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鐘崎編32

 その翌々日、晦日のことだ。すっかりと体調を取り戻した鐘崎は、紫月と共に汐留にある氷川こと周焔の元を訪れていた。 「今回は本当に世話になった。お陰でまだこうして生きてられる」  鐘崎が丁寧に礼を述べる傍らで、紫月も一緒になって頭を下げた。 「氷川、俺からも礼を言う。ホントにありがとな!」 「カネの体調も戻ったようだな。お前らの元気な姿を拝めて俺もホッとしたぜ」  周の社も既に年末年始の連休に入っているので、今日はリラックスした私服で出迎えてくれる。 「けどさ、さすが氷川だよ。俺が電話した時、ろくに話す前からすぐに事態を察してくれたもんな」  紫月が感心顔で言う。と同時に、あの時、何故すぐに鐘崎の居場所を突き止めることができたのかというのを聞き忘れていたことに気付いて、逸ったように紫月は訊いた。 「そういや忘れてた! 遼二はスマホを落として行ったわけだし、GPSもなかったってのにどうやって位置が分かったんだ?」  本当は鐘崎に訊くはずだったのだが、永年の想いがやっと通じ合った直後で、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。周と鐘崎は同時に『ああ、それはな』と言って笑い、その理由の説明は鐘崎の口から語られた。 「俺と氷川はああいった緊急時のことを踏まえて、互いの位置が分かるようにしてあるんだ」  鐘崎はその場でグイと襟元をはだけると、肩先に入っている刺青を晒してみせた。 「俺は紅椿の花弁の部分に、氷川は龍の目玉の位置にGPS機能の付いた宝石をくっ付けてあってな。どちらかが非常事態に陥った際は互いの位置を知ることができるようにしてあるんだ」  鐘崎が見せた刺青の肩には、確かに紅椿の花の雄蕊雌蕊に当たる箇所に小さなピアスのようなアクセサリーが括り付けてあった。 「本当は体内に埋め込んじまうことも考えたんだが、それは追々――。とりあえずはピアスの形でくっ付けとけこうって話になってな」  紫月はめっぽう驚かされてしまった。  確かに二人は裏の世界に生きる者同士だ。一昨日のようなことから、もっと緊急を要する――例えば命の危険にかかわるような――事態に巻き込まれることがあった時のことを想定しているのだろう。その時は互いに助け合えるようにと、常日頃から二人で用意していたらしい。鐘崎が開けた襟元を正す傍らで、今度は周が説明を続けた。 「これにアクセスするにはパスワードが必要でな。セキュリティ面から年に一度はチェンジするわけだが、新しいパスに変えるのは毎年大晦日って決めてあるんだ」 「パスワード?」 「ああ。だが、コイツときたら、まだ大晦日前だってのにパスを更新してやがってよ。去年のを打ち込んでもエラーするしで、正直焦らされたぜ」  周が呆れ口調で苦笑する。

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