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鐘崎編20

 勝鬨から汐留なら場所的にも近い。もしも鐘崎が緊急事態に陥って自ら料亭を飛び出したとするなら、周を頼って立ち寄る可能性が高いと踏んだのだ。  相手はスリーコールもしない内に出てくれた。 「氷川か!? 俺だ! 一之宮! な、そっちに遼二が行ってねえかッ!?」  その声音を聞いただけで非常事態を悟ったのだろう。周は余分な挨拶など一切端折って、すぐさまこう訊き返してきた。 「俺のところには来ていない。お前が今居る場所とカネの直近の足取りを教えろ」  さすがに香港マフィアのファミリーだけあって、何も言わずとも事態を察したようだ。 「俺は今、自宅の道場だ。遼二ンところの連中が来て……ヤツが突然姿を消しちまったって聞いたところだ」  紫月は清水から聞いた事情と鐘崎の今晩の足取りをはじめ、彼には催淫剤が盛られていることやスマートフォンを落として行ったことまで、できる限り端的に説明して聞かせた。  通話の向こうでは、既に周が誰かに指示を与えているような会話がボソボソと聞こえてきている。おそらくは側近の李たちが側にいるのだろう。時間的にも深夜ではないし、まだ周らが休んでいなかったことは幸いといえる。  わずかの後、電話の声が少々首を傾げさせられるようなことを訊いてきた。 「一之宮、一つ確認だ。今年のクリスマスにカネがお前に届けたケーキの種類を教えろ」 「……は?」 「いいから教えろ!」 「……三段ケーキだ」 「三段だと? ……ったく、ややこしく気張りやがって」  周はチッと小さな舌打ちと共に、続けざまに訊いた。 「それはどんなやつだ? チョコレートかイチゴショートか? それともチーズケーキか?」 「……っと、上からバニラ、真ん中が苺、一番下はカカオの三段重ねだったけど……。つか、何で……」  何故、今そんな話が出るのかまったくもって理解に苦しむ。だが、キレ者の周がこの緊急時にわざわざ訊いてくるのにはそれなりのわけがあるのだろう。理に合わないことは絶対にしない男だというのを、長い付き合いの中で紫月は知っているからだ。  少しすると電話の向こうの声が逸ったようにこう告げてきた。 「よし! カネの居場所が掴めた。昭和通りの一本裏を汐留に向かって移動してる。この速度からすると歩きだろうが……足元がおぼつかねえ感じだな。やはりヤツは人目を避けて俺のところへ来るつもりなのかも知れねえ!」 「え!? ちょっ……何……?」 「俺は李と共にヤツを救出に向かう。心配するな、ここからならすぐにも落ち合える。お前はそのまま連絡を待ってろ!」 「……ちょっ、待っ……! おま……ッ、どうしてそんなことが……」 「説明は後だ。一旦切るぞ!」  それだけ言うと、周は通話を切ってしまった。

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