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episode2-2
何度か会ううちに、「峰 くん」から「飛鳥 くん」に呼ばれ方が変わり、こちらも「知哉 さん」と呼ぶようになった。
頼むカクテルを、「それは飲みやすいわりに度数が高いから」とやめるよう注意してくれたり、優しい人だなと思っている。
一緒にイヤフォンをするだけで、堤防に並んで腰かけるだけで、汗をかいたTシャツの背中を見るだけで胸が高鳴っていた青春とは違うけれど、知哉さんにだんだんと惹 かれていっている。言い表すなら、真綿 のような人。なんだか暖かい。冬の寒い夜に毛布にくるまった時のような気持ちだ。
出会ってからすでに二ヶ月近く――週に一回くらいだけれど――バーで一緒に飲んでいる。ある時、バーではなく昼間に会いたいと言われ、次の日曜日に映画へ行く約束をした。大学は前期の試験も終わり、試験休みから夏休みになっていた。
待ち合わせて、一緒に昼ご飯を食べて映画を観る。こんなデートみたいなことは人生で初めてだ。いつもは仕事帰りのスーツ姿しか見ていないから、休日の私服姿にドキッとする。
バーでもそうだけれど、「払います」と言っても「年下にそんなことさせられないよ」とおごってくれる大人の感じにもときめいている。おごられて嬉しい訳ではなく、大人の余裕に憧 れをいだいているのだ。
喫茶店に入り、ふたりとも紅茶を頼んだ。
紅茶を飲みながら映画の感想なんかを話していたら、「飛鳥くんが好きだ」と言われた。
「付き合ってほしい」
「あ……、えっと」
いつか言われる予感はあった。言われたいとも思っていた。その時は「お願いします」と応 えるつもりだった。それなのに、ここのところ考えることもなくなっていた北嶋の顔が急に思い浮かんだのだ。
知哉さんが、親指と中指で紅茶のカップを持っていたからかもしれない。
「あ、ごめんね、急に。ゆっくり考えてもらえたら……」
「あ、いえ、違うんです」
「え?」
「あの、この年で恥ずかしいんですけど、今まで誰かと付き合ったことってないから」
「何も恥ずかしくないよ。だって、なかなかそういう相手に出会えないじゃん、俺たち」
「はい」
「そんなことは気にしないで。わかってるから。ゆっくり、大事にするから……」
「はい。……お願いします」
――二十一の夏、恋人ができた。
* * *
夏休み中の大学生という、たぶん人生で一番か二番目に時間がある時に付き合い始めたから、知哉さんの仕事の都合に合わせて会うことができている。九月からはそうもいかなくなるかもしれないけれど、ふたりとも基本的には土日があいているから、週末にはだいたい会えるのかなと考えている。
知哉さんは、よく家でご飯を作ってくれる。長いこと自炊しているからいつの間にかできるようになっていたと言っていた。
知哉さんの部屋にお邪魔するのにも慣れてきた頃、夏休み中の大学生がこんなんじゃいけないだろうと、料理の本――初心者向け――を買って、知哉さんのためにご飯を作った。
「うまい!」
本当においしそうに知哉さんは食べてくれた。
「この初心者向けの本がいいから」
「いや、飛鳥はセンスある」
呼ばれ方は「飛鳥くん」から「飛鳥」に変わっている。
「その本で野菜の基本的な切り方とかわかったのなら、あとはネットでレシピ見て作れると思うよ」
食後、知哉さんの部屋のリビングのソファーに並んで座って話していた。知哉さんの淹 れてくれたコーヒーのいい香りが漂 っている。
「ちょっとスマホ貸して」
料理のサイトを教えてくれると言う。ポケットから取り出して、スマホを知哉さんに渡した。
「あれ、待ち受け、かわいいね」
あれから機種変したのに、データを移して、今でも待ち受け画面は北嶋が描いた絵なのだ。知哉さんと付き合う時にやめようかとも思ったけれど、逆に意識しているみたいだし、ただ友達が描いた絵ってだけだ。でもそれは言い訳かもしれない。心のどこかで、北嶋を忘れたくない気持ちがあるのかもしれない。
「これ、飛鳥なの?」
「うん。高校の時のクラスメイトが落書きしたのが気に入ってて」
「似てるね。……っていうか、なんかの漫画っぽいな。見たことある気がする」
「そう?」
「気のせいかな」
それから一緒に料理のサイトを見て、「今度、これ食べたい」とリクエストももらって、夏の幸せな夜だと思った。
苦しいほどに恋をしていたあの夏とは違って、心が穏やかだ。
「飛鳥、……嫌なら言って」
「え?」
顔を上げると、知哉さんの顔が近付いてきた。ゆっくりと近付いてきたから、目を閉じる。少し待っていると、知哉さんの唇がそっと触れた。
付き合って初めてのキス。人生で二度目のキス。
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