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夜伽の前

 ブラッドは己の下肢で卑猥な水音が立つのを息を潜めて聞いていた。眇めた目線で見下ろせば、自身の勃起したペニスが、薄い唇に飲み込まれていく。 「っう、……く、……ん」  寝台に腰を下ろし両膝を立てたブラッドの股間に顔を埋め、口淫を施しているのはヤミールだった。唇にくびれを引っかけながら赤黒く充血した亀頭を飲み込み、すぼめた粘膜がねっとりと包み込む。じわりじわりと与えられる官能に、ブラッドの腰が震えた。 「先を愛撫しながら、ここを擦るんです」  咥えたまま喋るな、と文句を垂れそうになったが、開きかけた口は結局閉じざるを得なくなった。でなければ、ヤミールの細くしなやかな手で裏筋を強く擦られた快感が、声となって漏れてしまいそうだった。 「っ……」  遠く幕を隔てて人の声が聞こえて、ブラッドは天幕の入り口に視線を滑らせた。付近を通りすぎる村の人間の足音や話し声が、浮遊する意識を釘付けにする。  日が出ているうちから淫らな行為をしている。もし今誰かがブラッドの天幕に入ってきたら、間違いなく女王が僕に命じて淫行に耽っていると認識される。  実際は習っているのだった。毎夜ブラッドを組み敷いて尊厳を奪う、ダイハンの王クバルを手玉に取る方法――もとい、彼の優位に立つことで溜飲を下げる方法を。  女王の天幕だ。誰も勝手に侵入することはないだろうが、もし仮に通りすがった者の耳に声が届いてしまったら、不審に思われるに違いないのだ。 「っん、く、ぅ……ッ」  ぐり、と指の関節で裏筋を強く擦られ、強烈な快感に身悶えた。口内に包まれた亀頭の先から、じわりと先走りが滲み出るのが自分でもわかる。  十も年下の、美しい顔をした青年に性器をしゃぶられている。じゅるじゅると音を立てながら、大きく張り出した先端が、普段恭しく言葉を紡ぐ口の、赤い粘膜の中に吸い込まれていく。小さな舌が滲み出る透明な液体を熱心に舐めとって、一番敏感な場所をざらりと舐め擦る。ブラッドを見上げる綺麗な瞳には、性的興奮の影はない。  息を荒くするブラッドは、ふとした瞬間に正気に戻りそうになる。 「優しく舐めたら、舌を尖らせて先端の穴を強く抉ってやります。こういう風に」 「っひ、あ! ぁ、あ……ッもう、わかった、から」  いちいち口で説明されなくても、男の身体のどこが、ペニスのどこを愛撫されるのが特に気持ちいいかなんて知っている。知っているのと実際に刺激するのとではまったく違うということも理解していたが。  目的は教わることなのだ。ヤミールとカミールに、お前らのやり方を教えろ、と言った。その過程で実際にペニスを愛撫されることがあってもそれは必要なことだと納得はするが、性感を高められ興奮した身体は、彼の手や舌の動きを覚えて糧とすることよりも、欲を吐き出したいという本能を優先しそうになる。 「は、ぅ、……ヤミール……!」  切羽詰まった声で求めると、ひりつくような快感を覚えるそこを強く吸われ、腰が跳ねた。一度解放させて欲しい。出したい。踵が毛皮を滑る。  しかし極める直前になって、与え続けられた刺激は消えた。 「っあ……?」 「クバルに射精させてはなりません」  ブラッドの股間から顔を離して、濡れた唇を拭いながらヤミールは静穏に言う。長く艶のある黒髪が肩から滑り落ちて軽やかに揺れるのを、ブラッドは熱に浮かされた瞳でぼうっと見つめた。ペニスが熱を持って辛い。尿道がじんじんと痺れて、堪えるように丸めた爪先が攣りそうだ。 「寸前で快楽を取り上げられると苦しいでしょう。早く出したいと、それしか考えられなくなります」 「あ……そう、だ……っ」 「まずは余裕を奪うことが重要です、アステレルラ」  至極冷静に口にしながら、ヤミールの細い指先は濡れそぼった亀頭を優しく擦り続けた。 「上るところまで上らせて、突き放すのです」  声音と手つきは穏やかだったが、彼のしていることは残酷だった。射精する手前の、絶頂にほど近い快感がずっと続いている。その状態で一番弱い場所を擽られて、ガクガクと腰が震えた。 「突き、放す……、っ?」 「そうです。余裕がなくなると、縋るしかなくなります」  剣を知らない柔らかな掌が亀頭をなで擦る。ぐちゅ、ぐちゅ、と溢れ続けて飽和した先走りが淫猥な音を立てる。ヤミールの手の動きに合わせて、みっともないと思いながらもペニスを擦りつけるように動かしてしまう。  ヤミールの言う通りだ。絶頂の直前で塞き止められたままで苦しくて、余裕がなくて、早く欲を解放したくて堪らない。同じ刺激が欲しいと、身体が本能に従ってしまう。 「出しますか? アステレルラ」  ぬち、と赤く色づいた鈴口を擦られる。ブラッドはすぐに頷いた。 「っ、ぁあ、ん゛――ッ」  搾り取るように扱かれ、足の先に力を込めた。熱いものが精管を這い上がっていく。  ヤミールの掌に精液を吐き出し、ブラッドは荒い呼吸を繰り返した。突然、しゅ、と布の摩擦する音が聞こえ、びくりと肩が大袈裟に跳ねた。心臓も跳ねる。天幕の入り口に目をやれば、ヤミールと同じ顔をした女が佇んでいる。おそらく、立ち入る前に声はかけたのだろう。 「カミール、どうでした」 「ヘリオサたちの影はまだ見えません」  熱がゆっくりと引いていく余韻の中で、ブラッドはぼんやりとふたりの会話を聞いていた。カミールは少し深刻そうな面持ちだった。 「応援を向かわせようかと、村の者と戦士たちが話しています」  ヘマをして二度と戻って来ないかも、と息を整えながら半ば願望じみたことを思った。どうやら口に出ていたようで、ヤミールは「心配いりません」と精液に汚れた手を拭いながら見当違いなことを言う。 「ツチ族に敗れることはありません、アステレルラ。ですが、ヘリオサたちの帰りが遅いことで、こちらの時間が多く使えることはよいことです」 「アステレルラは疲れているからと、人を近づけないように伝えてあります。感づかれる恐れもありません」  カミールは入り口の幕を紐で縛ると、寝台へと近づき腰かけた。汚れるかもしれないから、と下履きだけでなく上着も脱いで一糸纏わぬ姿となっていたブラッドは、彼女の言葉を聞いてわずかに安堵する。  ブラッドの脚の間に陣取っていたヤミールが、身体を横へ滑らせた。 「場所を交代しましょう。今度はアステレルラが」 「……ああ」 「教わる」という行為の中に「実践する」も含まれていることは承知していたのものの、躊躇いがなくなる訳ではなかった。男の性器を愛撫するのだ。  腰を下ろしたヤミールの膝を割り開く。紐を解いて下履きを太腿までずり下げると、ヤミールの肌と同じ色をした性器が露になった。  凶器じみた大きさではないことにほっとした。クバルのものよりもひと回り、ふた回り太さも長さも下回っていて、先端は初々しい薄い桃色をしていた。 「歯を立ててはなりません」 「わかってる」  まだ柔らかい幹を持ち、顔を近づける。嫌な臭いはしなかった。つるりとした亀頭に舌を這わせ、唇で挟んで口内に引き入れると、ヤミールが少しだけ息を詰めた。  毎夜の忌むべき務めの前、尻の穴を拡げるために双子の僕から前戯のようなものを施されているとはいえ、ヤミールやカミール自身から性的なものを感じたことは一切なかった。今もそうだ。ブラッドの性器を愛撫し、また自身もブラッドに口淫をされているのに、ヤミールの目に性的興奮の色はない。側で見守っているカミールもそうだ。だからか、少しの躊躇はあっても嫌悪感はさほど湧かなかった。これは性行為ではなく、目的を果たすための指南であると、ブラッドも双子も理解していた。  亀頭を唇で挟んで、唾液を舌でまぶしてやる。ずるりと口蓋に擦りつけるようにもう少しだけ飲み込んで、ぢゅっと音を立てて吸うと、ヤミールの開いた内腿がかすかに震えた。 「そうです、アステレルラ……お上手です」 「ん……」  世辞だろうが、そうじゃなかろうが、男性器をしゃぶるのが上手いと褒められても嬉しくはない。本来であればブラッドにとって必要のない行為なのだから、複雑な気分だった。何のためにしているのかと問われれば、クバルを籠絡させるためだが、必要がないのならしたくはないのだ。 「手も使ってください、アステレルラ」  背後にいるカミールの気配が動いて、細い指先が肩に触れた。ブラッドはただペニスに添えるだけだった右手をゆっくりと動かす。まだ芯を持っていない竿を柔らかく握り、優しく揉みしだくと、徐々にヤミールのペニスは質量を増して硬くなっていく。 「私の真似ができますか?」  ブラッドは浅く頷き、口内からペニスを吐き出した。桃色をした亀頭はブラッドの唾液でてらてらと光っている。  控えめな大きさの陰嚢を包み込み、力を込めないように優しく揉みながら、上を向く竿の裏筋に濡れた唇をつける。ぢゅ、と強めに吸いつきながら根本から先端まで、至極ゆっくりと辿っていく。敏感な場所を余すところなく吸引される心地よさに、ヤミールの細い脚が揺れ動く。ブラッドは気を良くし、少し潤み始めた先端を再度口の中に包んだ。  上顎と舌の表面をぴったりと添わせて強く吸い上げると、舌の表面に慣れない味が広がった。先走りに濡れる鈴口を丁寧に舐めてから、尖らせた舌先でぐりぐりと抉ってやると、とめどなく溢れてくる。しゅ、しゅ、と血管を浮かべる竿を扱きながら口の中で愛撫を施していると、少し上擦った声が頭上から聞こえた。 「アステレルラ……もう十分です」  射精させては駄目だったなと思い出して、ブラッドは口内で育った雄を吐き出した。クバルやブラッドのものよりも小ぶりな褐色のペニスは、はち切れんばかりに膨張して脈打っている。見上げると、ヤミールは戦った後のように息を切らせている。 「出さなくていいのか」 「私はいいのです。それよりも、受け入れる準備をしましょう」  準備、と聞くとやはり沈鬱な気分になる。しなければならないのは頭でよく理解しているが、クバルのものを受け入れるためにどうしてわざわざ自分の手で尻の穴をと思わずにはいられない。   「アステレルラ」  隣に脚を折って座ったカミールが、そっとブラッドの手を取った。掌に小瓶を傾けると、とろりとした桃色の液体が垂らされる。毎晩使っている香油だ。 「私がいつもしているように、ご自身でやってみてください」  ヤミールの脚の間に膝立ちになったブラッドは香油で自身の指を濡らすと、股の間の陰嚢を持ち上げ、それに繋がる会陰を辿り、硬く閉じている奥の窄まりへと触れた。 「っ……」  いつも拒絶を示しながらも双子の僕に拡げられている場所。仕方ないとは理解していながらも、そこを自らの手で開いていくのはやはり抵抗があった。  深く息を吐きながら、香油を纏わせた中指を突き入れようとする。けれど、入り口は異物の侵入を硬く拒んで受け入れようとしない。 「入らねえ……」 「力を抜いてください。最初から中に入れようとしないで、揉み解すようにして」  カミールの助言を聞いて、ブラッドは過去のふたりの指使いを回顧する。真似をするように、指の腹を使って穴の周りをぐにぐにと優しく押してみる。皺を伸ばすように何度か撫でてから再び指を差し入れると、押し返されることはなかった。 「……っ」 「大丈夫です、アステレルラのここはもう痛くはありません」 「ん、ッ……」  中の粘膜は熱くて、そして窮屈だった。何度クバルの凶刃を受け入れていても、やはり最初は顔を顰めるほどの異物感と苦痛が伴う。何が痛くありませんだ、ブラッドの身体のことはブラッドにしかわからない。 「少しずつで構いません。前後に動かして」 「ぅ、ぐ、……」  言われて動かすと、香油がぬちゃりと音を立てる。引き攣れるような痛みはないが、たかが指一本分でも拡げられた縁が痛い。何度も指を動かすとそれも慣れ、便が逆流しているような違和感も薄まっていく。  しかしまだぎこちない。見かねたのか、突然後孔に触れる自分以外の指があって、ブラッドは身体を強張らせる。 「な……」 「力を抜いて、アステレルラ」  硬くて節くれ立った自分の指よりも細く滑らかで繊細な指が、逡巡もなく入り込んでくる。隣に腰を下ろすカミールの腕が、ブラッドの下肢に回っている。 「大丈夫、気持ちいいことしかありません。覚えているでしょう」 「あ……!」  腹側の粘膜、ペニスの裏側の辺りを押されて、ブラッドは自身とカミールの二本の指を締めつけた。けれど、身体は弛緩したように余計な力が抜けていく。  そうだった、と思い起こす。毎夜、ふたりはブラッドの認めたくない方法で恍惚を与えてくる。後ろを使うことは苦痛ではなく、心地よいことなのだと教えようとする。いくらクバルを受け入れても、感じるのは身体を引き裂かれる激痛だけだというのに。 「もう一本、指を増やしてみましょう」 「……、っく、ん……!」  不規則に前立腺を刺激されて強制的に与えられる快感に歯を食い縛りながら、ブラッドは薬指を差し入れた。カミールの指と合わせて三本、頭の端に追いやっていた、縁を拡げ内蔵を圧迫する苦痛が甦る。ブラッドの歪む表情を見上げたヤミールは、不意に萎縮したままのペニスを握った。 「っあ、……!」 「今夜はアステレルラご自身でやらなければなりません。苦痛から気を紛らわせるのも有効な手です」 「そんなもの、必要、ねえ……ッ」  竿を握って緩く扱きながら、親指の腹がくるくると亀頭を撫で擦る。前と、そしてカミールが後ろから与える官能は明確さを帯びて、苦痛とは別の形で身体を苛む。 「あくまで気を逸らす程度です。アステレルラに余裕がなくなっては駄目ですから。翻弄させるのはヘリオサでなければなりません」  同時に与えられる刺激に、萎えていたブラッドのペニスは膨らんで硬く反り返る。けれど射精には至らない快感に歯を食い縛りながら、ブラッドはつとめて心を殺して自身の後孔を解した。自身の指だけで三本、引っ掛かりを覚えずに出し入れが叶うようになったところで、ようやく双子から許しが出た。 「ここまで慣らせば十分です」 「……入れるのか?」  後孔から指を引き抜き、はーっ、はーっ、と獣のような呼吸を繰り返しながらヤミールを見下ろす。ヤミールの屹立は時間を置いて少し興奮が引いていたが、挿入するには問題ない硬さを保っているように見えた。ヤミールは胸を喘がせるブラッドを見上げ、首を横に振る。 「本番ではそうですが、今は入れません」 「それじゃ、練習にならない」 「私がアステレルラを汚す訳にはいきません」  ブラッドは怪訝に眉根を寄せ、目を瞬かせた。 「今さらだ。もうクバルに何度も犯されてるんだから、誰の一物を何度突っ込もうが同じだ」  クバルに蹂躙され、男として尊厳を踏みにじられ、支配下にあるのだと突きつけられて、もうこれ以上にへし折られる心は残っていなかった。ヤミールの雄を咥えたところで、既に折れた矜持に傷がつくことはない。けれど、ヤミールは首を縦には振らなかった。 「アステレルラは、ヘリオサ・クバルの妻です」  覆ることのない事実だとヤミールは言う。  何が妻だ、とブラッドは唾棄したい気持ちになった。 「アステレルラが身体を繋げるのはヘリオサだけです」  和平のための望まぬ婚姻で、地獄のような床入りを経て夫婦となった。毎夜自分を組み敷いて犯すクバルへの憎悪は増すばかりだ。殺すつもりかと思うほど乱暴に貫くあの男の目も、親の仇を憎むように冷酷な色をしている。 「そんなもの、守る必要はない」 「ヘリオサが身体を繋げるのもアステレルラだけです」  まるで互いが唯一であるような表現の仕方に、ぞっとする。  ヤミールとカミールはそれを望んでいる。アステレルラだけがヘリオサから愛を得られると言った。彼らの口にする愛がどれだけ崇高で美しいものなのかは知らないが、互いを唯一と思う日など一生訪れないことをブラッドは知っている。 「ヘリオサとアステレルラは、互いのものです」  呪いのようにヤミールは言う。  それがダイハンの掟で、破れば彼らが処罰を受けるのだとすれば、ブラッドも無理強いするつもりはない。  ブラッドがそれ以上何も主張しないのを見てヤミールはずり下がった下履きを腰まで上げ紐を結んだ。窮屈に収められた屹立は辛そうに見えた。 「どうすればいい」 「私の腰の上に跨がってください……そうです」  言われる通りに、寝そべったヤミールの下肢を跨ぐ。彼の手が伸びて、引き締まった内腿を伝う香油の滑りをなぞり、十分に解れた後孔の縁に触れた。 「ここでゆっくりとヘリオサを飲み込みます。今は私の指で」  クバルのペニスとヤミールの指とではまったくの別物だろうにとは感じながらも、突き立てられた三本の指の上にブラッドは腰を下ろした。これなら容易に飲み込んでしまう。 「お待ちください、アステレルラ」  制止したカミールに視線をやると、彼女はブラッドの双丘の狭間に指を滑らせヤミールの指を飲み込む結合部に触れた。くちゅ、と拡げられた縁を指の腹で撫でられて、思わず後蕾を引き絞る。 「何だ……」 「最初からすべて入れては駄目です。先端だけ、焦らしながら、ゆっくりと……指だとわかりづらいかもしれませんが、一番太い部分まで」 「ん……」  言われるままに腰を上げて、再び指を迎え入れた。亀頭の半分ほどを挿入するつもりで、ヤミールの指の第一関節まで。ちゅぷ、と濡れた粘膜が褐色に吸いついて引き締まる。 「先端だけ何度も包み込んで焦らすのです。敏感な場所を中途半端に刺激されて苦しい筈です。徹底的に焦らして、早くすべて入れたいと思わせなければなりません」 「焦らす……」 「アステレルラなら、どのようにされるのが辛いですか」  耳元で囁きながらカミールの手は後孔の縁をなぞり、もう片方の手はブラッドの下腹へと伸びた。少し湿って吸いつくような感触の掌が、薄く血管の浮き出た皮膚を撫で、半ば勃起したペニスの先端を握った。指先でくびれをくりくりと弄られて、ヤミールに愛撫された時の、射精には一歩及ばない、どこにも逃がしようのない熱さが甦る。 「っう、ぅ……ん」  一度抜けた三本の指先を窄まりに擦りつけるように腰を動かした。それは指ではなく怒張したペニスなのだと言い聞かせて、熱い亀頭が中に入りそうで入らない、微妙な力加減で愛撫する。  眼下ではヤミールが、ぎこちなく腰を揺らすブラッドの様子をじっと見上げていた。娼婦のように誘う仕草は羞恥でしかない。なるべく視線を意識の外に追いやるよう瞼を伏せ、腰をくねらせる。ちゅぷ、と亀頭を飲み込んで、それ以上進むことなく引き抜いて、熱い竿を肉の狭間に擦りつける。自身の指を懸命に責めるブラッドを見上げ、ヤミールは唇を綻ばせる。 「上手にできています、アステレルラ」 「っん……そろそろ、いいか」 「はい。ヘリオサが求めたら、もう少し先まで進めてください」  後孔に擦りつけた指を、ブラッドは腰を下ろしてゆっくりと飲み込んだ。すぐに指の付け根に肌が触れる。指程度の太さには慣れたが、本番はもっと太いものだ。そして指よりも奥に届く。熱く滾った硬い凶刃を、腹の中に迎え入れていく。毎夜ブラッドの身体を強引に開いて貫くクバルのものを、今夜はブラッドの意思で挿入する。 「っん、……ん」  自分の快楽を追うのではない。クバルを追い詰めるのだ。軽く中で折り曲がった指はともすればブラッドの弱点を掠めそうだったが、騎乗した体勢である分コントロールしやすい。  意識的に肉壁を狭めて中を食い締めながら、ブラッドは腰を振った。どう刺激すれば男が追い詰められるのか考えながら、時折前後に揺らしながら熱い肉筒で愛撫する。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が立った。 「ぅ、っ……ん、ん」  カミールの手はブラッドの動きに合わせてペニスを擦る。男性器から得る、露骨で即物的な快楽――それとは異なる感覚が、身体の中に灯った気がした。尾てい骨から背骨を辿って項まで一本の指でなぞられるような、肌をさざめかせるくすぐったさに近い、隠微な感覚。ヤミールの指が内壁を擦る度に、ただ目的を果たすために腰を揺らすブラッドの意識をはっとさせる。  ヤミールの指ではなく、関節の張った自分の硬い指だったら。あるいは硬くそそり立ち、大きくくびれが張ったものだったら。何か、明確なものが得られそうな気がする。  ブラッドは首を振った。女の快感は不要だ。この行為には、クバルを翻弄し追い詰める以外の意味などない。  夜伽を楽しめるようになれば、という僕の言葉を掻き消し、代わりに憎い男の顔を眼裏に思い浮かべた。いつもブラッドを見下ろして威圧する血色の瞳は快楽に揺らいできつく眉根を寄せる。ブラッドを否定し制する言葉しか吐かない唇を食い締めて声を堪える。  毎夜背後からブラッドを押さえつけてペニスを捩じ込むクバルを、今宵は自分が寝台に縫いつけて搾り取ってやる。組み敷かれ屈辱に歪む表情を想像すると、嗜虐的な悦びが身体の中に満ちていくのだ。ブラッドは捩れた笑みを唇に乗せる。 「ここでおしまいにしましょう、アステレルラ」 「……、ん」  ぐちゅりと濡れた音を立てて体内から指が抜け出ていく。一瞬感じたもどかしさに目を瞑り、ブラッドはヤミールの上から退いた。中途半端に燻った熱を解放するために、勃起した自身を両手で握って扱いた。吹き上がった白濁を掌に受け止めると、カミールが濡れた後孔やペニスを布で拭っていった。 「こんなので、いいのか……」 「決して難しいことではないのです。十分、ヘリオサを翻弄することができます」  ヤミールは自身の衣服を正しながら、少し掠れた声で言った。  ブラッドはわずかな緊張に身を置きながら夜を待った。結果、目的を果たすことは叶うが、追い詰められたクバルによって責め立てられ、思いもしない行動によって心を乱されることになるとは、まだ知りもしなかった。

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