑みを浮かべた。  不意に、男が腰を浮かせる。  予期せぬ動きに、和弘は体をびくりと跳ねさせた。 「ああっ」  和弘の屹立から白濁がぴゅっと吐き出される。  男は再び体を起こすと、繋がったままで和弘の体を反転させた。  そのまま四つん這いになった和弘を後ろから攻め立てる。 「あっ、あぁっ」  和弘が喉を仰け反らせて声をあげた。  男の動きに合わせるように白濁が吐き出される。  段々と動きが激しくなり、やがて男は低く呻いて和弘の中に欲望を吐き出した。  内壁を刺激され、和弘もまた精を吐き出す。  男はまだ和弘を解放しようとしない。  和弘の後孔が収縮するのに刺激を受け、再び硬度を取り戻してくる。  体内でそれを感じ取った和弘は、再びあの快感を与えられるのかと無意識に腰を振っていた。  何度も吐精したにも関わらず、中心は再び熱を持ち始める。  和弘のその様子に男がくすりと笑いを漏らした。  男が和弘の中心に指を絡めると、白濁の液がとろとろと溢れる。  やがてそれは透明な粘液に変わっていった。 「また硬くなってきたよ。そんなに気持ちいいんだ?」 「あ、あ、気持ちいい⋯⋯っ」  恍惚とした表情で、和弘は無意識に腰を揺らし続けていた。 「僕のもまた元気になっちゃったから、もっと楽しませてもらおうかな」  男はそう言って和弘の腰を掴むと、和弘の体を横向きにした。  片足だけを肩の上に乗せるようにして、角度を変えて突き立てる。 「ひ、あ、あぁっ」  先ほどとは違う部分を抉られ、和弘は掠れた声をあげた。  快感に酔い過ぎて、息も絶え絶えな喘ぎ。  目は焦点が合っておらず、宙を泳ぐ。  それを見つめる男の口元は楽しげに微笑んでいる。  がくがくと揺さぶると、和弘の中心から滴る蜜がぱたぱたと地面に落ちた。 「あんっ、あ、あっ」  揺すられる度に掠れた喘ぎがあがる。  濡れた音を出す結合部からは、先ほど男が吐き出した白濁が漏れていた。  男が腰を動かす度にかき出される様にとろとろと滴り落ちる。 「やらしい眺めだね」  和弘の大きく開かれた股を見つめて、男は楽しげにつぶやいた。  男の声などもう和弘の耳には入っていない。 「でも、そういうの好きだよ」 「はあっ、んんっ」  耳元で囁かれても、それは言葉として頭に入って来なかった。  吐息が耳をくすぐって快感を煽るだけだ。  何度も絶頂を迎え、体は力が入らず弛緩しきっている。  それなのにまだ感じる快感が頭を真っ白にする。  男は楽しげな笑みを浮かべたまま和弘の様子を眺めていたが、少しだけ笑みを消すと、腰を強く動かした。  既に溢れている和弘の中に、再び欲望を叩きつける。 「ひ、あ⋯⋯っ」  その刺激を受けて男を受け入れている内部が収縮した。  全てを搾り取るかのような蠢きに、男は小さく唸る。  和弘の中から自身を引き抜くと、後孔からは白濁が流れ出ていた。 「失神しちゃったね」  気を失った和弘を見て、男は困ったようにつぶやく。  しかしその口元は楽しげに笑んでいた。      和弘が目を覚ますと、そこは何故か見慣れた自分の部屋だった。 「何で⋯⋯?」  時計を見ると0時を大幅に過ぎている。  公園に入ったのは夜10時前くらいだった筈だ。  男に襲われて、気持ち良すぎて意識を失ったところまではおぼろげに覚えている。  しかし、それから自分で帰った記憶はない。  夢遊病者のように無意識に帰って来たのだろうか。  考えてみてもわからなかった。  それにしても、体中が痛くてだるい。  体力テストの後でもここまで疲れた事はないだろう。  和弘はぼうっと天井を眺めた。  最初は怖かった。  しかし、途中から気持ちいい事しか頭になかった気がする。  自分で自分が信じられなかった。  見ず知らずの、しかも男の人にあんな事されて、それが気持ち良かったなんて。  おかしくなりそうな思考に陥りつつ、そのうち和弘はそのまま眠り込んでしまった。  翌日。  和弘は目が覚めてもまだベッドでごろごろしていた。  学校は休みだ。  だからベッドでごろごろしていても問題はない。  しかし、和弘がベッドから起き出さない理由はそれだけではなかった。  腰がだるくて、力が入らないのだ。  明け方にトイレに起きた時など最悪だった。  和弘の部屋は2階だが、トイレは1階にしかない。  しかしまともに立つ事さえもできない状態で、そう簡単にトイレに辿り着けなかった。  這いずりながらトイレに着いた頃には我慢も限界になっていたほどだ。 「あんな事されたから、腰が立たなくなっちゃった⋯⋯」  疲れたようにため息をつく。  昨夜の、あの行為は一体何だったのか。  ああいう行為は男女がするものだとばかり思っていた。  だが自分は男だし、相手も男だ。 「男同士でもできちゃうんだ⋯⋯」  昨夜の事を思い出す。  スポーツでもしているのか、あの男は細身のわりに力が強かった。  そして。  おかしくなりそうなくらい気持ち良かった。  思い出しただけで、股間が熱くなってしまう。 「どうしよう⋯⋯」  和弘は勃ち上がりかけている股間を押さえた。  今日は、クラスメイトの雅士の家に遊びに行く約束をしている。  もし雅士の家でこんな事になってしまったら。  それとも、昨夜の事を雅士に話そうか。  見ず知らずの男にあんな事されて気持ち良くなってしまった自分は、おかしいのか。  あの行為を思い出しただけで股間が熱くなってしまう自分は、おかしいのか。  雅士に話したら、雅士はどんな反応をするだろう。  慰めてくれるのか、軽蔑するのか。  軽蔑されるのは嫌だ。 「誰にも話さない方がいいよね⋯⋯」  結局どうする事もできなかった股間を撫でながらつぶやく。  下着の中に手を入れて直接触れると、先端からぬるぬるしたものが出始めていた。  どうしようもないので、仕方なく扱き始める。  同級生たちは、わりと頻繁に自慰をしているらしい。  水泳の時間に更衣室で話しているのを聞いた事がある。  しかし和弘は今まで自慰行為というものをほとんどした事がなかった。  朝、生理現象で勃ち上がっていても、触った事がない。 「ん、ん⋯⋯」  ゆるゆると自身を擦りあげる。  先端から溢れる粘液で全体がぬるぬるして、それなりに気持ち良かった。  段々と動きを早めて解放に導く。  やがて和弘のものは白濁の液を放った。 「⋯⋯汚しちゃった」  少々自己嫌悪に陥りながら、汚れた手の平を見つめる。  しかしすぐにティッシュを取って拭うと、さっさと着替えた。  立ち上がる時に膝に力が入らなかったが何とか歩けそうだ。  汚れた衣類を小脇に抱えて部屋を出る。  階下に下りると、リビングで人の気配がした。  おそらく母親だろう。  和弘は忍び足で脱衣所へ向かい、洗濯かごに衣類を放り込み、ついでに洗面所で手を洗う。  そしてリビングへ行くと。 「あ、和弘。起きたのね」  やはり母親がいて、和弘を見ると安心したようにほっと息をついた。 「あの、昨日、僕⋯⋯」  和弘は自分がどうやって帰って来たのかを聞きたくて母親を見つめる。 「昨日あんた、公園のベンチで眠り込んでたんですって。雅士君のお兄さんがわざわざおぶって連れて来てくれたのよ。今日、雅士君の家に行くんでしょう?ちゃんと雅士君のお兄さんにお礼言っておくのよ」 「え?雅士のお兄さん?」  和弘は母親の言葉に目を見開いた。  雅士は中学に入ってから仲良くなった友人で、兄がいるのは知っていたがほとんど面識はない。  遊びに行った時に一度だけ顔を見て挨拶した事があったが、顔もほとんど憶えていない。 「塾のせいで睡眠不足だった?疲れてるなら無理して塾に行かなくていいのよ?」  母親は心配そうに和弘の顔を覗き込む。 「あ、だ、大丈夫だよ。ちょっと夜更かししちゃって疲れがたまってたのかも」  和弘は咄嗟にそう答えた。  ベンチに座った記憶はない。  雅士の兄は本当にベンチで眠り込んでいる自分を見つけたのだろうか。  確か雅士の兄は大学生くらいの筈だ。  気を失っている和弘の状態を見て、和弘がどんな目に遭ったのか気付くに違いない。  そもそも、和弘は雅士の兄の顔を憶えてないのだから、雅士の兄もこちらの顔なんて憶えていない筈だ。  なのに雅士の兄は自分を雅士の友達だとわかった上で背負って家まで運んでくれている。  そもそも雅士の兄が自分の家を知っているとも思えなかった。  どういう事なのかわからなかった。 「体調がおかしかったらすぐに病院に行かなきゃいけないから言いなさいよ?」  和弘の返事に、母親は心配そうな顔のままそう言った。  雅士の兄が母親にどう説明したのかはわからないが、和弘の想像するほど心配している訳でもなさそうだ。  それはそれで、深く追求されなくて良かったとほっとした。  そしてこれ以上追及されても困るので、和弘はさっさと食事を摂ると家を出る。  雅士の家は歩いて10分ほどの所にあった。  何をして遊ぼうかと思いを巡らせながら歩く。  途中、昨日の公園の前を通り過ぎた。  昼間ではあっても、昨日の事を思い出すと体が震える。  恐怖のためか、それとも強すぎる快感を思い出したためかはわからない。  ただ、背筋がぞくりと震えた。  さっさと雅士の家に行こう。  昨日の事なんて忘れてしまおう。  あと、雅士の兄にはお礼を言っておかなくては。  そして、もし自分がどんな目に遭ったのか気付いているのなら。  口止めもしておかなくては。  和弘は色々と考え事をしながら早足に歩き続けていた。  やがて雅士の家に到着する。  チャイムを押すとすぐに雅士が出迎えた。  親は留守にしているようで、誰とも出会わずに雅士の部屋に通される。  適当に座って、一息ついたところで雅士に訊いてみる事にした。 「ねえ雅士」 「ん?」 「雅士のお兄さん、今日いる?」 「部屋にいると思うけど。どうした?」  雅士はきょとんとした顔で和弘を見つめる。  どうして和弘が自分の兄の事を訊くのかわからないといった顔だ。  和弘は雅士に昨夜の事を説明するのに、塾の帰りに公園のベンチで休憩してそのまま眠り込んでしまったらしい、と嘘をついた。  それを家まで背負って運んでくれたのが雅士の兄だったのだと。  お礼を言いたいと言うと、雅士は兄を呼んで来ると言って部屋を出て行った。  そして戻って来た雅士と一緒に部屋に入って来たのは、雅士と良く似た整った顔の青年だった。 「こんにちは。雅士の兄の聡士(さとし)です」  青年はそう言ってにこりと笑う。 「あ⋯⋯」  和弘は一瞬目を見開いた後、聡士を凝視した。  見覚えのある鼻筋に、微笑んだ唇。  聞き覚えのある声。  昨夜、公園で自分にあんな事をしたのは聡士に間違いない。  和弘は聡士を見つめたまま、動く事ができなかった。  そんな和弘を見つめる聡士は、楽しげな笑みを浮かべて近付いてくる。  そして動けないでいる和弘の耳元に口を寄せると。 「ストレス溜まったら僕の所においで」  そう囁いてから自分の部屋に戻って行った。  後には呆然とする和弘と、状況が飲み込めずに首を傾げる雅士が残されていたのだった。       終。

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