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第15章 第2話(6)
フェリスには、顧客の要望に応じて効能をカスタマイズできる手法が取り入れられている。群司が入手した廉価版にもアンチエイジングや知力向上、身体機能の活性化など、いくつものタイプが出まわっていた。藤川に使われたのは、筋力増強をメインとした運動能力を向上させる仕様のもの。神経を興奮させ、良心や道徳心といったものを麻痺させて残虐性と闘争心を増大させる作用もあったと思われる。
さまざまな効力を観衆に披露するため、如月に使用されるのは別のタイプのものである可能性が高い。だがいずれにせよ、あれほど即効性のあるものを体内に取りこんで、被験者にされる人間が無事でいられるはずもなかった。
如月が舞台に上げられるまえに、なんとしても助け出さなければ。
ただその思いが群司を突き動かした。
ロビーに出た群司は、ざっと周辺を見渡して劇場わきの通路を進んだ。手前にトイレや化粧室が設けられているが、その奥は『PRIVATE』と記されたスタッフ通用口の扉によって行く手を阻まれている。ドアノブに手をかけると、本来なら施錠されているはずのドアが呆気なく開いた。そこに、罠の匂いを嗅ぎとった。それでも、このまま引き返すことはできない。群司は意を決して、通用口の奥に足を踏み入れた。
扉の向こう、前方に伸びる廊下はさほど長くなく、すぐ左手に階下へ向かう階段があった。そこを降りていくと、人気のない長い廊下に沿っていくつもの扉が並んでいた。おそらくこのフロアが、出演者のための控え室や機材置き場となっているのだろう。
群司は静まりかえった通路を慎重に進みながら、いちばん手前のドアをそっと開け、中を覗きこむ。いかにも楽屋といった雰囲気の部屋で、中央に椅子やテーブルが置かれ、壁際に大きめの鏡が設置されているが室内にはだれもいない。ふたつめ、三つめの扉も同様で、スタッフ用のトイレを挟んで五つめが物置。そしてさらにその奥に進もうとしたところで、六つめの扉が唐突に開き、中から黒服の男たちが飛び出してきた。
構えるまもなく群司は彼らに捕らえられた。
扉の向こうにはさらに別の細い通路がつづいており、黒服に両わきを固められながらその先に連行される。ほどなくたどり着いたのは、通路の突き当たりにある部屋のまえ。男のひとりが、そのドアを開けた。
「いらっしゃい、八神くん。お待ちしていたわ」
部屋の中央に置かれたアンティーク調のカウチソファーに悠然と座る、天城瑠唯の姿がそこにあった。
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