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第37話

「は……、ん、ん、」  素顔になった椿を晴臣は再び抱きしめて、激しく口づけた。宿のときと同じがむしゃらなそれに、今の今まで抑制していたのだと知る。  あ、あれで  これからどんなことをするのか、考えただけで大きなうねりに飲み込まれそうになる。  まるで、椿のそんな戸惑いを笑うかのように、晴臣のリンスでぬらぬらと濡れた手は、椿の細い体中をまさぐった。 他人にただ触れられることだってそうなかった体だ。 ときおりくちゅりと淫猥な音が上がると、それだけで耳から感じてしまう。晴臣の言う通り、耳が弱い。そんなことも知らなかった。自分のことなのに。  貧相に薄い胸板なんて、そんなふうに触ってなにが楽しいのかと思うのに、晴臣の指先からは興奮と弾むような喜びが伝わって来て――戸惑う。 「ん……っ」  腰のラインをするりと撫でられ、声がまた自分では聞いたことのない高さで跳ねる。 咎める者もいないのに、羞恥で赤くなったり青くなったりしていると、晴臣の気配が動いた。  背中に感じていた熱が遠のき、一抹の寂しさがよぎる。  それも束の間のことだ。  椿の足元にしゃがみこんだ晴臣は、節まで美しい指で双丘を鷲掴みにすると、ぐっと押し広げた。 「――、!!」  あまりのことに声も出ない。  晴臣はやさしい手つきで、しかし容赦なくそこを広げ、じっと凝視してくる。  かろうじて声を絞り出した。 「な、なにす……っ!」 「なにって、ほぐさないと挿入らないから」 「ほぐ……っ、は……」  経験がないながら、もちろん、そこを使うことは知っている。準備をしないといけないこともわかってはいる。  言ったそばから、晴臣はぺろりとそこを舐めた。 「…………っ!!!!」  今までだって死にそうだったのに――それは快感を通り越した衝撃。 「やめ……っ!」 「じっとして」  じっとって、じっとって――まるで子供のように命じられた言葉を反芻しているうちに、晴臣は再びそこに舌を這わせてくる。  あろうことか、耳殻を犯したときのように、ぬらぬらと嘗め回されて、椿の瞳は涙で濡れた。眼鏡があろうとなかろうと、なにも見えはしない。 「あっ、あっ、や、」  スポーツセンターのシャワーブースは、タイル張りの小さな正方形のスペースが一か所だけ小さく口をあけたような作りになっており、音が響く。  晴臣の息遣いと、ひちゃひちゃという淫らな音が堪えがたくなって、椿は再び叫んだ。 「ほ、ほぐすなら、それ――」 「それ?」  訊ねる声もあらぬ位置から聞こえて、卒倒しそうになる。が、ぐっとこらえていると、察しのいい晴臣は「ああ」と応じた。 「リンスとかシャンプー使うと、別の意味で昇天しちゃうらしいんで、だめですよ」 「そ、そうなのか……?」  いよいよ進退窮まってしまった。不安な気持ちが顔に出てしまったのだろう。晴臣は立ち上がり、指先で椿の細い顎を持ち上げる。 「そんな顔しないで、椿さん」  晴臣まで悲し気に瞳を曇らせる。ああ、そんな顔をさせてしまった。この、太陽みたいな男に。そう思うと、きゅっと胸の辺りが切なく縮む。 でも不安があるのも本当で、世のカップルはこんなときどうしてるんだ、と思う。 〇ね、と罵ってはいたけれど、こんな不安、こんな葛藤、こんなみっともなさを乗り越えて「付き合う」ということを成立させているのなら、自分よりよっぽど人間の器が大きい。 ぐるぐると思考を彷徨わせる椿をよそに、晴臣は不意にほほ笑んだ。 「――よくしてあげるから」 「え、」  晴天から突然の雷雨みたいな、艶めいた笑みに戸惑っているうちに、再び壁に向かわされた。双丘をさっきよりも乱暴に割り――濡れた舌が中まで入り込む。 「あ!? や、な、なに……っ!」  応じる声などない代わりに、体内で蠢くものを感じる。 「集中して、」 「しゅ……っ!」  集中って、これに? こんなに熱くて、蠢いて、淫らな――晴臣の舌に?  かつて感じたことのないものが、くちくちと隘路をわけいってくる。狭い道をこじ開けるための動きはひどく淫猥で、椿から整然とした思考を奪っていく。  舌先は容赦なく穿たれた。 「ああ……ッ」  立っているのも限界で、椿はシャワーヘッドの根元にすがりつく。背はしなり、おのずと腰を突き出しているような格好になってしまった。敏感な個所に晴臣の淫靡な笑みを含んだ吐息がふっと触れた気がし、沸騰しそうなほど頬が熱を持つ。  熱を持っているのは、他の場所もだった。 耳を犯されただけで感じてしまっていた乳首が、じんじん痛みを持っている。 「ん……ッ、――」  ぐに、と一層入り込んだ晴臣の舌の快感で身をくねらせた拍子乳首が壁に擦れて、痛みの正体が快感なのだと気づかされてしまう。  溺れるようにこうべをめぐらせたとき、目に入った胸の突起は、さっき塗り付けられたリンスをまとってぬらりと薄紅色をしていた。  物欲しそうに。  そんなふうに立ち上がっている様を、自分でも初めて見る。  まとっていたリンスが、たら、と先端から垂れた。  冷え切っていたはずの体が熱くて熱くて、眩暈がする。  晴臣の舌は、さらに奥までくちくちと入り込んできた。 「や、……ッ!」  逃げを打った瞬間、胸にもちりっと痛みが走った。もう正体を知ってしまっている。濡れた胸がタイルの壁に触れる――それは紛れもなく快感だった。  はしたない衝動に身を浮かせれば、晴臣が双丘を割る指にぐっと力をこめる。 「逃げないで」 舌が入り込んで来る。その愉悦でまた伏せると、胸はぴったりタイルに押し付けられる。 「――――、」  ごくりと喉が鳴った。  少しずつ雲の沸く空のように、じり、じりと自分の中に淫らな感情が生まれるのを感じる。 怯えながらからめとられ、椿は晴臣の舌の動きに合わせてそっと乳首をタイルにこすりつけた。 しなった背に気を良くしたのか、晴臣の舌の注挿はいっそう激しくなる。  その激しさに身をゆだねると、ひんやりしたタイルに乳首がこすれた。  ひ……っ、  悲鳴をあげたのは、胸の中でのことだったのに、まるでそれが聞こえたかのように晴臣が面を上げる。 「すっごい眺め」 「――ッ!」  死ねる。今なら恥ずかしさで。 「ああ、やめないで。俺的にはご褒美ですから。……椿さんが躰に正直になってるの、凄く可愛い」  さらに死にそうに恥ずかしいことを告げながら「俺はこっちをほぐすのが忙しくて触ってあげられないから……続けて?」と促してくる。 「む、むり……」  淫らな欲望をすべて見透かされた上に、もっとしろ、だなんて。 「無理じゃないです。ね」  して? という響きは妙に可愛らしい。要求されていることは淫ら極まりなく、受け容れるまで一歩もひいてはもらえないのだと、わかっているけれど。 「…………」  目を伏せると、睫の先にたまった涙がほろりと落ちた。 「ね?」 再度促され、おずおずと、小さなタイルの壁に胸をつける。つる、と甘く香るリンスが滑る。 次の瞬間にはもう、淫らに背をくゆらせていた。

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