2 / 11

第2話

 俺の名前は貴澄(きすみ)、目の前で気を取り直したように弁当を食べ始めたのは高校に入ってからできた俺の親友、琥太郎(こたろう)だ。  初めて彼の話を聞いた時には驚いた、何故ならその夢は自分が幼い頃から見続けていた夢ととてもよく似ていたからだ。  周りを炎に包まれて焼け落ちる寸前の屋敷の中、俺は守られるように抱きすくめられていた。そう、たぶん俺は琥太郎が言う所の「姫」の立ち位置でその夢を見続けている。  姫……確かに俺はその時「姫」だった。でも言えるか? 隣に立つこの俺が「その時の姫です」だなんて口が裂けても言える訳がない。  前世と今生は全く違う、あいつと俺の立場も関係も全く違っている。それを言った所で何が進展する訳でもない、気まずさしか残らないのが分かっているから俺は何度も琥太郎に忘れろと言い続けるのに、彼はよほどその前世の記憶が気になる様子で何度もその話を繰り返すのだ。  俺はその夢をおぼろげな記憶でしか覚えていなかった、だが琥太郎の語る記憶に引きずられるように当時の感情が鮮明になってきていてとても厄介。  思い出したくはないのだ、あの当時の感情は俺にとっては苦しみしかなかった、けれど琥太郎がその話を繰り返すたびに、俺は黙ってその話を聞いている。  聞きたくないのであれば彼と距離を取ればいい、それは分かっているのだけれど俺にはそれが出来ない。何故なら一番鮮明なその時の感情が今の俺の感情までも引きずり出すのだ。  一緒に居たい、お傍に居たい、あなたの隣で共に……生きたい。  あああ、本当に厄介で仕方がない、こんな感情知りたくもなかった。けれど出会ってしまったものはもう仕方がない、俺は腹をくくって琥太郎の友人を演じ続ける、それ以上の感情はそっと腹の中にしまい込み、俺はその恋心に蓋をしている。 「合コン? またなんで急に?」  クラスメイトに誘われた近隣女子高生との合コンの誘い、正直そういうものが好きではない俺は眉を顰める。自分はそれを考える余地もなく断ったのだが、何故か一緒に行こうと琥太郎が再び誘いをかけてきたのだ。  琥太郎もそういう女の子との駆け引きに興味はないといつも断っているのを知っている俺が不審気な表情で琥太郎を見やると、彼もまた少し困ったような表情で「付き合うだけでいいから」と貴澄に両手を合わせた。 「なに? メンツの中に好みの娘でもいたのか? だったら倍率は下げた方が良くないか?」  正直面倒くさいという態度を前面に出しつつそう言うと「そうじゃないんだ」と、琥太郎はやはり少し困ったような表情だ。 「実はな、向こうのメンツに俺と同じような夢を見てる女の子がいるって小耳に挟んでさ……」 「あ? また、あれか? 前世の姫ってやつ? うわぁ、やめとけやめとけ、そういう女、絶対スピリチュアル系の痛い奴だぞ。付き合ってもメンヘラって苦労するの目に見えてる」 「いや、別に付き合うとかそういうんじゃないんだ、でもちょっと見てみたいし、話くらい聞いてみたいだろ? だけど一人で行くのもやっぱりさ……」  合コン自体に興味はないくせに、その自称前世の記憶持ちの彼女に興味を惹かれたらしい琥太郎は、それでも一人は心細く、俺を誘う事にしたらしい。 「気が進まねぇなぁ……」 「そう言わずに、な? 一度だけだから」  自分と同じような体格の大柄な男が小首を傾げる、そういう動作は可愛らしい女子がやってこそさまになるってものでさ、お前がやっても……可愛いなと思う辺り自分もどうかしてるけど。 「しょうがねぇなぁ……」 「やった、貴澄ありがとな」  にかっと笑みを見せる琥太郎、俺はその笑顔には弱いのだと心の内で思いながら苦笑する。姿形は変わっても、こいつの笑みは変わらない。前世の俺はその笑顔に間違いなく惚れていて、忘れたいのにと心の中で嘆息する。  恐らく前世の記憶という部分では琥太郎より俺の方が鮮明に覚えている事は多いのだ、琥太郎は自分の名前も姫の名前も覚えていないのだが俺はそれをすでに思い出している。  その頃俺と琥太郎の間には数歳の歳の差があって、俺はいつも琥太郎を見上げていた。今となってはその目線がほぼ同じなのが不思議で仕方がない。  それは恐らく死の間際、次に生まれ変わるのならば同等の立場で彼の隣に立ちたいと願ったからだ。夢は叶った。叶ったけれども…… 「どうした、貴澄?」 「なんでもねぇよ、んで、その合コンいつ?」 「今週末の土曜日、場所は駅前繁華街のカラオケボックス」  「了解」と頷いて、瞳を伏せた。どうせ相手は偽者だ、適当に話を合わせて適当に帰ってくればいい。その時、俺はそう思っていた。

ともだちにシェアしよう!