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これから先の君を、一瞬でも離したりしない

「もうやめてやる」 「え? 何、をっ!?」  どん、と。  背中に衝撃。  狼狽えて顔を上げた先で、切羽詰まった顔した隼人が、オレを苦しそうに見つめていて。  ドギマギした。 「はや、と……?」  どうしたのと聞くよりも先に、隼人の顔が近づいてくる。  それはまるで----キスするくらいの、近さで。 「----っ、隼人っ」 「----何その顔。誘ってんの咲哉じゃん」 「誘うって、何……っ」  ぎろりと睨み付けてくるのは、見たこともないほどに強い目と、嗤う唇。  離せと抗うはずだった腕は、隼人の手のひらに呆気なく封じられた。 「やめてやるよ、もう」 「だっ、から、何を」 「お前と、友達でいんの」 「な、に……?」 「もう無理だわ」 「っ、なんでっ」  何か気に障るようなことでもしたかと、隼人の突然の台詞に焦って紡ごうとした唇を。  隼人の、やけに熱い唇で塞がれる。 「----っ!?」  訳が分からなかった。  オレは男。隼人も男。  なのに、なんでキス、なんか。  してるんだろうとパニックに陥るオレを無視して、隼人はオレを貪って、食い尽くす勢いでキスを続けていて。 「ンッ、は、やとっ」  息継ぎさえ困難なキスの嵐の合間に抗議のつもりで上げた声さえも、隼人に食べられた。 ***** 「ねぇ、みんなでお祭り行かない?」  ことの始まりは、登校日の教室で上がった女子の一言だ。 「いいね、それっ」 「どうせだったらさ、みんな浴衣で行こうよ」 「何それ何それ、ちょー楽しそう」  きゃっきゃ弾む声で楽しげに会話する女子一同を、呆れた顔で見る男子と、オレもオレもと会話に参加する男子と。  二手に別れた男子の会話にすら入れなかった、オレと。  盛り上がるクラスメイトを、呆れ混じりの優しい顔で見ていた隼人は、何かに気付いたみたいにオレをちらりと見た後で口を開いた。 「浴衣なんて女子は持ってても、オレらは持ってねぇよ」 「そんなん安く売ってんじゃん。てか、みんなで選んであげるよ」 「それにさ、高校最後の夏休みなんだし、これから受験で忙しくなるんだし。思い出作りって大事じゃん」  ねー、と盛り上がる女子に、オレもそう思うー、とノリ良く混ざった男子と。  嫌がってもどうせ巻き込まれるんだろ、と言いたげに苦笑いする男子と。  何のリアクションも出来ないままのオレと。 「……だってよ。どうする? 咲哉」 「ぇ、と……オレは……」  やめとくよ、と言うはずだったのに、女子のキラキラした目がオレの声を封じて。 「ぇ? てゆか、強制参加だよね?」 「そうだよね? クラス行事だよね?」  ねー、なんて顔を見合わせて笑う女子一同に、気付かれないように溜め息を一つ。  クラスメイトみんなの仲がいいのは、今に始まったことじゃない。  大多数のノリのいい女子と、それに反対を唱えられないおとなしい上に数も少ない残りの女子。ノリのいい女子と仲良くなりたくて必死な男子と、ガツガツはしてないものの、楽しければ何でもいい男子と。  そこからはみ出たオレをフォローしてくれる隼人は、オレとは幼なじみでクラスの中では盛り上げ役と言っていい。  きっと隼人がいなかったら、オレはクラスにも馴染めずに空気として扱われてたと思う。 「楽しみだなぁ、みんなで浴衣でお祭りっ」 「ねー、隼人の浴衣姿めっちゃ楽しみー」 「ちょっ、隼人だけかよ」 「えー? だって、ねぇ?」  情けない声で大袈裟に騒ぐのは、オレとは折り合いの悪い柏木だ。  ノリを乱すオレを毛嫌いしていて、そんなオレをフォローして女子から好かれている隼人のことを敵視している。  ちら、とこっちを見た柏木が、イライラした目でオレを睨んだ後に、女子に向き直って笑う。 「隼人なんかよりオレのが似合うよ、浴衣」 「似合わないなんて言ってないじゃん」 「てゆか柏木うざいー」 「ひどっ」  きゃははは、なんて盛り上がるクラスメイトをよそに、もう一度溜め息を吐いていたら。  ぽふ、と頭に優しく乗せられた手のひら。 「ホントに嫌だったら言えよ。ちゃんとフォローしとくから」  隼人の心配そうな目に見つめられて、ううんと首を横に振る。 「行くよ。お祭りは好きだし」 「そっか」  わしわしと頭を撫で回されて、やめろよと笑う。  やっと笑ったな、と優しい声が上から降ってきて。  見上げた先にいたのは、照れ臭そうに目を細めた隼人の、くしゃっとした笑顔だ。  訳もなくドキドキしたのは、なんでなんだろう。  なんて首を傾げていたら、まるで人を殺そうとするみたいな強い視線で柏木に睨み付けられて。 「んじゃ、とっとと浴衣買いに行くか」  こちらも険悪に睨み返そうとした時に、隼人のそんな声が聞こえて。  柏木が先に視線を逸らして、うやむやになった。 ***** 「やーん。咲哉くん、浴衣ちょー可愛いっ」 「てゆか、肌めっちゃキレイだし、髪もサラサラ。何これズルイんですけど」  あっちこっちで数人ずつの男女にわかれて、浴衣の着付け大会が始まる中。  何故だか一番ノリのいいグループに、隼人と一緒に放り込まれて。楽しそうにはしゃぐ女子に取り囲まれて、途方に暮れるしかない。  どうしたもんかと悩んでいたら、す、と後ろから隼人にハグされた。 「これ、オレのだからあんま見ちゃダメ」 「やっははは、何それ隼人。BL? ちょーウケる」 「ちょっ、隼人。何言って」 「冗談だって」  ノリ良く弾けた爆笑と黄色い歓声の中で、隼人がイタズラっぽい顔して笑うから。  全く、なんて怒ったフリして、結局はオレも笑ってしまう。  そしたら、隼人が。また、優しい顔して笑うから。  だから、なんで。その度にオレは。  こんなにも、ドキドキして苦しくなるんだろう。 「てゆか、次、隼人だよ」  咲哉くんと交代ね、と笑った女子に促されて、やっぱりまたうやむやになるドキドキを。  浴衣の帯が苦しいせいだと、自分自身をごまかした。  そうして男子の着付けを終えたら、女子に教室から追い出されて。  先に行ってるからなと女子に声をかけて、むさ苦しい浴衣男子集団で、ダラダラと祭り会場である地元の神社へ向かう。  会場に着くまでの間に何度も柏木に睨み付けられながら、その度に隼人がさりげなくオレと柏木の間に立ってくれて。  祭りが始まる前から疲弊しながら、華やかに着飾った女子と合流したら、柏木はそっちに我先にと混ざっていった。  ようやく柏木の視線が外れたことに、思わずホッと溜め息を一つ。 「大丈夫か?」 「ん、平気」  こっそり聞いてくれた隼人に早くもヨレた顔で笑って見せて、教室の中よりも更に開放的に盛り上がるクラスメイトを疲れた顔で見つめる。  祭りの混雑に、団体で強引に紛れてわいわい楽しむクラスメイトから少し離れて付いていきながら、立ち並ぶ屋台をワクワクと眺めて歩く。  これがもしも、隼人と二人きりだったなら。  そんな風に思い浮かべて、はた、と我に返った。 (なんだよ、隼人と二人きりって……)  団体行動が苦手な自覚はあるけれど、だからってなんでまた、隼人と二人きり、なんて考えてしまったんだろうと首を傾げるしかない。 「----おい」 「っ!?」  やれやれと、緩く首を振っていたら。  無防備な腕をグイと捕まれて、驚いて顔を向けた先に、柏木がいた。 「……何」 「なんでお前、そうなわけ」 「何が」 「みんなで来てんのに、離れて歩くとか意味わかんねぇ」 「……ちゃんとついて行ってたよ」  睨み付けてくる柏木の。  目がいつもと違って酷くねちっこくて、居心地の悪さに目をそらす。  捕まれたままの腕をギリギリと握りしめてくる手のひらが、汗でぬるついて気持ち悪い。 「放せよ」 「…………ンだよ、そんなにアイツがいいのかよ」 「何の話だよ」 「くっそ」  来いよ、と腕を強引に引かれてつんのめるみたいに足を一歩出したらぐいぐいと腕を引かれて、屋台と屋台の間の細い脇道を通って祭りのメイン会場から離れようとする。 「ちょっ、どこ行く気だよ」 「……」 「柏木!」  放せよと、もう一度抗おうとした時だ。 「咲哉」  隼人の声が、後ろから。  聞こえたと思ったら、ふわりと。  また、後ろから抱き止められて。  こんな状況にも関わらず、また胸が鳴るからやっかいだ。 「はやと……」  名前を呼んで振り返ったら、 「どこ行く気だよ、柏木」  初めて聞くような強張った声を出して、隼人が柏木を睨み付けていた。  ***** 「どこ行く気だよ、柏木」  投げた声に、柏木は気まずげに目を逸らして。  腕の中に閉じ込めた咲哉の華奢な体を、柏木にいいようにされる嫌な妄想を振り払いながら、もう一度柏木を呼んだら。 「……別に」  ふて腐れた声が、ぶっきらぼうにそう投げ返すから。 「オレのだって言ったろ」 「……」 「聞いてんのかよ」 「……」 「柏木」  イライラと投げる声を無視し続けていた柏木が、ふん、と鼻を鳴らして。 「幼なじみかなんか知んねぇけど。手ぇ出したモン勝ちだろ」 「お前っ」 「お前がグズグズしてっから悪ぃんだろ」 「この----っ」 「……隼人?」  思わず殴りかかろうとして、腕の中に納めていた咲哉の声に我に返った。  燻るイライラをどうにか封じ込めたら。 「----行こう」 「隼人?」 「行こう」  腕の中の咲哉を多少強引に引っ張って、柏木の妬ましげな視線から外れるように足早に歩く。 「隼人?」  聞こえる声を無視したのは、柏木に乱される咲哉を想像して、その光景が頭から離れないせいだ。 「隼人っ」  ぐいぐいと咲哉の腕を引いて、いつの間にか祭りの喧騒が遠く聞こえる神社の裏手の雑木林に来ていて。 「どうし、た……」  どうしたんだよと聞こうとしたらしい咲哉が、だけど中途半端に言葉を区切って。  戸惑った目が、オレを見つめるから。 「……あぁ、もう……」 「……隼人?」 「やめてやる」 「はや」 「もうやめてやる」  苦しくて苦しくて。  気づけばそう、吐き捨てていた。  *****  もうこれ以上立ってられないと、思うほどに深く、荒々しく。なのに甘く痺れる程に蕩けそうなキスだった。  名残惜しそうに離れていった隼人の唇は、やけに赤く濡れている。 「…………咲哉」 「………………なに」  体がふわふわして頭がぼーっとして、やけに舌足らずな声が零れた。  定まらない視線で見つめた先、隼人が思い詰めたみたいな目をしている。 「好きだ」 「…………す、き……?」 「咲哉が、好きなんだ」 「……ぁ、……な、に……?」  キスに蕩けた頭が、上手く動いてくれなくて。  隼人の言葉が、上手く理解できない。 「好きだ」 「……だ、って……ともだち、やめるって……」 「恋人に、なろって、意味」 「こいびと……」  暗がりでも分かるほどに顔を赤くした隼人が、オレをすがるような目で見ていて。  やっと理解した言葉の意味に、わたわたと狼狽える。 「何言って」 「だから、付き合おって」 「なんで、だって」  男同士じゃん。  そう呟きながら、自分が酷く傷ついていることに気付く。  そう。男同士で幼なじみで。  だから、付き合うだなんて、そんなこと。 「無理だよ、そんなん」 「無理じゃないよ」 「だって、だから、……男同士だし」 「だったら何。付き合っちゃダメなの?」 「……ダメじゃないの?」 「ダメじゃないよ」 「なんで?」 「好きだから」 「…………」 「てゆかさ、咲哉」 「……何?」 「男同士ってとこだけにこだわってるってことは、咲哉もオレのこと好きなんだよな?」 「ぇ?」  改めて問われて、はたと気付いたら。  ボンッと、顔が熱くなった。  好き? 隼人が?  別に確かに嫌いじゃない。  男同士なのに? 幼なじみなのに?  でもだって確かに。  抱き締められたらドキドキしたし、笑ってくれたら嬉しくてドキドキした。  好きだから? 好きだから、ドキドキしてた?  何がなんだか分からない気分でオロオロと隼人を見つめたら、隼人は楽しそうに笑っていて。 「自覚した? オレのこと好きって」 「っ……」 「そうでしょ?」  にっこりと笑う顔がまた近づいてきて、咄嗟に顔を俯ける。 「……咲哉?」 「待って、……だって……」 「また、だって? 今度は何?」 「だ、って……」  続く言葉を探しきらない内に、腕をつかんでいた隼人の手が顎に掛けられて、くぃ、と無理やり顔を上げさせられる。 「はや、と」 「……か、……んべんして……」 「ぇ? なに----っ」  オレの顔を見るなり呻くみたいに声を絞り出した隼人が、また唇を塞いでくる。  自由になった手で隼人を押し退けるはずだったのに、力の入らない手は弱々しく隼人の胸に触れただけで。  手のひらに気付いたらしい隼人が、唐突に唇を離した。 「煽るなよ、マジで」 「煽る、って……」 「ただでさえ浴衣姿とか……」  ぶつぶつ言ってる隼人の声を聞きながら、ぼんやりと隼人を見つめる。 「分かってる? 咲哉」 「なに?」 「お前、今。誰に襲われても文句言えないくらい……色っぽい表情(カオ)してるって」 「色っぽ、く、なんかっ」 「ないなんて言わせないから。顔、真っ赤だし。目、潤んでるし」  がし、とまた腕が捕まれて、木に押さえつけられた耳元に。 「いい? オレ。襲っちゃっても」 「----っぁ」  腰、が。  抜けたかと思うほどに、ふ、と力が抜けて。  木に押さえつけられていなければ地面にへたりこんでいたに違いないほど、足に力が入らなくて。  胸が、ドキドキバクバク、うるさいくらいに鳴っていて。  眩暈がする。  すがるみたいに隼人をみつめて、喘ぐみたいに呼吸してたら。 「ほ、んとに……自覚なさすぎ」  呻く声が聞こえたと思ったら。  深くて濃いキスに、呼吸と声を奪われていた。 *****  無自覚に煽り、誘う咲哉の唇を思う存分貪りながら。冗談で言ったはずの、襲っちゃってもいいの、なんて台詞が現実味を帯びてきて惑う。  ずっと、好きだった。  ハッキリと自覚したのは、柏木の咲哉への視線の意味に気付いてからだったけれど。  それよりも前から、ずっと。オレは咲哉が好きだったのだと、思う。  引っ込み思案な癖に、妙に危なっかしくて。曲がったことが嫌いで、団体行動が苦手で。一人が楽、みたいな顔するくせに、オレの顔見てホッとしたみたいに笑う。  そんな咲哉を。  柏木に連れ去られたあの時に、正直、殴ったくらいでは足りないほどに、強い怒りを覚えていた。  少しでも咲哉を一人にしてしまったことを、後悔していた。だから柏木への怒りは、自分への怒りでもあった。  もう、今のままでは咲哉を守れないのだと、分かったから。 「咲哉……」 「……なに?」  唇を名残惜しく離して、そっと抱き締める。  力の入っていない咲哉の体は、ぐったりとオレにもたれかかってきて。  あぁ、本当に。こいつを一生、守ってやりたいと。  思って、抱き締める腕に力を込める。 「好きだ、咲哉」 「はや、と……」 「咲哉は?」  ぐ、と。腕に力を込めたら。  おずおずと躊躇う腕が。  そろそろと背中を滑って。  きゅ、と。オレを抱き締め返してくれる。 「す、き……」 「さくや」 「ぉれも……すき」  たどたどしい声が、一生懸命に紡ぐ言葉。  照れて赤い目が、それでも真っ直ぐにオレを見つめて。  好き、と。  もう一度笑った咲哉を、抱きすくめて笑った。 「もう絶対、誰にも----一瞬だって、渡さないから」  心ゆくまで咲哉の抱き心地を堪能して、気の向くままに唇で触れた後。  ようやく満足してから、視線を動かした先。目に入った濃い緑に、頬が柔らかく緩む。 「咲哉」 「……なに?」 「浴衣」 「ん?」 「すごく似合ってる」 「……なに、急に」 「ずっと言おうと思ってたのに、言ってなかったから」 「そんなの…………隼人の、ほうが……オレより似合ってる、よ」  照れて俯いたつむじに、軽いキスを落としたら。  咲哉は真っ赤な顔を上げて、潤んだ目でオレを見つめてくるから。  込み上げてくる欲望を抑え込むのに苦労しながら、触れるだけのキスをめいっぱい降らせる。 「ん、……はやと」  照れ臭そうに首を竦めて笑うのを、この上なく愛しいと思った。  抱き締める腕に力を込めて、何度も何度も。腕の中にある咲哉の存在を、確かめるみたいに唇を寄せて。  随分と時間が経ってから、不意に咲哉が吐息とは違う音を紡いだ。 「はやと」 「ん?」 「けーたい、なってる」  ぼんやりした蕩けた目でオレを見上げながら、舌足らずに呟く咲哉の頭を抱え込んで。知ってる、と耳元に囁いて耳朶に噛みつく。 「ンッ、は、やとっ」 「だって、咲哉が煽るのが悪い」 「っ、から、あおってない」  キスだけでこんなに蕩けた顔をして。浴衣から覗く肌までも紅く染めておいて、煽ってないだなんて。  全くホントに自分のことを分かってないなと、呆れ混じりに苦笑して、帯に挟んでいたスマホを取り出す。 「……あ~……バレたか」 「ばれた? なにが?」 「オレらがいないって」 「ぁ……」  鳴らしていたのは、祭りに行こうと発案していた女子だ。  スマホを操作して耳に当てながら、胸に抱えた咲哉の頭に顎を載せる。 「なにー?」 『なにー、じゃないよ! どこにいんの!?』 「ないしょー」 『こどもか! てか、咲哉くん知らない!? 行方不明なんだけどっ! しかも柏木までいないし! みんなで思い出作りっつったでしょ! 勝手にいなくなんないでよ!』  きゃんきゃん怒鳴る声がさすがに耳に痛くて、遠ざけるみたいにスマホを耳から離す。 「戻らなきゃね」  声が漏れ聞こえたらしい咲哉がそっと顔を上げて、イタズラがバレた子供のようにはにかんで笑うから。 「----いいの? 戻って」 「ぇ? だって、みんな探して……」 「ふぅん、いいんだ」 「ぇ? なに? なんで拗ねてんの?」 「咲哉はオレと、お祭り見たくない?」 「なに言って……」 「オレと、二人で」 「ふたりで……」 「見たくない?」 「……………………なにそれ……」  ずるい聞き方、と口をとがらせた咲哉の、その唇に唇でちょんと触れた後。 『ちょっと隼人! 聞いてんのー!?』 「聞いてる聞いてる」 『咲哉くん行方不明だってば!!』 「大丈夫。アイツ、下駄で足痛くなったって言うから、オレが送ってった」 『……なんだ。良かった。……って、抜けんなら誰かに言っときなよね、ホントに! 心配すんじゃん!』 「ごめんて。……てか、柏木もいないんでしょ? なんで咲哉のことばっかそんな心配すんのよ」 『…………だって柏木、咲哉くんのこと目の敵にしてたじゃん。もしかして咲哉くんのことボコってたらどうしよって、思っちゃって』 「あぁ……なるほど」  そっと呟いて思い出すのは、咲哉を連れ戻す向こうにいた、唇を噛んで何かを堪える顔をして俯く柏木の姿だ。  あの後、さすがに戻れなかったのだろう。  柏木の名前にぎくりと跳ねた咲哉の肩を、そっと撫でてやってから。 「……まぁ、そういうことだし、オレももうこのまま帰っから」 『ホントにもう。みんなで写真撮ろうと思ってたのに』 「悪い悪い。また今度な」 『絶対だからね! 咲哉くんの浴衣姿、みんな写真撮りたがってたんだからね!』 「はいはい。じゃあな。真っ直ぐ帰れよ」 『おとーさんか!』  きゃははと笑った声の後に、ふつりと途絶えた通話。  そのままスマホの画面で時間を確かめてみれば、時刻はそろそろ7時半を指すところだ。1時間近く、こんな場所でひたすらキスしていたことになる。 「……よし。じゃあ、ちょっと時間空けたら、戻るか。すぐ戻ったらみんなと出くわすかもしんないし」 「……………かしわぎ」 「……ん?」 「かしわぎって……」 「----好きだったんだろな、咲哉のこと」 「----っ」 「……なんとなく、気づいてたけどね」 「っ、うそっ!? なんで!? いつから!?」 「分かんないけど。3年なって、わりとすぐくらい?」 「うそだ」  ふるふると首を振った咲哉が、痛そうな顔をする。 「だって柏木。オレのこと、ずっと睨んでたし」 「……自分でも、訳分かんなかったんじゃない? 男同士だし」 「……」 「なに。柏木が良かったの?」 「っ、ちがっ」  ちょっとした嫉妬心で呟いた台詞にハッと顔をあげた咲哉が、そんなんじゃないよと必死で言い募るのが可愛くて。 「なんだー。オレかなしいなー」 「ちがっ! って、いってるっ」  棒読みで笑って言ってるのに、素直に真に受けてオロオロした顔で必死に首を振るのが、小型犬みたいで可愛い。 「冗談」  囁いて笑って見せたら、もうっ、なんて今にも泣き出しそうな顔で怒るのも可愛い。  ごめんごめんと笑って、怒ってても可愛い頬に柔らかいキスを贈る。 「…………ずっと、嫌われてると思ってた」 「柏木に?」 「……いつもオレのこと。睨んでた」 「……咲哉もさ。さっき言ってたじゃん」 「何を?」 「男同士なのに、付き合っていいの? って」 「言った」 「同じだよ。柏木も、男同士だからって……たぶん、咲哉を好きだなんて認められなくて。だから、ずっと、睨んでたんだよ。……まぁ、オレが咲哉に構い過ぎてたから、余計にイライラしたんだろうけど」  柏木を煽ったつもりはなかったけれど、過剰に牽制したような気も、しなくはない。 「……さっきはホントに……恐くてさ。……柏木、見たことない顔でオレのこと見てた。なんかヤバいなって。思ったのに。腕……全然びくともしなかった」 「……マジで、あの時は焦ったわ。気付いたら咲哉も柏木もいないんだもん。したら、腕捕まれてどっか連れていかれそうになってるし」 「うん、ごめん。……でも、オレ。あの時さ、てっきりホントに殴られるのかと、思ってたんだけど……」  告白、とかだったのかな。  そんな風に呑気に呟く咲哉の顔は、痛そうに歪んでいる。  優しい咲哉のことだから、きっと柏木の話を----告白だったなら余計に、ちゃんと聞いてやらなかったことに心を痛めたりしてるんだろう。 「咲哉」 「うん?」 「柏木はね、たぶんもっと複雑だと思うよ」 「複雑?」  キョトンと首を傾げる可愛さに、頭を撫でてやりながら。  あの時に見え隠れしていた、柏木の憎悪にも似た欲情を思い出す。  あのままオレが気付かずにいたら、本当に。今目の前で素直に頭を撫でられている咲哉は、きっと心も体も傷付いていたに違いない。  柏木は、それほどまでに危うい空気を醸し出していた。  あんなにもアッサリ引き下がったことが、今でも不思議なくらいだ。 「柏木のことは、いったん忘れよ。ホントはどうしたかったのかなんて、柏木に聞かなきゃ分かんないんだし」 「そう、だけど……」 「とはいえ、しばらくは柏木と二人っきりにならないでね、心配だから」 「……うん」 「約束だからね」  念押ししてから、頷いてくれた咲哉の頭をわしわしと撫でて。 「よし。じゃ、行こっか」  ほい、と。  頭を撫でていた手を、咲哉の前に差し出す。 「…………隼人?」 「お祭り、終わっちゃうよ?」  手のひらをヒラヒラさせたら、ようやく意図に気付いたらしい咲哉が、また可愛く顔を真っ赤にする。 「……でもっ」 「だいじょーぶ。人混みだから、はぐれたら困るし。誰も見てないよ」  ほら早く。  ヒラヒラ振る手とオレの顔とを見比べていた咲哉が、じっとオレの目を見つめたまま、おずおずとオレの手を取って。  そっと握ってくれる。  自然と上がった唇の端。それに気付いた咲哉も、花が綻ぶみたいに笑ってくれるから。 「行こう」  咲哉の手のひらをぎゅっと握り返して、祭り会場へ歩き出す。  こんなにも幸せで、満ち足りた気持ちになったのは初めてで。咲哉も同じ気持ちならいいと、祈るように願いながら。  咲哉の見せる柔らかな表情が、咲哉も同じ想いでいることを教えてくれた。

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