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周焔編(氷川編)49

 ほら、早くしろ――と言うように視線で手招く。冰はまたもや早くなりそうな心拍数を抑えながらも、言われた通りに対面の周へと向かってソファを立ち上がった。  促されるまま周のすぐ側まで来たものの、膝の上に腰掛けろと言われてもさすがに躊躇してしまう。だが周はグイと冰の腰に腕を回して抱き寄せると、自らの太腿の上に抱え上げるようにして座らせてしまった。 「あの……っ、白龍……? その、重くない?」 「軽い。お前、もう少したくさん食え」 「た、食べてるよ……! ここのご飯、すげえ美味しいし……」  いったいどういう意味で周が膝を貸すようなマネをするのか、まるで分からずに心拍数だけがバクバクと加速する。 「さっきも言ったが――俺にも理性の限界はある。意味は――分かるか?」  そう言って見上げてきた周の表情は普段と何ら変わらないように見えるが、ほんのわずか切なさを含んでもいるように感じられて、冰は戸惑ってしまう。どう考えたとしても消極的な方向とは無縁の言葉だと思えてしまうからだった。 「白龍……あの……」 「初めは――確かに肉親的な感情だった。境遇の似ているお前を放っておけない、ただそれだけだったと思う。だが、お前の方から訪ねてくれて――お前の性質に触れる度にそれとは違った感情に気付くようになった。十二年を経て再会したお前は、あの小さかったガキの頃と変わらねえまっすぐな目で俺を見た。可愛い、不憫だ、守ってやりてえ――そんな感情よりも、もっと強え想いが自分の中にあることに気付いたんだ」  周は冰の腰元に腕を回して抱きながら、じっと真っ直ぐに視線を合わせたままで続けた。 「一之宮やカネは俺のダチだ。親友といえるだろう。そんな奴らに対してさえ嫉妬しちまうくらい、俺はお前に対して自我を持つようになってる。誰よりもお前に頼られていたい。お前は俺の側に居て、俺だけを見ていればいいんだと――そんな身勝手なことまで考えてる。こうして側に居ても、もっともっとその先を望みたくて仕方なくなってる。お前のすべてを俺のものにしちまいてえと――そんなことを望んでる自分が怖えくらいだ」  それはまぎれもない愛の告白だった。如何な冰にもそれが分からないほど子供ではない。  冰は驚きよりも高揚の方が勝ったかのように、みるみると色白の頬を朱に染め上げた。 「白龍……俺……俺……」 「このひと月の間、そんな気持ちは俺だけの身勝手なモンだと思ってきたが――さっきの土産の組紐、赤い方のを選んだお前を見てたら……さすがに理性の箍が外れちまいそうだ。冰、俺はお前に惚れてる――」  お前も俺を好いてくれている。これが勘違いというなら正直に云え――まるでそう言いたげに見つめてくる深い漆黒の瞳に吸い込まれそうだ。  その想いに応えるように熟れるほど頬を染めた冰の頭ごと引き寄せて、周はそっと唇と唇を合わせた。ほんの軽い、触れるだけの小さなキスだ。 「白……龍……」 「今なら――まだ引き返せる。俺はお前の望まねえことはしたくねえし、お前を怖がらせるつもりもねえ」  だがもし――お前も同じ気持ちでいてくれるなら―― 「お前の全部が欲しい。身も心も――全部だ」  低く色香がだだ漏れるような声音が耳元で囁いたと同時に、冰はその首筋に腕を回して抱き付いた。

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